第6話 落ちこぼれの逆襲
「「「何っ?」」」
三人は自分たちの行使した魔法がただ地面に当たり、砂煙を上げる様子を見ながら固まる。それは何が起きたか理解できなかった故の結果。
セイヤの姿を捉えることはできなかったが、セイヤがリタイヤしたわけではないということ理解する三人。三人はすぐに周りを見渡し、セイヤの姿を探す。
するとセイヤの姿は三人の後方の少し離れたところにあった。
体中を光属性の魔力に包まれていて輝いているセイヤ。正確に言えば、セイヤが光属性の魔力を纏っていると言った方が正しいだろう。
(いける!)
セイヤは心の中で魔法が成功した事実に歓喜の声を上げる。
セイヤが使った魔法はセイヤのオリジナル魔法『纏光』、自分の体全体に光属性の魔力を纏わせることによって、光属性の魔力の特殊効果である『上昇』を発動し、自身の身体能力を底上げするという魔法だ。
防御もできず、反撃もできないのなら、ただ攻撃を避ければいい。
結果は見ての通り、ザックたちは誰もセイヤの移動する姿を視界に捉えることができなかった。
「アンノーン……」
ザックが怒りを丸出しでセイヤのことを睨む。
防御するのでもなく反撃を受けたのでもなく、ただ避けられた。そのことが、ザックにとっては一番の屈辱だった。
攻撃に全神経を注いでいたザックはセイヤの姿に集中していたにもかかわらず、セイヤを見失い、あまつさえ背後まで取られてしまったのだ。
しかもセイヤの使った魔法をザックは知らない。アンノーンであるセイヤに自分は劣った。
その事実をザックは認められなかった。
「調子に乗っているんじゃねーよ! アンノーンごときが! 我、火の加護を受ける者。今、我に火の加護を。『火弾』」
「遅い」
セイヤに向かって『火弾』を行使するザックだが、『纏光』により身体能力が上昇したセイヤの姿を捉えることができない。セイヤはザックの攻撃を悠々と回避をする。
「おい、お前らも攻撃をしろ。三人で行くぞ」
「おっ、おう」
「う、うん」
ザックに言われ、慌てて攻撃を繰り出す二人。
「我、火の加護を受ける者。今、我に火の加護を。『火弾』」
「我、火の加護を受ける者。今、我に火の加護を。『火弾』」
「我、風の加護を受ける者。今、我に風の加護を。『風刃』」
三人からセイヤに向かって放たれる火の弾や風の刃。だが今この瞬間ではセイヤの方が三人に勝っている。セイヤが三人の攻撃を回避するのは必然だった。
「ちっ、なんでだ」
セイヤに攻撃が当たらないことにさらに苛立つザック。
(やっぱり、遅い)
先ほどまでとは信じられないほど、自分が強くなっていると感じたセイヤは、このまま反撃できるのではないかと思い始める。
『纏光』があれば、ザックたちから逃げることは容易だ。それならここで反撃しても問題ない。なぜなら実力ではセイヤの方が勝っているのだから。
(見返してやりたい)
セイヤの中でそんな思いが生まれる。それは今まで虐げられてきた理不尽に対する怒り、悔しさ。今ならその借りを三人に返すことができる。
(やってやる。僕だって魔法師だ)
反撃を決意したセイヤは、両手に握るホリンズを握りしめる。いまだザックたちはセイヤの速度に反応することはできていない。 これなら三人相手でも問題なかった。
「いくぞ」
そしてザックに向かって一歩目を踏み出し始める。だがその時だった。
「えっ?」
セイヤがザックに向かって一歩目を踏み出した刹那、セイヤは体が急激に重くなるのを感じる。そしてそのまま足をもつれさせてしまい、地面に倒れこんでしまった。
「なっ、どうして……」
なんとセイヤの体に纏っていた光属性の魔力が消えていたのだ。
「そんな……」
『纏光』が消えたことに呆然としているセイヤ。
「よぉ、アンノーン」
ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべているザック。その瞳には憎悪の念が渦巻いている。
突如として魔法が解けてしまい、無防備な姿をザックたちに晒してしまったセイヤだが、セイヤには『纏光』が突然解けた理由がわからなかった。
実を言うとセイヤは『纏光』に使う魔力量を図り間違えていたのだ。
『纏光』は光属性の魔力を身に纏うことで、身体能力を上昇させる魔法だとセイヤは考えていた。しかしそれだけでは魔法を発動することができない。
なぜならそのままの肉体では上昇した身体能力に耐えることができず、自らで自らの肉体を壊してしまうから。
だから光属性の魔力で肉体の耐久力も上げなくてはいけない。そしてセイヤは無意識のうちに肉体の耐久力を上昇させる工程を魔法に組み込んでいたため、予想よりも魔力消費量が多く、魔力欠乏を起こしてしまったのだ。
