天職
水原 千代(♀)
ボクは、親から長生きするようにと1000歳をかけて千代と名付けられた。
けれど、今はもうこの名の少女は存在しない。
理由は簡単。
上にいる者を下に堕とす、悪夢になったからだ。
頭が異常に痒い。
眠気が襲う。
セーターはSサイズからMサイズになり、だぼだぼだ。
そんな姿を見て、バクは満足そうに笑顔を見せてパチン、パチンと強く手を叩いて拍手する。
「選択が早くて助かります、その契約書にサインをした瞬間、水原 千代はこの世から存在ものとも無くなりました」
その存在が無くなる意味がイマイチつかめないのだが……。
「あ、あぁそうですねぇ~簡単に言うとこうですね」
スタジオ入り口の方に、目を向けるとボクのマネージャーであった人が見知らぬ芸能人と入って来た。
その見知らぬ芸能人は緊張した様子はなく、ぼーっと立ち尽くし、大物芸能人に挨拶をしに行かず、あの金髪の人は苛立ちを見せていた。
「この場にいる人達もそう。地球上にいる皆から頭に空欄ができ、記憶が抹消され、過去も変わる。つまり、あなたの代わりにあの子がスカウトやらされて今日バラエティーに出る子です……少しはお分かり頂けたでしょうか?」
じゃあ家族もボクの代わりに違う子を産んだことになるのか?
そうバクに問うと水原さーんとマネージャーからボクを呼ぶ声がした。
んなっ、呼ばれたぞ!?
「あー、ご心配なく。あなたのことではありません」
バクは冷静に答えてくれたが、何かその答えにイラッときて、睨み付けた。
はい。という声と共にボクの代わりの子が歩いてマネージャーの元へ行く。
なるほど、あの子はボクの代わりに親から産まれた子でもあるのか。
確かに黒髪でモテそうな顔をしていて、白いセーターを着ているところが悪夢きなる前のボクに似ている。
あれ?ということは今ボクには名前がないのか?
「はい、その通りです」
クスクス笑いながら答えてきた。
まさか。
「もう私めが考えております」
うわ、まじか……。
「うわとは失礼な、多分しっくりこられると思いますよ?」
その時、スタジオの明かりが明るさをましてボクは肝心な名前を聞きそびれる。
「さて、そろそろ撮影が始まります。本来なら2~3ヶ月は研修時期なので、先輩悪夢の仕事っぷりを見て学ぶのですが残念ボクは出来ない。なので影で精一杯支えさせて頂きます」
そう言い先ほどは見ることができなかった瓶を取り出す。その中身は黄金に輝く水が瓶の3分の1程入っていて、ピンク色の宝石が一つ、水に浮いていた。
「これはあの金髪の人、ビビッドさんの夢がぎっしり詰まった瓶。通称、宝庫の瓶。悪夢はこの瓶の主の顔を頭に思い浮かべて叩き割ります。すると、悪夢は人間から見えるようになります」
バクは慎重にボクへ瓶を渡す。
受けとると結構な重さで落としそうになるが、バクは優しくフォローしてくれた。
目を閉じると黄金と共に大量の声がボクの体に入ってきた。
「ビビッドだって、なんだよあいつ。新人の癖にあんな目立つ衣装着ちゃって、きにくわねぇ。どうだ?潰さない?新人だしさ、誰も悲しまないもんな」
暴力を振るわれる金髪の少年。
これは、ビビッドがまだ18歳の時にやられた出来事。
「どうした新人、ほら、やり返してみろよおい!」
新人が大物に暴力を振るうことがあったら、当然、睨まれるのは新人。
ビビッドは必死に絶えた。
やっとたどり着けた場所だからと。
数年が経って、ビビッドは新人の枠から出て、尊敬される立場にと成長をした。
当時いじめられていたことも簡単に暴露できるほどにだ。
けれど何か物足りなかった。
そこでキャラを作ろうと閃いたビビッドは、いきなりだが毒舌になります!と、笑いながら宣言してから彼の道はさらによくなっていったが、そんな彼の毒舌に新人は潰れていった。
ネットでは批判されていた。新人潰しにあった奴が新人潰しになったと。
だがちょっとの毒舌で潰れてしまう新人も新人だと反論もあり、ビビッドはさらに注目の的になる。
今日の収録には新人のボクの代わりがいる。
つまり、キャラがたつ日。
なるほど、ボクが律儀に挨拶に行っていたとしても潰す気持ちはこれっぽっちも無くならなかったか。
そして、この先もっと悪化していくだろうと、悪夢は考え、 彼の夢を途絶えさせることを決めた。
ほう、なるほど。
たんに夢を奪い取って笑う仕事ではないようだ。
薔薇の王子、ビビッドよ。
今日この日をもってお前の夢は頂き、上から下へと導きましょう。
「瓶からそこまで分かっちゃうなんて……やっぱりこの仕事は君にとって、天職だ」
瓶を叩き割るや黄金の水は床に垂れずすべてボクに降り注いだ。