二手に分かれましょう
「お前の言ってた最悪のパターンじゃねえか。どうするんだよ?」
片目男の攻撃から逃げつつ、篝は都築に声をかける。
「そうですね。最悪ですね…」
しかし、こうな状況であるにもかかわらず、都築は心ここに非ずといった感じで、篝に対しても生返事ばかりだった。
(どうしたんだこいつは?さっきまではあんなに…。もう諦めてしまったのだろうか?)
篝は、都築の様子を見てそう思った。しかし、篝には、関係のない都築をこの件に巻き込んでしまったという負い目があったので、都築の態度に何かを言える立場ではないと自覚していた。
(それに、人に頼ってるようじゃだめなんだ。俺は…)
都築の言う、最悪のパターンだろうがなんだろうが、これくらいのピンチを切り抜けることが出来なければ、到底目標を達成することはできない、と自分に喝を入れ、篝は反撃の手がかりを探し始めた。
篝直正の持つ能力は、『発熱』である。自分の体の温度を自由に上げることができ、それによって物を燃やすこともできる。初対面の都築に、能力の一部である炎を見せたのは、都築を信用していたからではなく、むしろ警戒していたが故の、自分の能力を誤認させるための策略だったのだ。
能力を使い直接温度を上げることができるのは、篝の体に限られていて、それ以外のものに能力の影響を及ぼすためには、篝が直接触れる必要があった。
しかし、今相手にしているのは、遠距離攻撃を可能とする能力者で、篝にとって相性の悪い、戦いづらい相手だった。あいにく篝の能力では、飛んでくるナイフが体に到達するまでに溶かしてしまうことはできない。
(どうにかして接近戦に持ち込むことができれば、勝機が見えてくるんだが)
敵は常に複数のナイフを飛ばしており、無傷で自分の間合いに入り込むことは不可能に思えた。
(このまま逃げ回り、持久戦に持ち込んで、隙をうかがうしかないか…)
幸い周囲には多くの障害物があり、それに隠れつつ逃げ回れば、時間を稼いで隙を伺うこともできるかもしれない。
「篝さん、篝さん」
トントンと篝の肩を叩く都築。今は物陰に隠れているとはいえ、安全な状況ではないのだ。逃げようとしたときにナイフが飛んできたように、今この瞬間にナイフに貫かれても不思議ではないのだ。篝には都築の呼びかけに答える時間さえ惜しかった。
「二手に分かれましょう」
都築の言葉を、篝は無視することができなかった。確かに、相手は1人、こちらは2人。数の上ではこちらに利がある。二手に分かれるというのは、その利点を利用した有効な手であろう。
しかし、それは信頼した相手との場合である。二手に分かれ、相手を引き付ける役が裏切られてしまえば一転して絶体絶命の事態となる。今日初めて、それもついさっきであったばかりの都築と篝がとる作戦としては、不安要素が大きかった。
篝は、二手に分かれる作戦は有効だと思ったし、自分がおとりになってもいいどころか、おとりになるつもりでいた。オーラを感じるものの、能力を持っていない都築をおとりにするという選択肢はなかったし、もし都築に逃げられてしまったとしても、それは巻き込まれた都築がとる行動としてはごく当然のことであるし、その場合は自分1人、いつも通りの状況になるだけだ、と篝は割り切っていた。それに、都築も自分が逃げるために、そんな提案をしたのだろうと思っていた。要するに、都築のことが何もわかっていなかったのだ。
「俺があの人を引き付けるので、篝さんはさっきのルートから逃げてください」
「………っ!?」
篝は言葉が出なかった。この男能力者ではないくせに、何を考えておとりになるなんてことを言い出すのか。もしかして、俺が騙されただけで、実は能力を持っているのか?そもそもなぜ、この男は俺を逃がそうとするのか。
混乱している篝の返事を待たずに、都築は自分のプランを伝える。
「さっきのルートで僕がやったみたいに逃げようとすると、さっきと同じようにナイフが飛んできて邪魔されると思うので、そのナイフが飛んできた方向を辿って、共犯者をやっつけてください」
何だと?共犯者?何の話をしているんだ?
