第20話 ダリス大峡谷の覇者
ユアの水浴びを除いてしまった罪悪感から目を合わせられないセイヤだが、戦闘になればそんなことを言っている暇はない。
「セイヤ……」
「任せろ」
魔獣が現れれば、セイヤも普段通り戦う。
泉からさらに一本道を進んでいる二人は、いよいよダリス大峡谷の最深部に近付こうとしていた。最深部に近付いてくると、やはり魔獣の実力も上がってくるため、先ほどからセイヤは双剣ホリンズで魔獣を倒していた。
「セイヤ……あの先……」
「ああ、何かいるな。それもかなりの強敵」
一本道の先に見える光。おそらく再び開けた場所に出るのだろう。だがその場所から放たれる異様なオーラが二人の肌にびりびりと刺さる。
「これは今までの魔獣とは格が違うな」
「覚悟はいい……?」
「もちろん」
二人は武器を構えると、一気に広場に向かって踏み込んだ。
「おいおい嘘だろ」
「すごい……」
広場に踏み込んだ二人。その目の前に現れたのは白いトラだった。
別に大きいわけでもない。鋭い牙と爪はあるが、それは今までの魔獣とも同じである。だがその魔獣は明らかに今までの魔獣とは違っていた。
全身から放たれるオーラが空間を支配し、その場にいる者に与える威圧感はかなりのもの。寄ってくる相手を睨みつける瞳はとても鋭く獰猛だ。
まさにダリス大峡谷の王者にふさわしい魔獣だった。白虎は広場に入ってきた二人を睨みつけると、低く唸る。
グルルル
それが白虎からの威嚇だということは二人にもわかったが、ここで引くわけにもいかない。白虎を倒さない限り、二人がアクエリスタンに辿り着くことは不可能だから。
二人は各自の武器を構えると、白虎に向かって魔法を行使する。
「『闇波』」
「『光斬』」
同時に魔法を行使した二人だが、白虎は素早い動きで魔法陣から逃れる。
「ダメだな」
「戦うしかない……」
「だな。いくぞ」
「了解……」
魔法が通用しないと察した二人はそれぞれの愛剣を手に、白虎に向かって斬りかかる。その際、足に光属性の魔力を流し込んで脚力を上昇させる『単光』を行使するのは言うまでもない。
「はぁぁぁ」
上昇した脚力で白虎に迫るセイヤは、そのまま右手に握るホリンズで白虎の左頬に斬りかかろうとする。しかし白虎はセイヤの攻撃を横に跳んで避けると、自分の背後に回ったセイヤに向かって咆哮する。
グルッ
「これは!?」
咆哮を受けたセイヤは悪寒を感じ、すぐに白虎から距離を取る。セイヤが避けた直後、先ほどまでセイヤが立っていた場所に大きなクレーターができた。
「ユア、こいつの咆哮には破壊力がある」
「わかった……」
セイヤは白虎の攻撃を見て、すぐにその特徴をユアに伝える。
一方、ユアはセイヤに遅れること寸分、レイピアであるユリエルを片手に白虎に迫っていた。セイヤに集中していた白虎はユアの攻撃に少しだけ反応が遅れる。
そのため必然的にユアの攻撃を受けてしまった。
グルァ!
