第29話 目覚めた魔王
目を覚ますセイヤ。
その瞳はとても冷徹だ。セイヤは倒れているユアに目を向けると、魔法を行使する。
「『聖絶結界』、『聖典の呪縛』、『聖刻』、事象返還開始」
直後、ユアの下に白い魔方陣が三つ展開する。そしてユアの亡骸を起点に白い結界が構築され、同時にユアの体の周りに白い文字が浮かび上がる。白い文字は左に向かって回転を始め、あるところで止まり、ユアの体内に吸い込まれる。
そのときユアの体が一瞬だけ光ったように見えたが、再びユアの体に白い文字が浮かび上がり左回転を始める。
同じ動きを何回も繰り返した後、文字はユアの体からきれいに消え、結界も同時に消滅した。すると驚くことに、ユアがゆっくりとだが呼吸を始めた。
これでユアの蘇生は完了だ。
ユアの蘇生を終えると、セイヤはウンディーネの方を見る。
ウンディーネも背後で魔力が動いたことに気づき、セイヤたちのことを見据えていた。
「あなた、何者?」
ウンディーネはセイヤのことを見て開口一番そう聞いた。だがウンディーネがそう思うのも無理はない。なぜなら今のセイヤの姿は金髪でもなければ碧眼でもない。銀と白が混じったような髪色に、存在感たっぷりの紅い瞳をしており、先ほどまでのセイヤとは似ても似つかぬ姿だ。
しかしセイヤの姿がないことから、ウンディーネはその男がセイヤだと結論付ける。
「おかしいわね、胸を貫いたはずなのに」
自分の手で殺したはずのセイヤが立っていることに疑問を隠せないウンディーネ。
「それにその子も生き返っているようだし。あなた、何をしたの?」
ユアの顔色が戻っていることを見て、ウンディーネが問う。だがセイヤはその疑問に答えず、虚空に右手を延ばすと呟く。
「大剣デスエンド」
すると虚空に紫色の魔法陣を展開され、セイヤの手に身の丈ほどの大剣が収まる。大剣デスエンドを手にしたセイヤはウンディーネを睨むと、静かに口を開いた。
「降参するなら今の内だぞ」
「舐められたものね」
セイヤの態度にウンディーネが睨みつける。だがその視線には少しばかり恐怖が混じっていた。
先ほどまでとは違う濃密な殺気を何重にも纏うセイヤ。その殺気はダリス大峡谷の主であるウンディーネでも畏怖を隠せないものだった。
しかしだからといって、ウンディーネが降参するはずがない。
「蹴散らしなさい。ウォータータイガー」
五つの魔法陣が展開され、それぞれ水のトラが出現する。そして水のトラはセイヤに向かって猛スピードで襲い掛かった。
「消えろ」
だがセイヤが一言発した瞬間、トラたちは一瞬にして消滅する。
「な、何が起きたの!? ウォータータイガー」
再びウンディーネが水のトラを呼ぶ。今度は十体。しかしこれもまた、セイヤの一言によって消滅する。
「消えろ」
「くっ、なら、ゲドちゃん!」
圧倒的なセイヤの力にウンディーネは限界まで強化したドラゴンを呼び寄せる。
これは先ほどセイヤが苦戦した相手だ。けれども、セイヤはまたしても一言だけ発してそのドラゴンを消滅させる。
「邪魔だ、失せろ」
「な、なによこれ!? だったらこれでどう! ゲドちゃん!」
ウンディーネが再びゲドちゃんを呼び出す。それも今度は三体。三体のドラゴンが並ぶとその光景は壮大だ。
だがそれでもセイヤを追い詰めることはできない。セイヤは大剣デスエンドを持ち上げると、横に一振り、思いっきり振った。
振り抜かれた大剣から放たれた斬撃が三体のドラゴンの首を一斉に狩る。そしてほぼ同時に、その存在を消滅させた。
「何をしたの。何をしたっていうのよ。ふざけないで! 海神ネプチューン!」
