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第31話 ウンディーネ再び

 深夜、みんなが寝静まった後、セイヤは与えられた自室のベッドの上で眠っていた。セイヤの部屋はユアの隣の部屋。これはライガーが気を利かせたものである。


 「うーん……」

 ベッドで眠るセイヤはお腹に謎の圧迫感を感じ、目を覚ました。お腹の上には確かに何かが乗っている。それが何か確かめるため、セイヤは目を開けて起き上がる。


 「きゃ!」


 起き上がるとともに聞こえてきた女性の悲鳴。


 「……ユア?」


 セイヤはユアが夜這いでも仕掛けて来たのかと思ったが、すぐに違うと理解する。


 「お前は!?」


 セイヤはその姿を見ると、すぐにホリンズを召喚して身構える。


 そこにいたのはサファイヤのようにきれいな髪に澄んだ碧い瞳を持つ妖艶な雰囲気を纏った女性。それはダリス大峡谷の主にして水の妖精であるウンディーネだった。


 「なぜおまえがここに?」


 ホリンズを構えてベッドから距離を取るセイヤ。だがウンディーネに戦う意思はなかった。


 「その物騒なものをおろしてもらえないかしら?」

 「何が目的だ?」

 「うーん、端的に言えば契約のお誘い?」

 「契約? あいにく俺は痴女と契約する性癖は持ち合わせていないんでな、お引き取り願おうか」


 ベッドの上にいるウンディーネは全裸だった。今でこそシーツで体の前を隠しているものの、自己主張の激しい胸はなかなか隠れてくれないようで、先ほどから何回もシーツの位置をずらしている。


 警戒するセイヤをよそに、ウンディーネは陽気な声で答えた。


 「ひっどーい、魔力が無くて服が作れないだけなのにー」

 「魔力がない?」

 「そっ、セイヤくんにコテンパンにされて魔力が尽きちゃったの」


 ウンディーネの魔力源はあの湖の水だった。しかしセイヤとの戦闘の末に水はすべて消滅。自分の体を維持するだけで精いっぱいだった。


 「だったらどうしてここに? 新しい依り代を探せばいいだろ」

 「だから来たんじゃない。新しい依り代を求めて」

 「まさか俺が依り代だと?」

 「せーかい。セイヤくんを戦ってビビッて来ちゃったのよね」


 陽気にふるまうウンディーネだが、人間と精霊が契約することは不可能だ。契約には膨大な魔力の交換が行われる。


 事実、過去に精霊と契約した人間は存在したが、彼らは例外なく魔力の交換に失敗して死亡している。


 「セイヤくんの考えていることはわかるよ。でも、聖と闇が使えるなら大丈夫」

 「どういうことだ?」

 「魔力の交換で問題なのは膨大な魔力量。差し出すにしても、受け取るにしても、その量の多さに人間は壊れる。でも聖属性で差し出す魔力を補い、闇属性で受け取る魔力を調整すれば可能よ」