「篝さんがもう一人をやっつける間、俺が何とか時間を稼ぐので、ささっとやっつけて、俺を助けに来てください」
この時篝は全く話についていけていなかった。いつ共犯者なんか出てきたんだ?さっさとやっつける?それができるなら、もうとっくにやってるってのに。
「ちょっと待ってくれ。お前は何を根拠にそんなことを言ってるんだ?納得できる根拠がないのなら、協力はできない」
一方的にしゃべっておいて、さっそくおとりになるため飛び出していこうとしている都築を抑えて、篝は言った。
「あぁ、そうですね。すみません。えーと、まず、少しおかしいと思っていたんですよね」
直前まで飛び出すつもりだったにもかかわらず、聞かれれば地面に座り、落ち着いて話し出す辺り、都築らしさと言えるのかもしれない。
「みいつけた、と言いました。ということは、それまで見失っていたということです。それなのになぜナイフを飛ばして俺たちを邪魔することができたのか?それは協力者がいたからです」
「見えていなくても攻撃できる能力だって話じゃなかったのか?」
「そう言いましたけど、やっぱり考えにくいですよ。ナイフはしっかりと俺の脚を狙ってきました。直接目で見えてなくとも、何らかの方法で認識できていたはずなんです。例えばカメラとか、あるいは協力者とか。その場合、出会って第一声が、みいつけた、なのはおかしいと思ったんです。普通、追いついた、とか、逃げられると思ったのか、とか」
「だからって共犯者がいるってのは、トラップの可能性のあるだろ?」
「その可能性もあります。でも、みいつけた、というセリフだけで共犯者がいると思ったわけではありません。思い出してください。カードがもう1枚必要になったからよこせって言ってきましたよね?もう1枚ということは、もうすでに1枚以上持っているということです。1人1枚あれば十分なものを複数欲しがる理由は、1人じゃないからかなぁと」
俺はいったい何度この男に驚かされなければならないのか。そう思いながら、篝は都築の話を聞いたことで、共犯者の存在を認めざるを得なかった。それを基に考えると、物陰に隠れて攻撃をやり過ごせることや、こうして今1カ所にとどまっていても攻撃されていないことに合点がいく。
「ということは、ナイフを操作できるのは、目で見える範囲ってことなのか?」
「確証があるわけではありませんが、おそらくそうだと思います」
それならやりようがあるし、都築が言ったようにさっさと片付けることも不可能なことではないと篝は思った。
「でもお前、もし俺が共犯者を倒して、そのまま逃げたらどうするんだ?」
都築の立てた作戦は、両者の間に強い信頼関係があることを前提としている。篝は、自分がそれだけの信頼を得たとは到底思えなかった。
「え?逃げるんですか?困りますよぅ」
「いや、助けに来るつもりではあるが…」
「それなら大丈夫ですね。なるべく早くお願いします」
こいつ、近いうちに詐欺にでも引っかかって、全財産持っていかれるんじゃないか?
「…それに、その時はその時で、自分で何とかしますよ」
何か俺に隠している秘策、あるいは能力があるのだろうか?都築がその時のどうするつもりなのか気になったが、今は時間がない。
こちらへと近づいてくる足音が聞こえた。
「せーの、で飛び出して二手に分かれましょう。いきますよ?せーのっ!」
都築の掛け声に合わせて物陰から2人同時に飛び出す。
「おっ!?」
片目男は、まさか突っ込んでくるとは思っていなかったのか、飛び出してきた2人に対して反応が遅れた。その隙を篝は逃さず、先ほど闘争を試みたルートへと走る。都築とて隙を見逃すようなことはなく、かといって片目男を引き付けておかなければならないので、走り出すわけにもいかず、片目男の様子をうかがう。
「ふん、分かれたか…。まあ、両方とも殺すがな。どうせ逃げられねぇっつうの。とりあえずお前からだ」
そう言うと、片目男は都築へとナイフを飛ばす。ナイフが来ることが分かっていたので、都築はこれを回避することができた。
「ど、どういうことだ?奴の右側は死角じゃなかったのか?奴の右側にいれば見えないと思ったのに」
前髪で隠れているとはいえ、見えているであろうことは都築にも分かっていた。確証がなくとも、悪い方を想定して動くのが都築である。わざとらしく大げさに相手を挑発することで、おとりとしての役割を遂行しようとしたのだ。
結果、片目男は都築が思っていたよりも直情的で、単純だった。
「まずはお前を全力でいたぶってやる。もう1人はお前が死んだ後だ!」
都築は完全なおとりとなった。