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2010  作者: 篠崎彩人
0「成人の日」

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22「成人の日々」

 白の彼女を追って行った先で、あの人の居ると思しき人々の居住区を見つけた。長閑で、不快な風景だ。長閑なのに、センチメンタルが起こらないと言うのはとても不快だ。長閑さに感じるセンチメンタル、その長閑さの中に溶け込みたい、其処から出たくない、少なくともその長閑さを片時も忘れて居たくないのにそうもしていられないから、日々忙しく生きていくスピードに長閑さの記憶が剥がれ落ちてゆくから、と言うので感じる甘く切ない郷愁。だが、私には郷愁の念が存在しない、私はもう人ではないからだ、人としてその長閑さを満喫し生活する事の素晴らしさ、快感の記憶が完全に抜け落ちている上その記憶を新たに獲得する事は不可能と判り切っている以上郷愁と呼べるほどの胸を掻き毟られる様な強烈な念は心に生まれ得ない。また、郷愁を覚えられない者に郷愁の念自体への郷愁等も発生しようがない-何故なら郷愁自体の経験記憶、甘さ切なさの感覚に自意識が支配されると言うその記憶をも消え去ってしまっているから-から、私はこの目の前に広がる美しい人々の居住庭園を見ても何の快も得られなかった、元来有っていい筈の、それも特大の快楽、それを得られないと言う事実は、郷愁の胸を締め付ける懐かしさとは全く異質な激情を私に齎す、非常に苛立たしく、不愉快だ、と言う、自分から様々な深刻である物事を欠落させたこの状況、それに対する激怒だ。それでも、最低でも美しさを感じている事は多少には快かも知れない、だが、この美しさには嘘の匂いがした。何が嘘なのだろう、そして私は気付く、空が、嘘なのだ、あの眼球のプールの圧迫感が全く無い、勿論私は人として以前見た空の通常をすら覚えていないから何とも言えないが、これは多分通常の人々が空として捉える物、それのこの居住区範囲のみに効果を及ぼすイミテーションなのだろう。人がそれを見上げた時、嗚呼今日もどうにか幸福だなあ、等と神経を弛緩させてつい笑顔を零させる、そんな安楽の麻酔で人々を虜にしてしまう、青一色、青一面。恐らくこのイミテーションスカイはその空の性質を過剰なまでに強化しているのだと思う、空を青い洗剤の湖としか捉えられなかった私ですらある種の異様な心地良さを得る事が出来るのだから。そしてその下で、緑の豊かな、水の豊かな楽園に住む人々。彼らこそ、天国に住み暮らす天使と考えてもいいのかも知れない。彼らは恐らく成人してから自分がどうなるか、私の様になってしまう事、そしてその後ほぼ確実にあれら木々と言う天使の死骸となってしまう事、そう言った事を全く知り得ないまま、空を見て幸福、緑を見て安心、水を飲んで健康、そんな安楽主要三元素の様な綺麗で愛しい事柄ばかり両手一杯抱えて日々を送っているのだろう。汚れを目にする事の無い子供は、世界に不平不満を持つ事も無い、例えば彼らがこの環境で成人するとなればまた話は変わってくるだろう、成人して、自分の生きた証を残したい、自分の生を燃し高々と掲げ他人の太陽として私は在りたい、と思った時にこんな予定調和の楽園では彼らは満足しないだろう、彼らは必ず世界を変えよう、その為にまず世界の真相を知ろう、と言う風に活動を起す筈だ。だが、この楽園は子供の楽園だ、楽園と言う名の牢獄だ。子供が大人になろうとした瞬間にこの世界はその笑顔を変える、いや、笑顔のまま狂気を示す。大人と言う新たな地平に往くのは不可能だ、一応私に与えられたこの三日間は大人としてのそれと言う物なのかも知れないが、勿論こんな限定され過ぎた夢への助走期間に納得する者は居ないだろう、それに、これは夢への助走など出来る物ではない、私の状態に在る者は、とてもではないが天になど羽ばたく事は出来ない、泥濘む地面を助走してどんどん地面に深く潜り込んで往くばかりだ、そして何時かは顔の上まで地面に落ち込み窒息してしまう。私も半身辺りまでもう地面に埋まり切って空へ羽ばたく希望など自分で叩き潰してしまった。希望を砕いた私の衝動はまだ収拾が付いていない様でこの景色も私はこの空にへばり付く青い物を落下させて終わりにしてしまいたいと思った。この人々を包む嘘の美も私を囲む真実の醜も全て無き物にして、全てを破壊してそこからまた新たに出て来る芽が有れば、天使の死骸を種として気だるげに地面から顔を出す、そんな物でなく、この嘘の空の向こうの本当に天国の一部なのではないかと思える様な青い世界へ伸び上がって行く希望の芽が有れば、そしてその種を植え付けるのが他でもない私であれば、そんな風に夢を見た、この夢見る事を禁じられた世界で。空に羽ばたく綺麗な姿で夢を追うのは無理だろう、それでも私は夢を見よう、地面に潜り込み、息が出来なくなるまで。

 私の成人の日は、未来の彼らの成人の日々に連なる事が出来るだろうか。もし出来たなら、私のこのたった三日間の生でも、私は自信を持ってそれを、成人の日々、と叫びたい。

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