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2010  作者: 篠崎彩人
2「聖人の日」

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11「嵐の中の微笑み」

 奥へ行くと、探していた面影はすぐそこに居た。私はいざ知らず彼女は闇と同化するのが余程似つかわしくない存在と見えて闇と彼女との対比はまるで宵の黒とそれを照らすランタンの灯のそれそのものであった。ただ、この闇は単に光の供給量不足が齎すものではない、ここで行われている忌むべき人体実験の暗部をそのまま代表している色だ、彼女が立ち止まっているのも、その不浄な色合いが描き出す空想の死神に精神を支配されてしまっている所為だろう、いや、死神はもしかして幻想ではないかも知れないが。私は、この天使に改造されて恐らくその最終目的に唯一近付けている存在だと思う、そして最終目的であるからして私は天使としては最後の存在であろうとも。だから、この天使生産工場は、もう天使を生産していないかも知れないのだ、ただの天使の墓場、天使部品の掃き溜めと化している恐れが在るのだ。いや、部品等と言ったが、それは誤魔化しに過ぎない、現に今こうして私がここに立っているこの瞬間にも天使の原型位までは創り込まれていた生在る者が生を分解されて天使部品として破棄されているかも知れない、平たく言えばここは今現在進行形で屠殺場になっているかも知れないのだ、彼女は私には感じ取れないその殺されている人として扱われない者達の阿鼻叫喚に動きを止められていると言う事も有り得るのだ。彼女はそれを肯定する様に、わなわなと震え出し遂にはその場にしゃがみ込んでしまった、耳を塞ぎ、頭を抱え、自分の殻に閉じこもってしまった。ランタンの灯が、小さく頼り無い物になってしまった、それで暖を取る事でしか自分を癒す術を知らない私はそのランタンの熱を少しも逃がさない様に思わず彼女を後ろから抱き締めていた。船の中心で彼女を抱き締める、と言うのはこう言う事を言ったのではない、一方的な慰めの抱擁では無く、双方が向き合っての愛情の確かめ合いとしての抱擁を望んだのだ。だがその愛情の抱擁はきっと叶わない、今居るこの嵐の中の船が嵐を乗り切って光溢れる澄み切った空の下の静かな海に浮かんでいるその頃には、私は居ないだろうから。私は、嵐の船で震える彼女を守る為にその存在が有るのであってそれ以降を期待されては居ないのだ、静かな海で一人嵐がまるで夢の中での出来事だった様に微笑んでいる彼女が居ればそれでもう構わないのだ、彼女を守る過程で力尽き、死体となって船の上での邪魔な汚物となる前に海に身を擲つ事が私の役目だ。むしろ私は彼女の乗る船、と言う見方の方が正確かも知れない。死の木々が無くては天国を形作る白が存在出来ないのであろう様に、私が居なくては存在出来ないのであろう彼女、それを私と言う船から解き放つ、そして新しく万人と言う港に辿り着かせる事、それが全て、その先に私の役割は無い(真の天使として覚醒し死ぬ前の私の事で在って私と言う意識の死後における私の延長線上の存在については定かではないが)。だが、私は船ではない、人なのだ、人として静かな海の平和な時間に彼女に微笑みかけて貰える存在である事を望んでいるのだ。

 どれ位の時間が過ぎただろうか。何時の間にか彼女は立ち上がり、私の抱擁を必要としなくなるまでに回復していた。そして彼女は私に微笑んだ。それは何の微笑みだったのだろう。物事が何も解決していない、嵐の只中でのその微笑みはとても悲しく、とても儚かった。

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