じゃあ逃げましょうか?
「はぁ、はぁ、さっきの人も、能力者なんですよね?」
何とか身を隠せるところまで逃げてきた2人。都築は息も絶え絶えになりながら、今の状況を理解するため質問する。
「そうだな。確かにオーラを感じた。間違いなく能力者だ。都築と違って能力も使っていたからな」
「ナイフを浮かべてたあれですか?ということはサイコキネシスとかテレキネシスとか言う?」
「それで間違いないだろう」
「それでは力の範囲というか、力の強さがどの程度なのかってわかりますか?」
「持っている能力はそれぞれだからな。何ができて何ができないとかいうことは、それこそ本人にしかわからないんだ」
「そうですか…」
篝はこの男、都築彩夏の適応力に驚いていた。つい先ほどまで能力者が存在することすら知らなかったのだ。それなのに、今ではその能力者の存在を受け入れるどころか、能力者を相手にどう立ち回るかを考えているのだ。
「あの…、一応聞いておきますけど、カードを渡すことはできないんですか?」
「俺がそんなことをお前に言える立場じゃないっていうのは分かってはいるが、カードを渡すことはできない」
篝にはどうしてもトーナメントを勝ち上がらなければいけない理由があった。こんなところで出場権を逃すわけにはいかない。
「分かりました。では、カードを渡す以外の方法を考えましょう」
この男は自分に不利益なことでも簡単に受け入れてしまうところがあると篝は思っていた。相手は一応、カードを渡しさえすれば手出しはしないというようなことを言った。今でもそれが有効であるかどうかは怪しいが、それでもこの状況を抜け出せる可能性は十分にあるだろう。
加えて、この件において都築は完全に被害者である。なぜかは分からないが都築の体から能力者のそれと変わらないオーラが出ているので、篝もナイフの男も能力者だと思ったが、本人によるとどうも違うらしい。
もちろん都築が嘘をついている可能性も考えられるが、考えられないこともないのかもしれないが、篝には都築が嘘をついているとは考えられなかった。
それならばなおのこと、都築にとってこの状況は、本人にいわれのないもので、篝からカードを奪って助かろうとしても責めることはできないはずだ。それなのになぜ、篝のわがままとも取れるような主張を、それが当然であるかのように受け入れた。それに、都築には篝がカードを渡すわけにはいかないと言うことが分かっていたようだった。
篝直正には、都築彩夏という男が分からなかった。
一方の都築も、篝の考えていることが分からなかったというようなことはなく。いや、篝の考えていることは分からなかったが、そもそもそんなこと都築は考えていなかった。
相手は物を直接手で触れることなく動かすことができる。動かせる物の大きさや重さに上限があるかどうかは不明。動かすための条件があるかも不明。しかし、ナイフが壁に刺さったり、それを抜いたりできたことから、かなりの力で動かすことができるようだ。
と、ここまで考えて都築は一つの仮定を思いつく。
ナイフを飛ばすということは、攻撃として確かに有効な手だ。ナイフはもともと近接戦闘のための武器であることに加え、それを自在に飛ばすことができるとなれば、かなり手ごわい。しかし、もし能力を使って動かせるものに制限がないならば、俺や篝さんを持ち上げてしまえば済む話である。ナイフなどそもそも必要ない。だからといって、片目男に人を持ち上げるだけの能力がないとは言い切れない。人は必ずしも最善の手を取らないし、片目男のようないかにもなキャラクターの人間はなおさらである。なるべくいたぶった方が面白いだろうが、とか言いそうだ。そこを読み違えてはいけない。
しかし、全く制限がないというのもなくはないのだろうが、そんな強敵にいくらなんでも運が………。
都築は自分の運の悪さを思い出し、いきなり無制限のチート級能力者に出くわすことが普通にありえそうな気がしたが、その考えは蓋をしてしまっておくことにした。その場合は打つ手がない。
さて制限がある場合、それは動かすものと動かす先を認識していなければならないのではないかと都築は考えていた。例え見えないままに動かすことができても、障害物にあたって目標に攻撃を加えられないのであれば、戦術としてあまり意味がない。オートで目標を追尾する能力がある可能性も考えたが、今こうしてじっとしていても攻撃が飛んでこない以上、その可能性は考えにくい。片目男が見た目通りいたぶるのが好きな人間ならばなおさらである。息を整える間さえ与えないだろう。
まとめると、片目男の能力は俗にいう念動力。ナイフを複数同時に操り、威力は人を殺すのに申し分なし。範囲や条件については確定できないが、オートでの追尾はできず、動かすものと場所を視認、あるいはそれと同等の認識があって初めて能力を発揮できる。もしくはその条件下で初めて戦闘を行うことができる。
