お前ら能力者だな?
「マジで能力者じゃねーの?ほら、空を飛んだことがあるとかそういうことは?」
「ありませんけど…」
本気で都築のことを能力者だと思っていたのだろう。誰の目にも明らかなほど、狼狽していた。
「確かに感じるんだけどなー。もしかして、まだ能力が目覚めてないとか?そもそもそんなことって…」
「あのぉ、どうすればいいでしょうか?」
「ああ、ごめんな?俺は篝直正って言うんだ。とりあえずよろしく!」
「えっと、都築彩夏です」
篝が差し出した手を、握手に応じて握ってしまっても大丈夫なものかと、都築が悩んでいると、
「ああ、もう熱くないから大丈夫だぞ?無理に握る必要はないが…」
そう言ったのを聞くと、都築は全く躊躇せずに篝の手を取った。
「よろしくお願いします」
「…大丈夫だといったのは俺だけど、もう少し疑った方がいいじゃないか?」
「でも、大丈夫と言われたので大丈夫かなぁと」
実際に大丈夫だったのでこれ以上何も言えなかったが、こいつこんなことでやっていけんのか?と篝は心配になった。もっとも、彼には人の心配をし続けられるほど暇ではない。
「俺がこの街に来たのは、能力者たちのトーナメントに参加するためなんだ。俺のところに招待状が来てな?どうもこの街のどこかで行われるらしい」
いきなり頼んでもいない説明を聞かされることになった都築だったが、相手に応じる形でとはいっても名乗ってしまった以上、話も聞かずに立ち去るのはさすがに気が引けた。
「俺はこの街に住んでいるわけではないし、よく来るわけでもないので、案内はできそうにないですね。招待状も来てませんし…」
そのため、少しでも早く事態を収束させようと先手を打っておく。
「そうなのか…」
質問もしていないのに解答されたことについては、分かっているならそれに越したことはないくらいに思っていた篝だが、回答の中身については喜ぶことができなかった。
「場所も聞きたいことの1つではあったんだがな、もう1つ、同じ能力者を仲間にしたいと思っていたんだ。トーナメントに参加すると言っても、実際どんなものなのか全くわからないからな。1人では難しい場面に遭わないとも限らない」
「それで俺に…。なんかすみません」
「いや、都築は悪くない。パートナーはまた探し直せばいいだけだからな」
「気を付けて探してください」
「そうだな。でも、気を付けるのはお前もだぞ?何故だか知らんがお前からは能力者のオーラを感じるんだ。能力者だと思って、トーナメント前に敵を減らそうと襲ってくる奴がいないとも限らないからな」
「そうですね、気を付けます」
それでは、と都築が頭を下げると、じゃあな、と手を振り篝は歩いていく。手から炎が出る人と会って死にそうになることもなく、この程度でイベントを終え帰宅ができると、都築は喜んでいた。
曰く、家に着くまでが遠足である。
都築は遠足に来ていたわけではないが、家に着いたわけでもないのに喜べるはずはなく、他ならぬ都築がこのまま無事に家に帰り着いたことがなかった。
何と言っても、都築彩夏は不運である。
「動くな」
家に帰ろうと振り返った都築の腹部に、光を反射するナイフの刃が宛がわれる。
「そこに隠れてるやつもおとなしく出てこい」
そういうと建物の陰に隠れていた篝が姿を見せた。
「お前ら能力者だな?おとなしく言うことを聞け。そこの路地に入れ」
都築と篝の2人は言われた通り薄暗い路地へと入る。
「また会いましたね」
「巻き込んじまったな」
「黙ってろ!右に曲がれ!」
篝は自分のせいで都築を巻き込んでしまったことに申し訳のなさを感じていたが、都築はこの状況をどう脱するかについて考えを巡らせていた。
なんてこった。珍しく何事もなく終わるかと思ったのに。まあ、仕方ない。俺は能力者じゃないけれど、篝さんや俺が能力者だと分かったってことは、この人も能力者だからと考えるのが妥当だろう。どんな能力を持っているのか分からないが、凶器としてナイフを使っているところを見ると、あまり攻撃向きの能力ではないのだろうか?俺が能力者ではないという証拠がないから信じてもらえないだろうから、見逃してもらうなんてことにはならないだろう。見るからに、なら死ね、とか言いそうな感じだし。だとすると隙を見て逃げるのがいいのかな?