ユリエルが白虎の左前脚を貫こうとする。
「嘘……!?」
しかし次の刹那、前脚とぶつかったユリエルが弾かれた。
「くっ……」
予想外の出来事にユアは驚き、すぐに白虎と距離を取ってセイヤと合流する。
「セイヤ……」
「今のは、弾かれたのか?」
「そう……」
レイピアが弾かれたことに驚きを隠せない二人。まさか獣の毛皮にレイピアが弾かれるなど誰が考えるだろうか。
「どうする? 魔力でどうにかなるか?」
「わからない……でも、やってみるしか……」
「そうだな」
二人はうなずき合うと、それぞれの武器にアレンジを加える。セイヤは両手に握るホリンズに光属性の魔力を纏わせ、双剣自体の能力を上昇させる。
一方ユアは、セイヤと違った方法をとった。
「『風装』」
「ほう、ユアは風属性も使えるのか」
「少し……」
ユアの行使した魔法は風属性中級魔法の『風装』。
書いて字のごとく風を装備する魔法だ。これによって刀や剣の刃は硬化によって強力になる。欠点があるとすれば、人体には行使することができないことだろう。
ユアは『風装』を使い、ユリエルの強度を上げる。
そしてセイヤは、ユアが光と火に続いて、風までも使ったことに少なからず驚いていた。
「まぁいい、いくぞ」
「うん……」
武器を強化した二人は再び白虎に迫る。
今度はユアから攻撃を仕掛けた。ユアは二回のステップで白虎に迫ると、そのままユリエルで白虎の左目を狙う。
だが白虎はユアがユリエルを突こうとした直前にバックステップで後ろに回避する。すると必然的に空振りしたユアは無防備な姿になってしまう。
そしてその隙を逃さんとばかりに白虎が前脚を振ってユアに斬りかかった。
「甘い……」
ユアは白虎と同じようにバックステップをして攻撃を回避した、はずだった。完全に白虎の攻撃を回避したユアだったが、直後、ユアの右腕に三筋の引っ掻き傷が生じる。
「!?」
避けたにもかかわらず攻撃されたことに驚きを隠せないユア。白虎はユアに驚く暇も与えずそのまま次なる攻撃を繰り出す。
「させるか」
しかし白虎が攻撃をする前にセイヤが白虎の頭上と足元に紫色の魔法陣を展開して攻撃を試みる。そこで白虎は仕方なくユアと距離を取り、セイヤの攻撃を回避した。
ここまで両者の攻撃は探り合いだが、見る者が見ればそのレベルの高さに驚くだろう。そして同時に、白虎の実力に舌を巻くだろう。
「大丈夫か、ユア」
「問題ない……」
ユアは傷が浅いことをアピールし、セイヤを安堵させる。
状況は依然として均衡状態。どうにかして突破口を見出す必要がある。
「セイヤ……多分あいつ……魔法が使える……」
「魔法が?」
ユアの指摘に驚きを隠せないセイヤ。
魔力を操れる魔獣なら聞いたことがあるが、魔法を操れる魔獣などほとんど聞いたこともない。だからセイヤはユアの言葉が信じられなかった。
「確証はあるのか?」
「ある……」
「というと?」
「さっきの攻撃……風牙……」
「なるほど。間違いないか?」
「うん……」
風属性中級魔法『風牙』。風属性初級魔法の『風刃』を同時に行使する高等魔法だ。その魔法を魔獣が使うことは信じられないが、それならユアが避けたにもかかわらず攻撃を受けたことに説明がつく。
そして白虎の硬い毛皮にも。
「じゃああの硬い毛皮は?」
「おそらく風装……」
「硬化対象は毛ということか」
「多分……」
「これは厄介だな」
「どうする……?」
白虎の強さの秘密が分かったセイヤは考える。
もうこれは対魔獣戦というより対人戦だ。それも野生の本能を備えた相手との対人戦。そこらの魔獣よりもたちが悪い。
「ユア、ここは俺に任せてくれないか?」
「つまり……?」
「援護に回ってほしい」
セイヤの魔獣を見る目は真剣だ。おそらく何かに気づいたのだろう。そしてそれは、おそらくユアにはわからない次元の話。
「わかった……」
セイヤのお願いを受け入れたユアはユリエルを消して後ろに下がる。
「ありがとな」
「気を付けて……」
「ああ」
セイヤは改めてホリンズを握り直すと、体内で魔力の錬成を始める。
錬成する魔力の属性は光。
光属性の魔力を錬成したセイヤはその魔力を少しずつ体外に放出すると、光属性の魔力を体に纏わせていく。
「『纏光』」
ユアの目の前から光属性の魔力を纏ったセイヤの姿が消えた。




