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2010  作者: 篠崎彩人
2「聖人の日」

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1?「恋誓人」

 更に奥へ。今まではただ延々と鋼鉄の回廊が続くだけだったこの場所にも変化が見られて来た。壁に刻まれた文字列らしき物、何かこの施設を創るに当ってその動機となった様な信念が綴られているのだろう。文字列は蛇の様に途切れず歩く私と彼女の左右でうねり続けている。成る程、この禍々しい施設を設立するにはこれだけの大層な大義名分という言い訳を用意する必要が有るのだな、と私は薄ら寒い戦慄を覚えた。誰に読んで貰える訳でもない、ただ自分自身に言い訳したいが為の自己弁解文、弄び続ける命へ唱えられる過ちの経。この文章量が、そのままこの施設の罪の量であるかの様にしか解釈出来ない独特の空気は私の神経の色を変える、怒りや嘆きや呪いや蔑み、そう言った物を何処にもぶつけられないと言う時の諦め、無力感、自分には何も出来ないのだという感じの無色透明な感覚が私を包み込み私の歩みを止めようとする。だが、ここには絶えざる色の源泉が有る、前を行く人の、白、私はこれを無色になった私の心に必死に塗りたくりながらなんとか自分の歩き続ける活力を復活させている。文字の中に込められた呪詛の孔から噴き出す毒性の闇の刺激臭を白の彼女から溢れ出る聖なる光の香水で清めながら何時終るとも知れぬ回廊の歩行は続いて行く。私は思う、恐らく私は天使になりに行こうとする際、ここを歩いていた事がある筈だと。つまりこの回廊の先の何処かに、天使製造システムへの入り口が有る筈だと。私達の目的地はそこなのだろうか、そんな破棄された狂気の成れの果てを見せられても私に出来るのは発狂ぐらいしか無いのだが。嫌な発想が生まれる、まさか天使回収システムとでも言うべき物が用意されているのか、ここで白の彼女との永遠の契りを交わし、私は彼女の存在の土台としての死の木に、彼女は天国の土台としての白にそれぞれ分かれあの天国を守り続けて行く事になるのだろうか。勿論あの天国は崩壊した訳だが私と彼女の絆の、愛の強さを糧にしてまた新たに美しき子供の楽園を再興させようと言う目論見が有ったとしても可笑しくは無い、多分私がこれから成す事の主軸はやはりその愛の絆でありその方向性は間違っていないのだろうがあの天国は嘘の匂いが強過ぎる。あの天国をもう一度作り直させられる事だけはなんとしても避けたかった。避けたい、と欲した所でもうこの先成るようにしか成らない、この施設を製作した者の目的に添う様な形以外での行動は許されはしないのだろうが、最後の最後まで抵抗したい、と言う弱者なりの強さは捨てたくなかった。その抵抗心は、或る物に新たな着眼点を見出した。そう、あの天の万の瞳だ、彼らは結局どういう存在なのだ、この天使製造プロセスの何処で彼らは生まれたのだろう。天国に近付く者を殺そうとし、天国に居た子供達を温かく見守っていた彼ら。それは、親心、以外の何物でもない様な気が今更ながらした、私も子供として生きた時分にはあの空に愛されてとても幸せで自分の居場所に疑問を持つ事など微塵も無かったのだろう。綺麗な服を着せられて、美味しい物を食べさせてもらって、とても満たされていたのだろう。服、食べ物?そんな物誰が提供してくれるのだ、と言うより、何故今更の様にこんな事に疑問を持つ事が出来る様になったのか。当り前過ぎる物事は、当り前である時にはその不思議さに気付く事が出来ない事が有る、私はもしかすると空の視線を身に受けなくなった今やっと空の愛の魔法が解けてその当り前の物事を当り前として感じなくなりそれについて客観的な視線を持てるようになったのかも知れない、そう、服や、食べ物は親の愛の結晶であり幸せな子供が思う様にそこに有って当然の、空気の様な物では決してないのだ。私は今やっと自分が愛を受けて当然の幸せな子供である、と言う事の盲目が直ったらしい、盲目が直って見えて来た空の瞳の愛に思わず涙していた。もうこうなって来ると分かる、彼らは天国に近付く者、と言うか、天国を形作る源となる白を産む天使を殺したかったのは、自分達の子供を守りたかったからだ、自分達の子供に食物や服など形有る愛(多分白でこれらを創り出すシステムが天国には有ったのだろう)を与える唯一の手段であるのが天使の殺害だったのだ。天使は、私と言う一例を見れば男だ、男が成る物だ、そして瞳は子供らの親である、と言う事を組み合わせると自ずと得られる答えは一つ、天の瞳は、女が成る物。だが、私の大事な人は多分あの瞳に成っては居ない、きっと白の彼女の中に居る。何故かと言えば母の目達は子供を作った筈だからだ、出産と言う役目を終えてから(産んだ子をその手に抱く事も許されぬまま)肉体と言う抜け殻を捨ててその魂とでも言うべき母の目になったに違いないのだ。受胎から出産、そして母の目への転生と言う我々男の物と対になる女の儀式はあの天国で、それも天国に有りながら儀式の年齢に達していない子供達には真実を隠す為入る事を禁じた聖域(とは言っても本当に生後間もない子供は聖域内の別施設で或る程度の自立を獲得するまで母親どころか人間ですらない何かに育てられていたのだと思うが)で行われていた筈だ、そしてその受胎は男の吐くあの白による物だったのだろう。これもまた空による盲目でどうしても私が思うに至らなかった事だった様だ、性器として存在する私をしてさえ思う事が出来なかったこの単純な事実、以前は天国の子供とは初めからそこに居て当然なまさに天国の産み落とした子供と言う感じで疑問を差し挟む等到底有り得ない物であった、天国に情事等と言う極めて世俗的な汚れた行いが関係すると誰がいちいち空想するだろうか。先程の服や食べ物の事も含め我々天国の民への母の目による異常なまでの思考の統制が有ったのだろう、我々が世界に対して牙を剥く事の無い様に、あの愛の眼差しで我々をどこまでも子供で在らせたのだろう。それに、記憶には残って居ないが母の目は子供の精神に直接語り掛ける様な形で言葉すら投げ掛けていたのではないだろうか、反論等出来ない一方通行な物として、いずれその言葉が自分の一部なのだと信仰してしまう程念入りに(先程の天国の産み落とした子供等と言う御伽噺も私が子供であった時分の信仰の名残ではないかと思われる)。ただその場合にも天国のシステムを守る為に声の主は空に居て更にそれは親である、子供を産んだのち空の一部となり今彼らを見つめている母である等と言う事だけは絶対に言わない様にしていただろう。いや彼女らには子供に自分達の存在を絶対に明かす事が出来なかったのかも知れない、そう言う風に母の目と言うのは出来ているのかも知れない。何にしてもあれは、愛情表現の有ってはいけない最終手段だと思う、父親を殺してでも母親としての立場を守る、なんて姿は到底美しい物ではない、少なくとも、人の在り方としては。私はあれを解決する為にこの身この心が有るのだな、と思った、それを解決した先に自分の姿が未だ見出せない恐怖こそ有ったが、この事に決意を新たにした私は、もう文字列の呪詛に負けない位に強い心の壁を手に入れていた。前を行く人にあの天国と同じ過ちを味わわせはしない、この彼女への固き誓いは、親を卒業した一人の大人としての、もう彼女に忘れられてしまう恐怖に取り付かれて怯えているだけの子供ではない、私に芽生えた新しい恋心だ。

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