 セイヤが聖属性を使えることはこの二人しか知らない。そして聖属性をもってすれば、契約に問題はなかった。


 「だが俺にメリットがない」


 二人は命を懸けて戦いあった仲だ。それに生き返ったとはいえ、ウンディーネは一度ユアのことを殺している。


 そんなウンディーネと契約するメリットなどセイヤにはなかった。


 「それはどうかしら?」

 「なに?」

 「セイヤくん、あの力を完全にコントロールしてないでしょ」

 「なぜそれを……」


 あの力とは、セイヤがウンディーネとの戦いで見せた豹変した姿のことだ。あれは術者であるセイヤ自身も疑問の多い姿なのである。


 「見てればわかるわ。あれは力に飲まれた姿だもん」

 「あの力について何か知っているのか?」


 セイヤがウンディーネの肩を掴みながら尋ねる。だがウンディーネは首を横に振ると、静かに語り始めた。


 「あの力がなにか、それは私にもわからない。でも、あの力が危険だということはわかっている」

 「ああ、あの時、俺は闇に飲まれた」


 豹変する直前のことを思い出すセイヤ。今考えれば、よく元に戻ったと思う。


 「あの姿はおそらく闇属性に特化した姿。仮に魔王モードとでも名付けると、魔王モードはいずれセイヤくんの身体を滅ぼすわ」


 ウンディーネの真剣な表情にセイヤは息をのむ。


 「それに今も体の中から聞こえてくるんでしょ?」

 「ああ。あの時からずっと俺の中で闇が蠢いている」


 セイヤはウンディーネ戦以降、自分の中からもう一人の自分が呼びかけていることに気づいている。それは体をよこせだの、すべてを破壊しろだの、どれも危険なものだ。


 少しでも油断してしまえば、すぐに体の所有権を奪われそうだ。そしてウンディーネはセイヤの状態を理解したうえで、契約の話を持ち出している。


 「だから契約しましょ?」

 「なぜそうなる?」

 「私と契約すれば、少なくとも私が存在する限り、その力を抑制することができる」

 「それは本当なのか?」


 思いもよらないメリットにセイヤが興味を持ち始める。


 「ええ、簡単にいえば、今のセイヤくんの中には二つの人格が存在している」


 それは通常時のセイヤと、魔王モードのセイヤ。


 「今はお互いが拮抗している状態よ」

 「そうだな……」

 「でも契約すれば、その中に私の人格も生じる」

 「つまり人格が二対一で有利になると?」

 「そういうこと」


 確かにその話が本当ならメリットがある。だが同時に不安要素もあった。


 「お前が裏切らないという確証は?」

 「ないわね。でも、裏切ることはないわ」

 「なぜ断言できる?」

 「だって私はもう一人のセイヤくんに消されかけた。そんな相手をみすみす外に出すと思う? 悪いけど今のセイヤくんの方が断然いいわ」


 ウンディーネはセイヤの頬を撫でながらそんなことを言った。


 「でもそうなると、今度はそっちにメリットがないな」


 この契約で成立するのはウンディーネの魔力の供給源とセイヤの力の暴走の不安の解消。一見ギブアンドテイクに見えるが、これはウンディーネの方が損が大きい。


 別にウンディーネは新しい依り代さえ見つければ、セイヤでなくともよい。それに対し、セイヤの方はウンディーネと契約する必要がある。


 交渉で有利に立っているのはウンディーネだ。だからつい裏があるのではと考えてしまうセイヤ。しかしウンディーネは笑いながら言った。


 「メリットならあるわ。それも大きな、ね」

 「というと?」

 「魔力源が移動式になったことで、私自身も移動できる」

 「どういう意味だ?」

 「そのままの意味よ。今まで私は魔力源であるあの湖、つまりダリス大峡谷から動けなかった。でも何百年も同じ場所にいるのは退屈なのよ。だから私は外の世界を見てみたい」

 「そこで俺というわけか?」

 「そう」

 「なるほど。それなら確かにメリットがあるな」

 「でしょ?」


 そう考えると、この提案はかなりいいものだ。お互いの願いをかなえつつ、相手にデメリットがない。一度こそ命がけで戦ったといえども、両者のメリットは一致している。


 むしろ一度命懸けで戦ったからこそ分かるものもある。


 「わかった。契約しよう」

 「さすがセイヤくんのくん! 話が分かるー! それと、私の名前はリリィよ」

 「リリィ? わかった、よろしくな、リリィ」

 「ええ、こちらこそ」


 こうしてセイヤは新しい家に新しい婚約者、ついでに新しい契約精霊を手に入れるのであった。






 レイリア王国の中にある、とある館の、とある一室。その部屋に、初老の男性がノックと共に入り、部屋の主に報告をする。 


 「マスター、ライガー殿から伝言です」

 「なんですか?」

 初老の男性にマスターと呼ばれたのは、三十歳ほどの美しい女性。女性はワイングラスを手にしながら椅子に座り、窓の外の景色を楽しんでいる。


 そんな女性の態度に初老の男性は気にする様子もなく、ライガーからの伝言をそのまま伝えた。


 「帝王が見つかった。だからしばらくうちで預かる。と」

 「そうですか」


 女性は椅子を回転させ、初老の男性の方を向く。だが月の逆光で、その顔はよく見えない。


 「答えはどのように?」

 「そうですね、ライガーが預かるというなら、任せましょうか」

 「ではそのようにお返事しておきます」

 「ええ、頼みましたわ」

 「それでは失礼します」


 初老の男性は館の主から返事を聞くと、一礼して静かに部屋から出ていく。館の主である女性は座っていた椅子を回転させて立ち上がると、窓の外に目を向ける。


 そこには重力など気にせず浮遊する大きな島があった。女性はその島を見ながらワイングラスを口に運ぶ。


 そして口を潤すと、誰にも聞こえない声でつぶやいた。


 「ついに見つかりましたのね、光と闇を司る奇跡の帝王。早く会いたいですわ」


 部屋に響く女性の声。その声に反応する者は誰もいなかった。


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