彼女が釣られた理由
私の名前は小杉佳野子、24歳独身。教授の紹介で男性アイドルばかり所属する芸能事務所で学生時代にバイトを始め、現在は事務員(正社員)として働いている。
事務所のアイドルの一人が「君想いマカロン」のCMに出演した際にいろいろアイデアを出して成功に導いたことから、社長が「quattuorもやればできる子かもしれませんね」と「初恋ショコラbitter」のCM出演が決まった彼らに、自分たちでコピーとコンセプトを考えるように伝えた。
彼らはCMの練習相手役が必要だと言い出し、なんと私を指名してきた。ある日突然、社長から呼び出されてそれを聞かされ断ろうとしたのに・・・社長は一枚上手だった。
「そんなわけで佳野子さん、協力頼みますね」
社長はバイトを紹介してくれた教授と昔からの友人同士で、誰にでも敬語で話し常に微笑を絶やさないタイプなんだけど、その正体は「やり手の腹黒大魔王」だ。
「社長、申し訳ありませんが・・・」
「佳野子さん、-さんがお好きですよね」
げっ。社長なんで知ってるんだ。確かに私は、男の色気満載なのに「子犬のような瞳」の持ち主で確かな演技力も定評がある某中堅俳優の大ファンで、ファンクラブも入っている。だけど会社の人には言ったことないのに!!
「な、なんで知って・・・」
「ふふっ、なぜでしょう。quattuorの相手役をしてくれたら、彼の最新映画スチール写真に直筆サイン付と、彼も顔を出すマスコミ向け試写会のチケットでどうです?
もちろんうちの事務所枠で取った分ですから、彼の近くの席ですよ?サインには名前も直筆で書いてもらいましょうね。ああ握手と2人で写真もいいかもしれませんね」
彼の近くで彼の作品を見る・・・・そしてスチール写真に名前入りでサイン。さらに握手と2人で写真・・・それは断れない!!無理!!
「わ、わかりました。全力で頑張ります」
「はい、いい返事でなによりですね」
社長のよすぎる笑顔が気になるけど、見ないふり。彼と会えるなら相手役頑張って見せますともさ!!
会議室で準備をしていると、「かーのこちゃん」と後ろから抱きつかれた。私はため息をついて、いつものようにひじをおなかへ。後ろから「・・・うぐ」という声がしたけど無視して、ちょっと離れて下を向いてうなっている栗色の髪の毛に向かって、笑顔で挨拶をした。
「おはようございます、晴広くん」
「か、かのこちゃん・・・俺はアイドルなんだけど・・・」
涙目の晴広くんは協調性があり、後輩の面倒見がよく周囲をまとめることができるため、ユニットのなかではリーダー格であり、事務所のタレントたちの間では「皆のお兄ちゃん」キャラでもある。
「晴広、いい加減そのクセなおしなよ。おはよう、かのこ。相変わらずかわいいね」
次に入ってきたのは冬芽くん。彼曰く「地球半周は軽くしている」多国籍家系の生まれで先祖にはどこかの貴族もいるらしい。濃い青紫の瞳とワイン色(天然)の髪という日本人離れした容姿のうえに、さらりと甘い言葉が言えちゃう彼はファンの間では「王子」と呼ばれている。
「おはようございます、冬芽くん。私にお世辞はいりませんよ」
「えー、お世辞じゃないのに。俺の本気がわからない?」
「わかんねーよ」
私の代わりに、なぜか晴広くんが答える。
「晴広みたいなおっさんには未来永劫分からなくていいよ」
「はあ?だれがおっさんだって?」
「はいはい2人とも。漫才は後で好きなだけしてくださいね」
「「漫才じゃない!」」
再びドアが開いて、現れたのは背の高い黒髪短髪の男の子だ。
「2人ともうるせーよ。・・・あ。かのこ、お、おはよう」
「おはようございます、彰聖くん」
彰聖くんって性格はぶっきらぼうなうえに俺様って言葉がぴったりなんだけど、実はものすごい照れ屋。それを知ってるメンバーはフォローしたり、からかいたおしたり・・・ユニット内でのマスコットみたいなものだろうか。本人の前では言えないけどね。
彼がアイドルになったのは、うちの社長が彼のいたバンドが解散したのを知って「バンドもいいですが、うちの事務所でいろいろな才能を伸ばしませんか?」とかなんとか言って口説き落として事務所に入れたという噂がある。社長ならやりそうだ、と私たち社員は皆思っている。
「あれ、皆はやいね。俺遅刻しちゃったかな。おはよう、かのこ」
「おはようございます、夏基くん。大丈夫、遅刻じゃありませんよ」
「そっか、よかった」
最後に入ってきたのは、メンバー最年少で19歳の夏基くんだ。ちなみに晴広くんは私と同じ24歳で、冬芽くんと彰聖くんは23歳だ。
夏基くんは笑顔がレアで感情を表に出さないミステリアスさが人気の男の子だ。高校生の頃は黒髪だったが、大学生の現在はアッシュグレーになり、もともとミステリアスだった雰囲気がさらに増している。
これが、人気アイドルユニット「quattuor」のメンバー。これから私は彼らのニセの相手役。