冷静に考えればすぐにわかることだが、今のセイヤにそんなことを考える余裕はない。
「どうしたぁ、アンノーン。さっきの魔法は使わなくてもいいのか?」
セイヤの無様な姿を見て喜々とするザック。その顔はまさに悪魔だ。
「随分やる気があるようだな、アンノーン。それなら俺たちも答えなきゃな。我、火の加護を受ける者。今、我に火の加護を。『火弾』」
ザックの行使した『火弾』が次々とを無防備なセイヤに襲いかかる。
「うわぁぁぁぁぁぁ」
「まだまだこんなんで終わらねーぞ」
一切の容赦がないザックの攻撃にセイヤは苦しみ、ホアとシュラはいつもと様子が違うザックのことを呆然と見つめる。だがすぐにこのままではいけないと思い、ザックのことを止めた。
「おい、ちょっとやりすぎだろ」
「そうだよ~。さすがにこれはダメだよ~」
自分のことを止めようとする二人を、ザックはにらみつける。
「黙れ。お前らもこうなりたくなかったら中級魔法師一族に逆らうな」
まるで何かに取り付かれたように荒れ狂うザック。
その姿は二人の知るザックとはかけ離れていた。
しかし止めようにも、ザックは中級魔法師一族で二人は初級魔法師一族。逆らえば当然セイヤと同じ目にあう可能性もある。
「おらおら、どうしたアンノーン。これで終わりか? あぁん? このクズ魔法師が」
「うっ……」
ザックの攻撃を体中に受け、地面に倒れこむセイヤ。すでに意識がなくなりそうなのがわかるが、ザックはそれでも攻撃をやめない。
「火弾!」
「やりすぎだって! ザック!」
「そうだよ。これ以上は~」
これ以上は魔法師のモラルに反する。無防備な相手に対しての過剰な攻撃は魔法師の中でもタブーだ。このままではザックの経歴に傷がついてしまう。
ホアとシュラの二人はザックに飛び掛かりながら魔法を行使するのを止める。
「離せ!」
「待てってザック」
「そうだよ~」
「うるせぇ。こいつは学園長に会って自分の地盤を固めようとしているクズ野郎だ。そんなやつをかばう必要がどこにある?」
ザックの言葉に二人は固まる。そんな二人に対し、ザックは午前中の出来事を伝えた。
「学園長が言っていたんだ。こいつを学園長の養子として迎えたいと。そしたらこいつのいじめもなくなると。こいつは俺と同じ中級魔法師一族になるために学園長に媚を売っていたんだ」
「なんだよ、それ……」
ザックの言葉に、ホアが言葉を失う。
「こいつは中級魔法師一族である学園長の養子になることで、俺と対等になろうとしている。俺はこいつと対等になるなんて、ごめんだ」
ザックの言っていることはあながち間違ってはいないが、それでも事実とは異なる。
実は午前中、ザックは偶然セイヤとエドワードが屋上で会話しているのを聞いていたのだ。本来は生徒が入ることが許されていない屋上に生徒は近づかない。
しかしセイヤはまるで許可されているのかのように(実際は許可されている)堂々と屋上に向かっていたため、ザックはセイヤを尾行したのだ。
そこでザックが見たのが親しげに会話をしているセイヤとエドワードであった。
二人は一生徒と学園長と言うような関係には見えず、ザックは扉に耳をつけ、二人の会話を盗み聞ぎしようとした。しかし扉が鉄製のため、会話の全てを聞くことができなかった。
ザックがかろうじて聞くことができたのは、セイヤを養子にするというフレーズだけ。そしてザックは聞こえたフレーズからセイヤたちの会話を予想し、それをいつの間にか真実だと確信してしまったのだ。
「ちっ……が」
ザックの主張が間違っている、誤解が混じっている、そう伝えたかったセイヤだが、ザックの攻撃によりダメージが激しく言葉を発することができない。
「舌打ちか。やはりお前はこざかしいな。アンノーン」
「嘘だろ……学園長が……」
先ほどまでザックを止めようとしていた二人も、ザックの話を聞いてしまったら止めることはできない。
目の前にいるアンノーンこと、セイヤが自分たちよりも上の地位になろうとしているのだ。そんなことを認められるはずもない。
「まだ終わらないぞアンノーン」
「さすがに汚いぜ、アンノーン」
「そうだ~そうだ~」
三人はセイヤに向けて軽蔑の目を向けながら魔法を行使しようとする。次に攻撃を受けたらリタイヤしてしまう。
そう直感的に悟ったセイヤだったが、魔力欠乏の状態ではどうしようもできない。今のセイヤにできることは、ただ現実を受け止めることだけだ。
「終わりだ」
「うっ……」
セイヤが三人から魔法が放たれ、自分の負けを覚悟した、その時だった。
「『風牙』」
一つの大きな風が吹き、魔法を発動しようとしたザック達を吹き飛ばした。