ウンディーネは何が起きたのか理解できず、新たな攻撃を仕掛ける。それはウンディーネの持つ最強の守護者であり、どんな相手でもこの魔法の前では跪かせた。
湖の水が集まり、作り出された大きな巨人の男。海神ネプチューン、ウンディーネの最強の守護者であり、その手には大きな剣が握られている。
海神ネプチューンはその剣でセイヤに斬りかかった。
轟音と共に振り下ろされる海神ネプチューンの剣を、セイヤは右手に握る大剣デスエンドで受け止める。そして初めて魔法を行使した。
「デスウェイブ」
大剣デスエンドに書かれていた白い文字が紫色に光だし、セイヤは闇属性の魔力を流し込む。すると次の瞬間、セイヤの前にいたはずの海神ネプチューンが音も立てずに消滅する。
「そんな……」
呆然とするウンディーネにセイヤが口調を変えずに言う。
「さっきから水遊びばかりだな。少しは自分で戦ったらどうだ?」
「ふふっ……言ってくれるわね。なら私の最高最強の技をお見舞いしてあげるわ」
両手を上に広げて魔法陣を展開するウンディーネ。
このとき彼女は覚悟を決めていた。
今から使う魔法は彼女の魔力の供給源であるこの湖の水をすべて使う技であり、この魔法を使ってしまえば、自分はこれから長い間弱体化してしまう。
だがもし、ここでこの魔法を使わなければ自分は目の前の男に消される。例え妖精が死なないとしても、この男はそんな常識をあざ笑うかのように、自分を消滅させるだろう。
「これで最後よ」
頭上に構えられた手に大きな水の球体が螺旋回転しながら形成されていく。湖の残っている水を全て使っているため、当然その大きさは規格外であり、その姿はまるで小さな惑星だ。
見ただけでとんでもない技だとわかるが、セイヤは表情を変えない。
「この技を受けて生きてられるかしら? これは作っただけで相手を沈静化させる。さらに魔法の威力も強力。この魔法を受けてもそんな余裕な姿でいられるかしらね?」
ウンディーネが終わりを告げる最後の魔法をセイヤに向かって撃ち出した。
「『彗星爆弾』」
先ほどよりも大きな轟音と共に、セイヤに向かって落とされる巨大な水の球体。セイヤは右手に握る大剣デスエンドに再び魔力を流し込む。
再び大剣デスエンドに書かれた白い文字が紫色に輝きだすが、その色は先ほどよりも強い。発動する魔法は『デスウェイブ』よりもはるかに強い魔法。
セイヤは自分に向かって落ちてくる『彗星爆弾』に対し、大剣デスエンドを思いっきり振り抜いた。
「デスディメンション」
大剣デスエンドを振り抜いた斬撃が、虚空に切れ口を生じさせる。切れ口は次第に大きくなっていき、『彗星爆弾』を飲み込んでいく。
飲み込まれた『彗星爆弾』は、みるみる小さくなっていき、最後はその存在が最初からなかったかのように消滅させた。
「そんな……」
信じられない光景に絶句するウンディーネ。しかしセイヤは気にせず大剣デスエンドをウンディーネに向けた。
だがもうウンディーネに魔力は残っていない。自分の終わりを悟るウンディーネ。
「化け物でしょ……」
セイヤに向かって化け物というウンディーネ。
「さあな」
だがセイヤはその疑問に答えず、静かに大剣デスエンドを振り抜いた。ウンディーネはそのままその姿を跡形もなく消すように消滅した。
こうして、ダリス大峡谷の主はこの世から姿を消した。
「ちっ、ここで時間切れか……」
ウンディーネの消滅を確認したセイヤが、そこで意識を失う。白と銀が混じったような髪はいつの間にか金色に戻り、瞳の色も紅色からいつもの碧色に戻っている。
こうしてダリス大峡谷での激戦は幕を閉じたのであった。




