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2010  作者: 篠崎彩人
2「聖人の日」

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10「記憶の闇」

 幾千の彼女が消滅した。私はまた一人の彼女を視覚が捉える事が出来るまでに状態が回復したかと寸時期待を懐いたがその期待は直に蒸発した。彼女は、跡形も無く居なくなっていたのだ、つまり、天使生産工場、鋼鉄の蝿の卵に侵入したのだろう。私もその後を追うべく手探りで天使生産工場の入り口、私が初めにそこから出てきたと思しき出口を求めた、そしてそれは直に見つかった、当然だ、天国とここを繋ぐ綺麗に手入れされた街路樹の整然と立ち並ぶ遊歩道を真っ直ぐに突き進んでくればそこに出入り口が有るのは想像に難くない。だがこの万華鏡と物理結合してしまったかの様な眼球の織り成す不条理な色彩の狂騒は私に視覚への信頼の粗方を失わせた。もう、私は精神の眼とでも言うべき物でしか世界を承認したく無くなった、そしてその精神の眼には彼女の姿がいつも映っていた。彼女の側に居る事でその私の心の中の彼女を強く強く印象付けたい、そう渇望する私は一部の迷いも躊躇いも無く卵の中へ入り込んでいった、もう恐らく二度と目にする事が無いであろう、死の森や哀しみの空へ別れの視線を送りもせずに。

 入り込んで、私は唖然とする。生命を取り扱っている筈の施設が、何故こうも冷たい雰囲気で溢れているのだろう、生命の芳香を放つ花の育つ土壌としては養分が圧倒的に足りない様な印象だ、むしろ花を養分として何かを勘違いしている土壌が己の中で別の禍々しい生命体を育んでいるかの様にさえ感じる。そして、私は何かを思い出した、最初にこの施設に入った瞬間の映像が何かの拍子で私の中に舞い戻ってきた。それは、私の人としての最後の映像だった。天使としての最初の映像は施設を出た、と言うか天使として完全に覚醒する前に外に出された時に広がっていた幾多の死の樹木だったから(施設に戻ってみよう、と言う意志は全く働かなかった、白の彼女がそちらへ向かったから、と言うのも有るが亀の子が海へ海へ只管向かう様な心持ちで只々天国を目指してしまった。形容のレベルを超えてこの施設は或る意味本当に私達天使の卵、巣立つべき場所なのだろう)今私が思い出した物が私にとって唯一のこの施設内部に関する知識だったと言う事になる。ここに入り込んだ時、私は心の底から幸せに満ち溢れていた。教育とは恐ろしい物で恐らく幼少の頃より天使として朽ちる事が人としての無上の喜びだと教え込まれていた私はそれに疑いを持つ事が出来なかったのだろう。また、結局十五の時の絶望と言うのは辻褄合わせの後付けの造られた記憶だった訳だ、私の過去を埋め合わせる為の、そしてその絶望感から一刻も早く生を擲たせて地面と契りを交わさせる為の。ともかく、それでこの場所で、今も記憶に残っているあの言葉を聞かされた。『貴方は成人としての役目を立派に成し遂げた後、その肉体その精神を母なる大地に還します。その大地に還す体、魂貴方の全てはその時の為に出来る限り浄化されていなくてはなりません。因ってこの五年間、貴方には人間浄化プログラムを経験して貰います』。あれを読んだのは誰だったのだろう、この言葉だけ一部の揺らぎも無く完璧に思い出す事が出来るのは何故だ?人としての記憶は、ここで人間浄化をされている時に殆ど洗い流されてしまったらしいが、今私が思い出しているのは間違い無く人の時の記憶だ。確かにこの記憶は私を天使へと順序良く導くに当って有効な記憶だからと言うので記憶清浄過程でこの記憶だけが記憶の濾過に於いての目的物で有ったとしても可笑しくは無いが、この記憶を思い出す時に心躍る感覚が有るのはなんだろう。上手い具合にこの記憶が愛しいのは何故だろう。私は、前を見る。そこに何か居なくてはいけない人が居る様な気がした、そこに居る人が喋っている言葉の一語一語が麗しく甘美な音の清流で、私はそれにずっと聞き惚れていた様に思うのだが、それが実際なんだったかは、遠く暗い記憶の狭間に深く落ち込んでしまってとても取り戻す事は出来なかった。そんな事は、だが今となってはそう重要な問題ではない。今の私には、喋る事の無いあの人の立ち居振舞い、それを一分一秒でも長く見つめている事、そちらの方が余程重大だ。私は、あの人を探すべく、施設の闇を更に深くへと潜って行った。

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