もし、これで俺が逃げたらどうするつもりだったんだか
篝が相手をしている方の片目男、2人が逃げないよう身を隠しながら見張っていた方の片目男は、篝は防戦一方で圧倒的に有利な立場にいるにもかかわらず、焦っていた。
(どうして俺のことがばれた?それだけならまだしも、まさか見つかるとは…)
篝の予想した通り、この2人は双子だった。都築の相手をしている方が兄、篝の相手をしているのが弟だった。2人は、あるとき同時に能力者として覚醒したが、能力の種類は同じではなかった。
兄は、自分の所有物を手を触れずに動かすことができる能力。
弟は、兄の五感、思考、能力を自分とつなげる能力。
対象が兄だけというのは、あくまでも現時点での話であり、本人も知らない能力発動の条件のようなものがあり、それに当てはまっているのが今のところ兄だけだということなのかもしれない。なんにせよ、都築や篝に自分をつなげることはできなかった。
双子が能力者として覚醒してからというもの、好戦的な性格の兄は、自分の力を試そうと同じ能力者を見つけては、倒すようになり、内向的な弟は兄のサポートをするというスタイルに自然と落ち着いた。
それはお互いの能力の特性を存分に活用した最適に近い作戦であり、現に今までピンチに陥ることは1度としてなかったし、能力者たちが集まるトーナメントでも、自分たちのスタイルに持ち込めば、他の能力者など敵ではないと思っていた。
そう。今日この場で都築と篝の2人を相手にするまでは。
(何の手がかりも無しに俺の存在に気付くなんて考えられない。まさか、あいつが教えたのか?いや、それはない。それならそうと俺に伝わるはずだ)
弟は、兄と自分をつなげていたし、兄が見ているもの、考えていること、発した言葉などすべて把握していた。
(一体どうやって気づいたんだ?)
この建物を登ってくる篝の足取りは、明らかに自分以外の人間がいることを想定していたし、そもそも逃げる方法を探しているのに、建物を登ってくるということ自体がおかしい。
(どうして気づいたのかは後で聞くとして、今はこの状況をどうにかしないと)
今いるエリアから獲物を逃がさないようにすることが弟の役割だったが、その獲物が自分に向かっている以上応戦しないわけにはいかない。兄は怒るだろうが、場合によっては殺してしまうかもしれない。というよりも、自分の存在に気付くほどの相手だ。そのつもりでいかなければやられてしまうだろう。
篝をめがけて飛ばしたナイフを手元に引き寄せ、懐からナイフをもう1本取り出した。緊張しているのか、ナイフを握った手にはたくさんの汗をかいていた。だからといって問題にはならない。手を触れずに物を動かす能力を自分とつなげているのだ。手が滑るなんてことはありえない。
覚悟を決め、今までの半ば威嚇のような攻撃ではなく、相手を倒すための、傷つけるための攻撃に切り替えた時、汗のしずくが頬を伝い、顎から垂れたのを感じた。
(直接戦った経験こそなかったが、今まで散々あいつが能力者と戦うところを見て、聞いて、実際に感じてきたってのに、いざ自分が戦うとなるとこの様か。だが気持ちは落ち着いている。俺が負けるはずがない)
自分の弱さを目の当たりにし、嫌悪感を抱いたが、それを払拭するだけの経験と自信が足を前に踏み出させた。
ジュッ!!
1歩踏み出したまさにその時、足元から水が蒸発するような音が聞こえてきた。
(何だ?)
それがなんなのかを確認するため、音がした場所を見てみるが、特に変わったところなどない。
確認のために屈んだ際、また汗のしずくが垂れる。
そのしずくがコンクリートの床に落ち、先ほど聞いたのと同じ音を立てて蒸発した。
「っ!?」
コンクリートの床は、いつのまにか素手では触れないほどに熱くなっていた。そんな部屋にいたのだ。緊張や不安など感じていなくとも、汗をかいてしまうのは当然のことだった。
篝の能力が炎に類するものであることは、都築とのやり取りを観察していた双子は当然分かっていたし、能力が分かったからこそ勝負を仕掛けたのだ。この現象が篝の能力によるものであるとすぐに気付いた。
(いつの間にこんなことを…)
なんにせよ、命にかかわるような事態になる前に気付くことができてよかった。コンクリートの床や柱はかなり熱くなってはいるが、靴を履いていれば直接触れない限り問題はなさそうだった。
(これ以上加熱する前に仕留める!)
