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都築彩夏は不運である。  作者: 杏里
能力者編
8/34

あなたにヒーローの資質はないみたいですね

 時は少し遡り、篝がいざ共犯者を打倒せんと着々と準備を進めている頃、都築は結構なピンチに陥っていた。


 ナイフを1本手に入れることができたものの、相手はそのナイフと同じものを10本近く持っているのだ。圧倒的に不利な状況であることに変わりはない。


「で?そのナイフでどうするつもりなんだ?あぁ?」


 片目男もナイフを1本とられたところで、何の問題もないのだろう。都築の誘導に乗せられてしまったものの、あからさまな挑発に乗るようなことはせず、次はどう動くのか待っているようだった。


(ナイフを奪うのに成功しても、すぐに能力を使って奪い返されると思ってたんだけど…)


 ナイフをものすごい速さで動かすことができるのだ。それだけのエネルギーがあれば、都築が手に盛ったナイフを操作し、奪い返すことも容易なはずである。しかし、そうはしなかった。都築が1度奪ったことで操作するための条件が満たされなくなったのか。もしくは単純に都築にナイフを渡すのも面白いと考えているのか。


(今の反応だけじゃ、ちょっと判断できないな…)


 もし、都築が奪ったことで、このナイフが能力の影響下から外れたのであれば、今後取りえる行動に幅ができる。しかし、そうだと確定できない以上、それを前提として動くことは危険すぎるし、何より都築はそうするつもりはなかった。例え、1度奪われたら操作することができないと片目男が言ったとしても、その言葉を信じることはなかっただろう。


 そうなれば当然、持っている唯一の武器であるナイフは相手の能力の影響下にあり、そのうえで泳がされているという前提のもと、篝が来るまでの時間を稼がなければならない。


 それはつまり、持っているナイフがいつ使えなくなるか分からないばかりか、持っていることでより危険な状況に自らを追い込みかねないということである。自分の手の位置から、あのスピードでナイフが飛び出せば、避けることなど不可能だ。


 しかし、その可能性を認識しながら、あえて都築はナイフを手放そうとはしなかった。


 片目男はその様子を見ながら、都築が動き出すのを待っていた。


(このまま動かずに時間を稼ぐこともできなくはないけど、そう長くは無理だよなぁ…。篝さんが来てくれればいいんだけど、遅いなぁ。はぁ、しょうがない。結構休憩もできたし、やりますか!)


 都築は一瞬身構え、次の瞬間走って逃げた。


「はぁ!?」


 身構えた都築が繰り出す攻撃に対応するため、こちらも身構えた片目男は、全速力で逃げる都築にすぐさま反応し追いかけたとはいかず、走り去る都築を茫然と見つめてしまった。


 しかし、これまでたくさんの戦闘を経験してきたであろう片目男は、最初の1瞬こそ不意を突かれたものの、すぐに持ち直し、都築を追うべく駆け出した。


「このヤロォ、ぜってー殺す!」


 不意を突いて何とか逃げ出したものの、片目男が怒っていることは、後ろから追ってくる罵声からも明らかであるし、そうなればもう1度会話に持ち込んで時間を稼ぐということはできそうにない。


(篝さん遅いなぁ…)


 都築はそう思っているものの、仮に篝が1人で逃げていたとしても、裏切られたとか、篝に対して恨みのような感情を持つことはないだろう。


 自慢ではないが、都築彩夏は生まれてこの方待ち人とまともに会えたことがない。篝が来なかったとしても、都築にとってはいつものことである。むしろ、助けに来てくれたら驚くほどだ。


(篝さん、あなたにヒーローの資質はないみたいですね…)


 ヒロインのピンチに颯爽と駆けつけるのは、確かにヒーローの持つ資質なのかもしれない。だとすれば、この場合のヒロインは都築であり、トラブルに巻き込まれることがヒロインの資質と言えなくもないので、ヒロインの資質は十分と言えるのかもしれない。いや、都築の不運はヒロインの資質というには悲惨すぎるし、むしろ第1被害者のそれである。


(それだと死んじゃうから、せめて死んだと思ってたら生きてたキャラくらいになりたいなぁ)