互いのことをよく知らないものの、同じ被害者である篝を仲間として認識していなかったり、つい先ほどまで毛ほども信じていなかった能力者の存在を、さも当然のことであるかのように存在するものとして考えるあたり、都築の都築らしさが垣間見える。
「そこで止まってこっちを向け」
何度か言われるままに路地を曲がった後、放棄された工事現場だろうか、少しひらけた場所で男はそう言った。
素直に振り向いた都築は、この時初めて自分にナイフを突きつけた男のことをはっきりと見た。男は黒のズボンに黒のパーカーを着ており、いかにもな格好だと都築は思った。それと同時に、たとえ相手が上下白の服を着ていたとしても、同じようにいかにもな格好だなと思うであろうことを自覚していた。服装以外に男の髪も特徴的で、都築からは左目しか見えず、顔の右半分は前髪で隠されていた。片目男と呼ぼう。都築は決めた。
「そう警戒するな。別に殺そうっていわけじゃないんだ」
そう言って片目男は、懐から今持っているナイフとは別のナイフを取り出す。
「お前ら、トーナメントのエントリーカード持ってるだろ?」
パーカーの袖から新しく2本のナイフを取り出した。
「実はそのカードがもう1枚必要になってさぁ?」
今度はパーカーのポケットから2本。
「おとなしく渡してくれるってんなら俺も何もしねぇ」
ズボンのベルトからもう2本。
たとえそれが嘘だとしても、本当だという可能性がゼロでない限り都築は即座にカードを差し出すだろうが、あいにく都築はカードを持っていなかった。
持っているとすれば、招待状が来たと言っていた篝だが、本人は真剣な面持ちで、
「もし嫌だと言ったら?」
それは質問という形式をとっていたものの、事実上の拒否の返事に他ならなかった。
「その時は…」
それを受けて、片目男は顔が半分しか見えなくともはっきりとわかるほどの笑みを浮かべ、持っていた8本のナイフから手を離した。手を離せば地面に落ちることは当然であるが、しかし、支えを失ったそれは、落ちるどころかもとより高く浮かび、その刃は8本が8本とも2人の方を向いていた。
「殺す!」
そう言うと同時に、8本のナイフは一直線に2人へと襲い掛かる。
それに反応した都築が避けようとするより少し早く、能力者としてのキャリアの差だろうか、篝が横に跳び、都築を突き飛ばすようにしてナイフを避けた。
「大丈夫か?」
「ええ、何とか。助かりました」
見ると、ナイフは地面や壁に深々と刺さっており、かなりの威力だったことが分かった。
「へぇ、避けたのか。じゃあ、もう1回」
そう言って片目男が刺さったナイフの方へと手をかざすと、ズルズルとナイフは抜け、再び2人の方へと刃を向ける。
「逃げるぞ」
走り出した篝に遅れることなく都築が続く。篝は近くにあった材木をまとめていたロープを握ると、それを焼き切り、材木の山を崩すことで道をふさいだ。
「へぇ、なかなか…」
片目男は獲物に逃げられたにも関わらず、その笑みを崩すことなく、
「ちゃんと見張ってろよ」
と、つぶやいた。
(何故逃がした?)
どこからともなく聞こえてきたおそらく男のものであろう声は、片目男のつぶやきに反応したものだった。
「うるせぇな。すぐにやっちまったら面白くねえだろうが。お前は黙って逃がさないようにしとけばいいんだよ!」
(しくじるなよ)
「はっ!誰に言ってんだよ!?」
片目男は吐き捨てるようにそう言うと、浮かんでいるナイフを掴み、歩き出した。
「さて、鬼ごっこといきますか」