彼らの水面下
発売に先行して送られてきた完成品「初恋ショコラbitter」は、黒のケースにアザレアピンクのリボンという大人可愛い外見で、オレンジピール入りのチョコレートスポンジに甘さ控えめのカフェモカムース。
ビターチョコのグラサージュのうえにラズベリーとスライスしたオレンジがのっている。
もちろん「初恋ショコラ」の最大の売りであるカロリー控えめは当然だ。値段は350円(税込)の予定。
その味は本格的なスイーツにも負けない美味しさ。私、発売されたら絶対に買う。もう残業食や週末のご褒美に決定。
そして彼らが考えたコピーが「ねえ、きみと甘さの先も知りたい」・・・CMのときには商品名の前に“大人の初恋始めました”と入るのが決まりのようだ。甘さの先って何・・・思わず顔が熱くなる。
練習も食べながらがいいだろうということで、テーブルの上には「初恋ショコラbitter」が人数分。1回に1個なんてとても無理なので、1個を少しずつ食べながらの練習になった。
「それでは、これからCMの練習に入りますけど・・・あの、練習って必要ですか?しかもなんで私・・・」
社長が出してきた“ご褒美”に釣られて引き受けたものの、やっぱりなんかすっきりしない。
「だって、俺らが自分で考えたコピーとコンセプトでCMやるなんて初めてだからさ。いきなりスタジオでリハーサルなんて緊張しちゃうよ」
晴広くんの言葉に、他の3人もうんうんとうなずく。
「この商品の主な対象者は、かのこみたいに毎日頑張っている大人の女性でしょう?だったら、まずはかのこが俺たちのCMをどう思うのかを知るのって大事だと思わない?」
さらに冬芽くんも後に続く。
「お、俺も・・・か、かのこで緊張をほぐしておきたい」
「君想いショコラよりも大人っぽい商品だから、俺もちょっと緊張してるんだよね」
なんだろう、この4人で口裏合わせた感。すっごいうさんくさいんですけど。
「・・・皆さんでも緊張することなんてあるんですね。順番は晴広くん、冬芽くん、彰聖くん、夏基くんでいいんですか?」
「そうだね。じゃあまずは俺。よろしくね、かのこちゃん」
「は、はい。頑張ります」
私が言うと4人ともにっこりと微笑んだ。練習とはいえ、彼らに「ねえ、きみと甘さの先も知りたい」と囁かれるのか・・・こっちが緊張するよ。
(彼らのつぶやき)
“小杉さんが俺たちの練習相手をしてくれるなら”
このCMのコピーとコンセプトを考えるように、と社長に言われたときに出した条件はそれだけだった。
「なるほど・・・仕事にかこつけて一緒に過ごしたいわけですか。公私混同はいけませんね」
社長は俺たちが彼女に好意を持っていることを知っているから、おもしろそうな表情になった。
「公私混同ではありません。俺たちが一から自分たちで考えたCMは初めてですし、それをいきなりスタジオでスタッフに披露するまえに自分たちで確認しておきたいんです。
このCMは恋人同士が基本ですから、相手役がいたほうが練習しやすいじゃないですか」
「でしたら、女性のタレントさんやモデルさんを頼めばいいでしょう?」
「うちには女性タレントはいませんし、このCMはまだ社外秘なんですよね。外部の人間から情報が漏れたらまずいでしょう?俺たち、小杉さんの口の堅さはよく知っていますから」
「確かに佳野子さんは口が堅いですね」
社長は彼女の恩師にあたる人と友人同士ということで、社員のなかでも彼女だけは芸能関係者が集まる場所に近づけさせない。本人は「出会いがないなあ~」などとのんきなことを言っているが、実際は社長が目を光らせているから誰も近づけないのだ。
俺たちは彼女と“同期”ってことと、今までの実績があって仲良くすることを認められている。ただし、「彼女とお付き合いをしたかったら品行方正でいることですよ?」とニコニコ笑って釘をさされたが。
「しょうがありませんね。佳野子さんは私が説得しましょう。会社の利益になることですし、あなたたちに頼まれるよりは社長の私が頼んだほうが彼女も断れませんからね。それに、“ご褒美”を用意すれば彼女も了解するでしょう」
なんか、社長の微笑みが黒い・・・彼女への“ご褒美”って何だろう
「社長、彼女への“ご褒美”ってなんですか?」
メンバーのなかで一番物怖じしない冬芽が質問したが、社長が教えてくれるわけがなかった。
彼女は俺たちから渡されたCMの台本を一生懸命読んでいる。読みながらときおり小さい声で「うわー、こ、こんなことするの?」とか「えええっ」って言って顔を赤くしたり青くしたり・・・やっぱり彼女は見ていて飽きない。
社長が言ってた“ご褒美”が気になるけど、今は練習とはいえ彼女のそばにいて触れることができる。いつか俺と甘さの先も一緒に知ってほしいな・・・と、きっと俺以外のメンバーも思っているに違いない。
7/30からの企画期間中は、彼らのCMを見る側を書く話になります。