こんなものか、と都築はいったん思考を止め、それまでの続きと同じように何やら考えている篝に対して言う。
それはまず初めに思いつかなければならないというか、普通1番初めに思いつくはずの案だったが、篝はこれまでの経験から、都築はそれに加えて、運の悪い自分がまさかそんな簡単な方法でどうにかなるわけがないと、却下していた案だった。しかし、こうしてじっとしていては再度エンカウントすることは時間の問題であったし、それならば、例え1パーセントだとしても成功する可能性がある案を実行したほうが得だと考えていた。ちなみに、都築はいくら理論上は可能性が0でなくとも、自分が実行するうえでは0だと信じていた。それでもなお、失敗することを確信したうえで、損失以上に得るものがあると都築は予測した。
「じゃあ逃げましょうか?」
篝は能力者としてその身に能力を発現してから、それなりの時間が経っていた。幼少のころから能力者として、自分以外の能力者との衝突も多々あった。それを生き延び、生き残るための知恵を実地で身に着けてきた篝にとって、敵が誘い込んだ場所には相応の仕掛けがあることは明らかであるし、今のこの状況から無策で逃げ出そうとするのは、自殺行為だと確信していた。
「いや、それは無理だ。都築。よく考えても見ろ?あいつはわざわざ俺たちを繁華街からここまで連れてきたんだぞ?逃げようとしても袋小路になっているか、罠があるに決まっている」
「俺もそう思います。というか確実にそうでしょう」
「?だったらなんでそんな自殺行為のようなことを言い出すんだ!?」
「俺だって死ぬつもりはありませんよ?とりあえず逃げてみて、そのまま逃げ切れればよし。まあ、それは絶対にありえませんが。もし逃げ切れなくても、相手がどのようにして逃げるのを阻止してくるかが大事なんです」
「…どういう意味だ?」
「例えば篝さんの言ったように、この先袋小路になっているとします。そんな場所に連れてきたということは、そうでなければ逃げられてしまう。自分の能力ではカバーしきれないと言っているようなものだと思いませんか?まあ、断言まではいきませんが。単純に楽だからとかかもしれないし。罠があって逃げれない場合も同じことです。どんな罠かで多少状況は変わってきますが、それを能力で補えないから罠を張るんでしょう。これらの場合、あの人に見つからないように元来た道を戻れば終了です」
「………っ!?」
篝は言葉を発することができなかった。それは都築が示した逃げる理由に理解が追い付かなかったわけではなく。奇襲をかけるくらいの事しか思いつかなかった篝に対し、直接戦闘することなく相手の情報を手に入れる術を考え出したその思考に、それもそのことを思いついたのがついさっきまで能力者のことを全く知らなかった都築だという事実に、驚愕していた。
(一体こいつは、何なんだ…?)
そんな篝の反応をよそに、都築はなおも続ける。
「それで、最悪のパターンですが、能力を使って逃走を阻止してきた場合。この方法をとってきた場合、ほぼお手上げですね。直接見なくとも正確に狙うことができ、その範囲外に逃れることはできないということですからね。そうならないことを祈るとして、このままここに居続けることはできないでしょうし。どう思いますか?」
説明が終わるころ、篝の都築に対する疑問がなくなったわけではないが、何とか通常の思考ができるまでに回復していた。
「ここを移動することには同意するが、罠にかかって命を落とす可能性も十分あると思うが?」
「俺はあんまりないと思います。ああいうタイプは直接やりたがるんですよ。そうでなければ今頃2人とも死んでると思います」
「………分かった。それで行こう」
「それじゃさっそく」
というが早いか、都築は移動を開始する。普通ならば相手がどこにいるか分からない状況で移動するとなれば、少しは周囲を警戒するものである。しかし、都築は普通ではないし、警戒が役に立ったこともない。
今度は驚いて停止することなく篝はそれに続く。かといって驚いていないわけでなく、ましてや都築のように警戒せずにというわけではない。あたりの様子を伺い、人の気配がないか探りながら都築の後を追った。
「ここを抜ければ大通りに出られそうですね」
無事脱出できそうな道を見つけ、都築が言う。
「見たところ罠があるようには見えないが、気をつけろよ?」
都築の行動には慣れた篝だったが、念のため釘を刺しておく。都築の行動がもとで共倒れになってしまっては、それこそ元も子もない。
「そうは言っても進まないことには始まりませんから」
無駄な忠告だった。都築は迷いなく1歩2歩と歩みを進め、
「お、おいっ!」
そして止まった。
次の瞬間、都築がもう1歩進んでいれば足があったであろう場所に、
ドスッ!!
と、ナイフが刺さっていた。
「みいつけた」
後ろから聞こえてきた声に振り向くとそこには片目男がいた。
「なんてこった。いつも通りの最悪だ」
呆れたように都築がつぶやいた。