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2010  作者: 篠崎彩人
0「成人の日」

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10「白い涙」

 見えてはいないのだろう、物理的に、視覚目標が有ってそこに立ち尽くしているのではないのだろう。もし見えていたら、白濁液を口から絶えず流しつつ有り得ない程の幸福臭を顔面の腐敗した笑顔から発散させている者など見えていたら、人の顔面には、腐敗への反応感情、嫌悪、軽蔑不快憂鬱そして恐怖、自分も何れはあの様に腐敗の泥土の中に自分の身を投げ入れ溶け込み泥土と友である自分を喜ぶ豚に陥るのかも知れない、と言う自己堕落への危機感を抱えた時の表情要素、引き攣りが生ずる、笑顔であろうと、無表情であろうと、泣き顔であろうと。だがこの人は-私にはもう性区別の基準が脳に残っていない-、柔らかな表情をしていた、つまり人間にとっての生理的不快物危険物と対面してその場に立ち尽くし物思っているのではないのだ。柔らかい表情だからと言って幸福な人のそれではない、何かこの人の中で決定的な期待への空想と言う骨組みが私を取り巻く空間の雰囲気、正常を溶解し消化しそうに不浄なる雰囲気に粉々に砕けこの人の表情を支える事が出来なくなっている時の表情、無表情とは言い難い、失表情、に陥っているとでも言えばいいのか。この人の顔の骨格ですらあった、期待への空想。それが何であるかは分からない、ただ、私を取り巻く不浄空間がこの人の幸せを犯し破壊したと言う事は私の期待への妄想を膨らます、私が人間で在った時分、私はひょっとするとこの人と何か重大なる関係性の元に過ごし暮らしていたのではないか、私と言う堕天使にまだ人間としての存在の欠片が在るとするのなら、ひょっとするとこの人の胸の内にこそそれは在ると言う事ではないのか。私は純白の何も洗えない洗剤、と言うより汚す事を洗う事だと信じ込んでいる洗剤に取り囲まれ心も体も堕天使色に染め上げられながら、その人に思わず泣き掛けていた、つまり、赤子が、食事したい快眠したい快便したい遊びたい構われたい愛されたいと感じた時に即座に行う生命音発射、泣き掛けだ、私はもう言語すら覚えていない、この人と何か美音と美声のキャッチボールをしていた事さえ在るのかも知れないが、そんな事は罅だらけの記憶の水槽からごぼごぼと醜い音を立てて流れ落ち何処かの下水と一緒になってしまった。私はだから今こうしてこの人に泣き掛けている、もしも貴方が私の事を愛してくれていたなら、それをもう一度示して欲しい、愛を示して下さい、そんな貴方の物じゃなくなった悲しい顔でこちらを見ないで下さい、そう、私は、死に往く老赤子は泣き掛けていた。

 だが無駄。私の人への干渉は、地面と言う最愛の者との交尾を終了しない限り叶わない、彼女の騎乗位を抜け出さなくては私には何も出来ない、そして私は彼女の圧迫をどうする事も出来ない、私が天使だとして私の翼は空へ羽ばたく物ではない、地面を何処までも堕ちる為の呪われた黒き翼だ、天界を目指す事を許されず地の底を何処までも深く落ち込んでいく様に翼に無数の錘をぶら下げている堕天使なのだ、私には、もはや地上すら天界の一部だ、私が何かを求めるにはもはや、眩し過ぎる存在だ。でも、何かの間違いでもいいから、この眩し過ぎる世界の輝きに対する物であって私に対する物では全く無いとしても構わないから、一度でいい、もう二度と忘れないだけの、愛を示してください、私に愛を下さい。この人は太陽を見た、とても眩しそうに、とても、悲しそうに。そしてもう一度私の居る辺りに目を泳がせると、その場から去って行ってしまった。何時の間にか、私の口から出る物より私の目から出る物の方が多くなっていた。涙すら、白かった。

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