お前呼びのオトコ
それなりに恋愛していた私が、ずっと友達だった幼なじみの彼のことを好きだと気づいたときには遅かった。彼は私の友人と恋をして結婚が決まっていた。
今、新婦が家族へ感謝の手紙を読み終わって新婦の涙を新郎が優しくぬぐっていた。私の涙は自分でぬぐうけど、彼女の涙はこれから彼も一緒にぬぐっていくんだろう。心から“おめでとう”って言えるのに、なんか寂しくて悲しい気持ちもあるのはどうしてかな。
披露宴が終わり、友人たちからお茶に誘われたけど疲れたからと断って帰路につく。家に帰ったら初恋ショコラbitterを食べながらquattuorのライブDVDを見るんだ。私の癒しにはこれが一番。
「おい、お前も今から帰るのか?」
「はい?」
誰だろうと顔を上げると、男の人が目の前に立っている。同じ紙袋を持っているから披露宴にいた人だ。誰だっけ・・・いや、名前は出てこないけど顔は覚えてるぞ。えーっと・・・あ!
「余興でquattuorを歌った人だ!!しかも晴広くんパートの音程が不安定だった人!!」
「それで覚えてるのかよ。俺は歌が苦手なんだ」
「でも、あの曲は難しいしメインが夏基くんだから。私が心の広い晴広くんファンでよかったね。ところで、あなた誰。人のこといきなりお前呼びするし」
「俺は新郎の大学時代の友人で細谷直信。最初からお前呼びはダメだよな、悪かった」
「私は新婦の友人で大西有月。よろしくね」
さらに帰る方向が同じだと分かり、友人の誘いを断っておきながら彼から“飲みなおししないか”と誘われてうなずいて・・・・普段の私なら絶対しないのに、流された。
朝に目覚めて状況に愕然とし、寝てる細谷さんをそのままにして私は自分の部屋に戻った。ホテル代、あれで足りたかな。
仕事を終えた同僚らしい晴広くんと女の子が一緒に資料室でファイルを片付けている。
「君のフォローがなかったら、俺絶対失敗してたよ。本当にありがとう」
女の子はそんなことはないとばかりに首をふる。彼らの相手役の女の子は顔を見せないし、しゃべらない。
「そんなことないって?そうだ、今日都合がよかったら夕食を一緒にどう?今日のお礼に奢るよ」
また女の子が首をふる。すると晴広くんは何かを企んだ笑顔。
「割り勘でいいって?うーん、わかった。じゃあ今夜デートしよう」
思わず手に持ったファイルをバサバサと落とす彼女が慌ててかがんで拾おうとすると晴広くんも一緒にかがんで彼女を手伝う。
「何でそんなに焦ってるの。え、私たち友達でしょうって・・・はあ・・・君は本当に鈍感だ。わ、怒らないでよ。そんなところもとっても好きだよ」
彼の髪が彼女の髪をやさしくなでる。
「顔、真っ赤だ。今からこんなに赤くなられると、この先どうなっちゃうんだろうね。俺は君と甘さの先も知りたいんだけどな」
ここで ここで晴広くんの声で『大人の初恋始めました-初恋ショコラbitter』とナレーションが入り、黒のケースにアザレアピンクのリボンの“初恋ショコラbitter”が映し出されてCMは終わる。
あの夜から1ヶ月。私は公開された晴広くんバージョンのCMを堪能中。
やっぱり晴広くん、かっこいい・・・初恋ショコラbitterを食べながらこのままうっとりできたらいいのに、頭の片隅に引っかかる細谷さん。
あれって、私のほうがヤり逃げってことよね・・・・うあああ。でもあの夜のおかげで何かいろいろ吹っ切れた。もう二度と会うこともないだろうけど・・・もし会ったらどうしよう。
なんだか悶々としていると、友人から新婚旅行のお土産をわたしたいから週末に食事でもどうかと電話がかかってきた。断る理由もないので、私は承諾した。
思わず口を押さえる。にやりとした顔で私に向かって片手を挙げたのは・・・細谷さんだった。
私の衝撃をよそに、4人で和やかな食事を終えると細谷さんが私を送ると言い出し、現在2人きり。
「細谷さん、どういうこと」
「俺がお前にもう一度会いたくて、あいつに頼み込んでセッティングしてもらった。披露宴で見かけて気になったからって理由でね。あの夜のことは誰にも言ってない」
「それはどうも・・・なにも知らされてなかったから驚いた」
「俺が内緒にしてくれと頼んだから。本当はあの日、別の日に食事に誘うつもりで声をかけたんだ。だけど、お前の様子を見てたら・・・言っておくけど俺は、あんなことしたのはお前が初めてだからな」
「わ、私だって細谷さんが初めてだよ」
「今度、食事に行かないか。お前のこといろいろ教えてほしい」
「うん、いいよ。私も細谷さんのこと知りたい」
互いに顔を見合わせて思わずふきだす。これから、いろんなことを話して、たくさんの時間を過ごしていくんだろう。そして甘さの先も知るのかな。