 そのためには、この状況を生き残らなければならない。何も逃げることだけが生き残る方法ではない。それが可能ならば、相手を倒すことこそ生き残るための最良の策なのだ。


 都築は生き残るべく移動を開始した。


 片目男に連れてこられたこの放棄されたと思しき建設現場のような場所は、しばしばこの近くに足を運ぶ都築でさえ全く知らない場所だった。しかし、時間稼ぎのために逃げ回っている間に、おおよそのことは把握していた。


 都築目掛けて飛んでくるナイフを建物の柱に隠れてやり過ごす。通常、物を自由に操る力を持つ相手と戦う場合、そんな力を持っている人は通常ではないということはおいといて、銃を相手にするのとは違い、相手と自分とを結ぶ直線状から外れるなり、障害物で遮るなりしても攻撃を避けることはできない。よけようと動けばそれを追尾してくるし、障害物で遮っても回り込まれてしまう。


 片目男の持つ能力の場合は、追尾する能力はあるものの、操作するものが視界から外れる障害物を回り込むような動きは、どうやら不可能なようだった。もしそれが可能であったならば、都築はこうして生きていなかったかもしれない。


(それに関しては珍しくラッキーだったな)


 世間ではこのような場合をラッキーなどとは呼ばず、不幸中の幸いというのだが、不幸の中には不幸しかないことがデフォルトの都築の人生においては、これでもとびきりのラッキーだった。


 片目男が使う武器がナイフだということも都築にとっては都合がよかった。片目男が使っているナイフは、指を守るためのヒルトと呼ばれる鍔のようなものがあるため、壁や柱に刺さりはしても貫通するということはないのだ。もし片目男が、ナイフではなく矢のような形状のものであったならば、物陰に隠れたところで刺し貫かれてお終いだっただろう。


(それだと飛ばした後に見えなくなるから、貫通しない方がいいのかな?)


 そう考えると、なるほどナイフを選んだというのは理にかなっているように思える。


 都築は走りながら、放置されているビニールシートを拾い上げ、作業用の足場を駆け上がった。


 片目男は、都築を追い作業用の足場を駆け上がるようなことはせず、地上からナイフによる攻撃で都築を狙い撃つ。放棄されてから相当の時間が経っていたのだろう。見るからに錆びついた足場は、ナイフが刺さるどころか折れてしまうほどで、その上にいる都築に直接当たらなくとも足場が崩れてしまいそうなほど危険な状態だった。


 都築は持っていたビニールシートを片目男に覆い被せるように投げた。ビニールシートが上手く片目男に被さり、自由を奪うことができれば良し、そうでなくともビニールシートを防ぐためにナイフを使わせることで少しの間攻撃をやめさせることができれば良し。とにかく、どう転んでも都築にとって得となる。


「へぇ」


 片目男は、自分の能力に対して有効な策を取られたからと言って、取り乱すようなことはなく、極めて冷静だった。4本のナイフを操作し、ビニールシートの4隅にナイフを刺しそのまま飛ばす。4本使ったのはそうしなければビニールシートを移動させる際、シートが翻りナイフの操作が途切れてしまう可能性があるためである。それだけの判断がとっさにできるほど、片目男は冷静だった。冷静すぎたというべきか。


 ビニールシートが不発に終わったぞ、ということと、次はどうするつもりだ?という意味を込め、片目男は都築の方へ、視線を向けた。


 が、先ほどまで都築がいた足場にはその姿はなく、建設途中のビルへと移動していた。ふと違和感を感じる。その正体が何であるか気付くまで1秒もかからなかった。さっきまで都築がいた足場が今まさにこちらへと倒れているところだった。


「くそがぁ!!」


 都築の姿を探してしまったことが仇となり、反応が遅れてしまった。今から逃げたのでは到底間に合いそうもない。


「お前も死ねぇー!!」


 1人で死んでなるものかと、片目男は都築に奪われたナイフを操作して、都築を殺そうとナイフを視界に収める。


 しかしそれよりも早く、都築は片目男目掛けてナイフを投げていた。


「それお返ししますねぇー」


 その投げたナイフが片目男に刺さるというようなことはなかったが、そのナイフを視界に収め操作できるようになったころには、ナイフを飛ばして都築の体に刺すだけの時間が片目男には残されておらず。


 けたたましい音と共に錆びた足場は完全に崩壊した。


 

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