第4話 あれから5年
5年が経った。
長くて短いような感覚が私を襲う。
「母上!本日はどうするのですか?」
パデリックと同じ紫がかった黒の髪を刈り上げている、先日5歳になったばかりの息子が駆け寄ってきた。
その歩幅は小さく、私が一歩あるけばこの子は2歩歩く。
「今日はマキトのところで訓練ですよ」
にこりと微笑みながら言うと、アルテが滲むような赤紫の瞳を輝かせる。
アルテはマキトとの訓練が楽しいようで、マキトのことを先生と呼んでいる。
マキトも、魔力量が多く素質が高いアルテのことを大層気に入ってしまっていて、これからの訓練次第では大魔導士に至ることが出来るそうだ。
少し気に入らないけど、まぁ、仕方ない。実力だけは確かなのだ。
魔王城の長々とした廊下をアルテの話に相槌をうちながら歩いていると、目的の場所に着いた。
魔王城は横に長く、150メートルの横幅があるらしい。高さは3階建てで、一階上がる度に50メートル縮まっている。
そこの3階に、私の部屋と子供たちの部屋、それからパデリックの部屋もある。
3階は魔王一家の住処となっていて、2階が魔王城で勤める人の住処となり、1階が仕事場となっている。
今着ているのは3階のとある部屋。
アルテは2階の、マキトの部屋に行くらしくここでお別れだ。
「入るわよ~、フォリア、トンファ」
中に入ると、二人の4歳児が眠っている。
この二人、アルテの次に産まれてきた双子の女の子だ。
長男であるアルテは、パデリックの髪色と瞳の色を引き継いでいたけど、この双子は私とパデリックの特徴を半分ずつ受け取っている。
半分と言っても、流石に髪色が半分違う色、なんてことにはなっていない。
フォリアに抱きつくように眠っているトンファは一房だけ紫がかった黒の髪が垂れ下がり、他は緑一色となっている。
トンファに抱き着かれ、心地の良い寝息を立てていた一房の緑の髪を持つフォリアが私に気付いたようだ。
「ん⋯⋯お母様⋯⋯おはようございますぅ――」
フォリアが一瞬瞼を開け、そのオッドアイを覗かせた。右目がパデリックと同じ赤紫、左目が私と同じ黄緑の瞳だ。
最後まで挨拶出来たことは褒めるけど、すぐに眠りについてしまった。
寝る子は育つ、ということわざなるものがマキトの実家にはあったらしく、その通りなら、このぐーたらも見逃してあげないこともない。
「⋯⋯お母様?お、おはようございますっ」
慌ててフォリアから離れ、その際フォリアが頭を打ち付けて涙目になったけど、トンファはそれを無視して私に向き直る。
トンファはフォリアと反対で、右目が私と同じ黄緑で、左目がパデリックと同じ赤紫の瞳となっている。
二人のオッドアイが私とパデリックの愛の証明であるかのようで、これを見るといつも興奮してしまう。いけない癖だ。
フォリアは活発な女の子で、トンファはおどおどとした女の子という印象がある。
「さ、2人とも起きて。もうお昼になるわよ」
「え!もうお昼なのですか、お母様!」
お昼と言うと、フォリアがガバっと起き上がった。
「朝ごはん食べられなかった⋯⋯。そうだ!お昼を二回食べればいいんだ!私天才だ!」
項垂れたかと思えば、一瞬で自己完結して持ちなおす。グッと握り拳を作って立ち上がった。
これがフォリアのいいところでもある。
⋯⋯内容がどれだけバカっぽくても、言葉にしてはいけない。
母親として、これも暖かく見守っていくのだ。
「もう、お昼⋯⋯フォリア姉様の抱き心地が良すぎるから寝すぎちゃった」
一応、王位継承権という問題があるので、フォリアを姉にしてトンファを妹にしている。
これはマキトが言い出したことで、
「魔力量が多い方が姉でいいだろ」
と。
魔力量は増やせるものだけど、それでも、基礎魔力量が多ければ若干のリードがある。
とは言え、この子たちの面倒をマキトがみてくれるわけがなかった。
マキトは次の魔王にアルテを推しているから。
それだけ、アルテは出来が良く素質も良く、マキトの課題もこなせるということだ。
マキトの英才教育についていけるアルテは中々凄いと思っている。
「ほら、早くしないとお昼ごはんがなくなっちゃうわよ」
トンファの文句にフォルテが反応し、もみくちゃしている微笑ましい光景を見ながら言った。
さて、二人も完全に目が覚めたことだし、後はこの子たちの専属侍女に任せておけば問題ないと思う。
「じゃあ、私はあの子のところに行くけど、あなたたちはちゃんと勉強しておくのよ」
「「は~い」」
よし。
次はここから4つ隣の部屋に向かう。
そこには次男、4番目に産まれてくれた子がいる。
名前をヴァイオと言って、今年で2歳になる。
ヴァイオは私と同じ緑の髪と黄緑の瞳を持っているので、一番親近感が湧いてくる。
その子が産まれた時は、本当に驚いた。
だって⋯⋯魔力が一切なかったから。
だけど、魔力がないからと言って、私は自分のお腹を痛めて産んだ子を見捨てるようなことをしない。
きっと、私の魔力量が少ないからこういったことが起こったのだと思っている。
パデリックには気にするなと言われたけど、どうしても気にしてしまう。
「ヴァイオ~」
「⋯⋯」
この子は、魔力がないだけでなく言葉もまだ話せない。
既に立って歩けるのに、言葉は話せないのだ。
「ほら、おいで」
腕を広げて「おいで」と手招きすると、ちょこちょこと歩いて来て飛び込んでくる。
まだ2歳だから、飛び込んでくるというよりこけた、という方が近いかもしれない。
「よしよし。⋯⋯あら、今日も本を見ていたの?」
この子は言葉は話せないのに、本をよく眺めている。
一定時間同じページを見ては別のページに行ったり来たり。
ページなんてないかのようにすっ飛ばしたりもしていた。
だけど、まるで体内時計がはっきりしているかのように、きっちり2分見続けたら別のページに飛んでいる。
不思議でたまらない。
少し、このことには怖くなったけど、子どもに対して恐怖するなんてダメだ。
「ヴァイスは賢いね。こんな本、お母さんでもあまり読まないわよ?」
タイトルは「魔法形態における史実」
魔法が生まれたとされる創世記から現代までの魔法を忠実に記している一冊で、とても分厚い。今日からはこの本を見るのか。
確か前は「魔国の悪」という本を見ていた気がする。
1か月とか、長い時間かけてみているらしい。
「せっかくだから、音読してあげましょうか」
そう言うと、ヴァイスが言葉を理解したかのようにはにかんだ。
ああっ!こんな顔初めて見たわ!
パデリック、パデリックを呼ばなくちゃ!
私の一日は平和に過ぎていった。
ふぅー⋯⋯