先ほど篝が隠れた柱の陰へと駆け出す。篝の姿をその視界に捕えた。かなり温度が高くなっているのだろう。赤くなった手で床に触れていた篝も、相手が動き出したことに気付き、攻撃を回避するために立ちあがった。
しかし、攻撃を避けるには相手に近付かれすぎた。双子の弟の右手から浮遊したナイフが、刃を篝の方に向けた次の瞬間、まっすぐに篝の体を刺し貫いた。
ドスッ!!
ナイフが篝の体をものの見事に貫通し、コンクリートの床に突き刺さる。
(どういうことだ?)
ナイフは、双子の弟が狙った通りの軌道を描き、思った通りに篝の体を貫通した。
いや。思った以上に貫通したのだ。ナイフが篝の体を貫通する際、いつものような手ごたえが全くと言っていいほどなかった。まるで篝の体が透明になったかのように。
「まさかっ!?」
篝の体をよく見ると、その輪郭が揺らめいているのが分かった。
「くそっ!」
これは光を曲げて作ったダミーだ。そこに篝の体はないのだから、ナイフが刺さるはずもない。部屋を暖めていたのは、その中の空気を操作するためだったのか。
慌てて周りを見渡す。ダミーに気を取られている間に、篝は背後から距離を詰めていた。
「くらえっ!」
自分に向かって迫ってくる篝に対し、ナイフを飛ばすが、これも手ごたえなくすり抜けてしまう。
「ちくしょう!」
2本目のナイフを飛ばすよりも、間合いを詰めた篝がナイフを掴む方が早く。
「これで終わりだ」
篝の腕が自分の顔に近づき、その腕がかなりの熱を持っていることを、皮膚で感じたところで、双子の弟の意識が途切れた。
「ふぅ」
自分の作戦がうまくいったことで、何とか共犯者を倒すことができ、安堵のため息を漏らす篝。共犯者を倒すという自分の役割は果たすことができたものの、それでは不十分だった。別行動をする前に都築が提示したプランでは、都築が時間を稼いでいる間に、篝がなるべく早く共犯者を倒す手筈になっている。共犯者を倒すのに思ったよりも手こずってしまい、今もまだ都築が逃げ続けることができているかどうか怪しくなるほどの時間が経っていた。
加えて、共犯者を倒す際に、篝は自信が持つ能力をかなり大規模に行使したため、その代償として篝の体力はかなり消耗していた。この状態では都築を助けに行ったとしても、もう1人を倒すことができるかどうかはきわどいところだった。
しかし、だからといって助けに行かないなんて選択肢を選ぶ気はさらさらなく、篝は乱れた呼吸を整えると、さっそく動き出した。
「さてと…」
共犯者の持ち物を調べ、ポケットにあったトーナメントの参加賞であるカードを見つけ、自分のポケットへと入れた。
「もし、これで俺が逃げたらどうするつもりだったんだか」
プラン通りに事が運んでいるならば、今も逃げ続けているだろう都築のことを考えながら、篝はその場を後にする。
当の都築は、死んでこそいなかったものの、別行動をする際に建てた当初のプラン通りに事を運んでいるかと言えば、そんなことはなく。そもそも、いつ助けが来るかはもちろん、本当に助けが来るのかどうかさえ怪しいのに、飛んでくるナイフを避けながら、全力疾走で逃げ続けるなんてことは都築でなくともおよそ不可能なのだ。実際、篝は都築でなければ死んでいると判断しただろうし、それだけのことを言わしめる都築本人でさえ、逃げ回ることはできなくなり、会話によって時間を稼ぐしかなくなっていた。
篝が今までいたビルを出た頃、都築がいると思われる方向から何か大きなものが崩れるような音が聞こえてきた。篝はその音がした方向へ全速力で向かった。