第24話 ユアの秘密
「うっ……ぐはっ……」
口から血を流すセイヤ。だがそれ以上に腹部からの出血がひどい。
腹部の左下にえぐられたような穴が残り、周囲は焦げ臭い。
肉が焼けたような臭いが立ち込める中、少し先に広がるのはつい先ほどまでセイヤの体内で活動していたのであろう臓物。
「ひゅ……ひゅ……」
光の宿っていない瞳で、セイヤが何かを言うが、言葉にすることできない。明らかにこの傷は致命傷だ。
魔法師キリスナ=セイヤはもうだめだ。血の海が更に広まっていき、同時にセイヤの呼吸が弱くなっていく。
「セイヤ、セイヤ……」
ここまで一緒に戦ってきた少年の名前を必死に呼ぶユア。その瞳には大きな雫が宿っている。
なぜ自分は泣いているのだろう。なぜ自分はこんなにも必死に死体を揺らしているのだろう。
ユアの中でそんな疑念が沸き上がる。目の前の少年は会って三日も経たない仲だ。一時的に協定を結んだだけであって、別に仲間ではない。
なのにどうして心が悲しいのだろう。
どうしてこんなにも心が痛いのだろう。
その痛みはかつてユアが味わったことのある痛みと同じだった。
ああ、そういうことか。
心の中でユアは納得した。
これはあの時と同じ痛みだ。信頼していた、自分が寄り添っていた相手を失った時の痛み。それはあの日、自分が姉のように慕っていた使用人に裏切られた時の痛み。
裏切られたことよりも、自分の信頼できる相手がいなくなったことの方が悲しかった。
「でも、どうして……」
あの出来事以来、ユアは他人に心を開いていない。信頼を寄せることもしない。なぜなら失う悲しみをもう味わいたくないから。
「そっか……」
そうだ、自分は無意識にセイヤのことを信頼していたのだ。
多分、ユア=アルーニャとしてではなく、ユアとして自分を見てくれていたから。それはユアがフルネームを教えていないからかもしれない。
でも、セイヤとの関係がユアには心地よかった。だから自然とセイヤを信頼し、寄り添っていたのだ。
そして同時に思う。
「セイヤを失いたくない……」
セイヤの息はまだ微かにある。瀕死だが、死んでいるわけではない。死んでいなければ、ユアには治療が可能だ。
ユアはセイヤの傷口に手を置くと、魔法を行使した。
「『聖成』」
まずは失った臓器の修復が先だ。
ユアが魔法を行使すると、セイヤの体内で白い魔力が現れて、弾け飛んだはずの臓器が生じる。それは新しい臓器。古い臓器はまだそこに散らばっているが、ユアは気にしない。
「まずは応急措置……」
一通りの臓器を生じさせたユアは、次に傷ついた臓器の修復に入る。
「『聖成』、『火浴』」
白い魔力で失った細胞を生じさせるとともに、火属性の魔力で活性化させて臓器の傷を修復していく。そして次に同じく『聖成』で失った分の血液を戻して、最後に魔力を戻せば終わりだ。
「『聖華』」
白い魔力がセイヤの体を包み込み、あっという間にセイヤの魔力を回復させる。
これでセイヤの体に関しての処置は完了だ。
セイヤの体は白虎戦の前と同じ状態にある。ユアは散らばった臓器と血液を火属性で蒸発させ、セイヤの横に座り込む。
あとはセイヤが目を覚ますのを待つだけ。
「セイヤ……」
ユアはセイヤの手を握りながら、必死にセイヤが目を覚ますことを祈る。
起きて……必死に祈りながら、セイヤの手を握り続けるのだった。
一方、瀕死の状態に陥ったセイヤは夢を見ていた。
「あれは……」
セイヤの目の前にあるのは三途の川、ではなく、無尽蔵に広がる闇。その闇が本能的に危険だということはセイヤにもわかったが、なぜかセイヤの体が動かない。
セイヤの体は動けないまま、徐々にその闇に向かって落ちていく。
そして闇もまた、セイヤに向かってその手を伸ばす。その闇が危険だということとはわかるが、不思議とセイヤに嫌悪感などはなかった。
だからセイヤもその闇を受け入れようとした。
だがその時だ。
突然セイヤの体を白い魔力が包み込み、上に向かって引っ張り始めた。
「これは……まさか……」
セイヤは白い魔力を見て、驚きを隠せない。またセイヤを受け入れようとした闇は白い魔力を見て、どんどんと離れていく。
あまりにも短い時間だったが、この出来事はセイヤの頭の中にずっと残るのであった。夢はそこで終わり、セイヤは静かに目を覚ます。
「ここは……」
「セイヤ……?」
セイヤが目を覚ますと、そこにはきれいな顔に似合わないほどの涙を流すユアの姿があった。ユアはセイヤの手をしっかりと握っている。
「ユア?」
「大丈夫……?」
「俺、そうか、あの時……」
自分が白虎の最後の攻撃を受けたことを思い出すセイヤ。しかし体に痛みがないことを感じ、少しばかり考える。
「そうか、ユアが治してくれたのか」
「うん……」
ユアは浮かない顔で返事をする。
「どうした?」
「セイヤ……その、ごめんなさい……」
「何だ急に?」
「だって、私が油断したから……」
自分のせいでセイヤが傷ついたことに責任を感じているユア。確かにユアが油断したのが事の発端だが、だからと言ってセイヤにユアを責める気は毛頭ない。
「大丈夫だ、気にしてない。それに生きているしな」
「でも……」
「ユア、俺らは仲間だ。だから気にするな」
重い腕を持ち上げ、ユアの頭を優しくなでるセイヤ。ユアはその行為だけで自分の心が軽くなるのを感じた。
「わかったか?」
「うん」
ユアは笑顔で頷く。その笑顔は、ユアに出会ってからセイヤの見る最高の笑顔だった。




