1?「憐生鳥」
呆然として、何も目指す物無く、何も望む物無く私はその場に立ち尽くす、唯一起こっている事は私の世界への観察である。この森の木々の生え方は少々不自然だ。通常空を目的として、空から降り注ぐ光の粒子を食そうとして欲望の枝葉を生命の限り空間の限りに広げる筈だが、この木々はそうゆう前向きな存在感を出していない、なんと言うか、空を忌み嫌っているかの様にぐったりと地面に張り付いている感じだ。雰囲気が射精後のペニスに似ている、やるべき事を終えた肉組織の弛んだ安らぎの構図をこの木々はその枝、その葉その根その成長指向性に醸し出させている、つまり、生きて居たくて存在している風でない、宿主の無いペニス、精子生産能力の備わらない、射精の一発限り許された使い捨てのそれ、もう今はその役目を果し静かに眠り就きたいだけなのにセミネクロフィリアの地面に今なおその死に体をそこに留めるだけの仮初の生を与えられ無い物強請りをされてぐったりしている、そんなもう存在の終っているべき生命の憂鬱が激しい違和感激しい生的死臭となって私の脳を嬉しそうに掻き回す、私も今只今射精なのか何なのかよく分からない排出を終えたばかりの動体ペニスだ、地面はそんな私も早く自分の異常性愛の玩具蒐集の一個としたくて私の脳を優しく破壊しようとしているのだろう、自分の事を愛させよう、私の何もかもを自分の物にしようと超高濃度の媚薬を脳の皺の一つ一つに塗り込んでいる最中なのだろう。媚薬ゼラチンの脳細胞ゼリー作りをしていると言うより、自分を植物だと誤解させる為の神経麻痺を狙ってぶすぶすと脳に辺り構わず穴を開けて知性の完全崩壊を祝う脳漿の大噴水場を建造しているのかも知れない。どっちにしろ、その地面の私への施しは並みの神経の許容範囲を遥に超える。もう五感が苦しくてしょうがない、目を開けていても過剰画素の針の嵐が私の眼球を潰さん勢いで飛び込んで来るし、目を閉じても闇という闇が自分の名前が闇である事を秒間何万と言う周期で紹介してくれるし耳にはこの木々達が自分自身へのレクイエムを全枝葉で唱え叫びそして地面が一々それを拍手喝采するのに合わせ耳元の醜悪な妖精音楽隊が負の表現ばかり豊かに伴奏する様子が逐一伝えられて来るし口では先程の白と言う一生分の唾液を失った狂気と恐怖に今にも舌がその白を取り戻そうと口から飛び出そうとして体を捩って自分を根元から千切ろうとしているし鼻も先程の綺麗な人と言う花の蜜の匂いを窒息する程死ぬまで嗅いでいたいらしくこの死の匂いしか嗅ぐ事の出来ない場所でその吸引力を最大限にまで高め脳細胞に死の香りは酒の香り腐乱の香りは婦人の香り等と思考塵を鬱積させていくし、そんな五感の苦しい自分である事が苦しい私は救いを求める、空を見る。森に覆い隠されて全体像を見るまでには開けていない場所からなら、まだなんとか空であると言う事を受け入れられる、多分、視界が全部開けていたら私は空を見上げた瞬間に即死するだろう、空に浮かぶ幾億の眼球に一斉にこちらを向かれ一斉に汝空を忘れよ地面を愛せよ等と呪詛を振り掛けられたら私と言う一個体は即座に死を選ぶだろう、そんな余りにも人間時分の思い出を霞ませ汚す出来事の情報秒速に脳は付いて行けず思考摩擦の中に砕けてしまうだろう。私は祈る、お願いします、私はこんな場所で死にたくありません、こんな所で、こんな腐った生命の粘着液の檻の中で存在していたくは有りません、私を、今一度空へ、あの日の空へ導いてください、あの日の空にもう一度出会えるその日まで、貴方がたこの呪われた世界の傍観者でいさせて下さい、私を空にして下さい、無にして下さい、若しくは、地面の愛欲から解き放たれた事を軽やかに歌い舞う小鳥にして下さい、小鳥になり、あの人の肩でそれを世界に語り継ぐだけの小さな愛の伝道者にして下さい、空はそんな私の憐れな囀りに耳を傾けていたが、突如その空の眼球の見る物が変わる、何かを見つけたらしい。私もその目的物を探そうと地面に目を泳がせる。そして、それが居た。




