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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

幻想語録 上

作者: 初谷ゆずる
掲載日:2013/05/13

 神は死んだ。

そんな台詞が現実味を帯びてきた時代。

時代の流れは至って残酷に人々から心のゆとりを剥ぎとっていった。

そんな世界で起きる奇蹟の、物語。

いまここに、開幕でございます。


****

 時代は未来。この世界の人間世界から宗教や信仰というものは一切合切が弾圧され、そして滅んでいった。理由は単純に、戦争を体験した人間達に神はいたとしても人間を救うことはないという風潮が広まったからだ。

 その結果として、神という単語すら知らない若者たちが世間にはあふれていた。

つまり、概念である神は死んだ。

 しかし確実に、この世界には魂とか、霊というものが存在している。その魂や霊の化身だったりその魂や霊を行使する人間を世界の人たちは魂使いと呼んでいた。それはイタコであったり、エクソシストだったり、時代や場所によって具体的な名称は様々だが、霊を操るという一点においては違いがない。

 その魂使いにも細かく種類がいるといわれている。

 いわゆるイタコと呼ばれるものやエクソシストと呼ばれるものはその魂使いの世界を知っている人間には霊魂使いと呼ばれている。魂使いであり、霊魂使いだ。

 しかし世界には先ほども言ったように様々な形の魂使いが在り、居る。例えば、気持ちをこめて作られた職人の刀には魂が宿るといわれているが、魂の宿った刀を作れる人間は刀の魂使いだと言える。この職人のように、修行の末手に入れる後発の魂使いには職人が多い。

 しかし稀に修行もなく、生まれつきその魂使いの力を持って生まれる人間が居る。その場合は大抵が与えられた力は途方もないものだ。

 例えば怪力の魂使いや、視力の魂使い。聴力の魂使いなんていうのも居た。

 まぁ、この三例はまだかわいいほうだ。凄いものになれば、与えられるのは正義の魂だったり、悪の魂だったり、概念に関するものの力さえも与えられてしまう。

 今から語るのは、そんなオカルトが忘れ去られた世界で暮らす、一人の魂使いの少女と、一冊の魂使いの、物語である。


******

「るんらるんら♪」

 透き通る蒼い髪の毛を首の後ろで縛った一人の少女が、歌を歌いながら冷たくなった夜の街を歩く。

「いやぁ、だいぶ涼しくなってきたわね。こうなるとそろそろ宿を確保しないといけないかしらね」

『私もそろそろ雨にぬれるのはいやですから、本当に、切実に、家を買いませんか?』

 少女の呆れた台詞に反応して脳内に言葉が響く。

「いいじゃない、雨にぬれるのもまた風流というものよ?それがわからないならまだまだアナタは未熟ね」

 したり顔でそういう少女だったが、

『本である私には生死に関わる事なので風流もへったくれもありませんがね』

 ばっさりと旧来の親友に切り捨てられ、すこし口を尖らせて反論する。

「私だって家が欲しくないわけじゃないのよ

?でもほら、私お金ないから」

『ならはやく稼いでください』

 言い訳のような反論をした少女だったが、再び親友に切り捨てられる。

「ま、切っても切り離せない関係なんだけどね」

 と、どこを見るでもなくそう言う少女に、親友は奇妙なものを見たような声で尋ねる。

『何か?』

「いや、何も?」

 ふふん、としたり顔で夜闇に濡れる道を歩く。

 今日は、寒いなぁ。

『宿があれば暖かい飲み物も温かい部屋もあるんですがねぇ?』

 嫌味を言う親友はなぜかさっきから刺々しい。

 それを口に出して聞いてみると、親友は苦々しく口にする。

『今日は湿気が多から、嫌な気分になるんですよ。本にとっては』

「湿気ねぇ。まぁ、あと二ヶ月もすれば湿気なんてものも大分なくなるわよ。ソレまで我慢よ。我慢」

『そうですね』

 少女の言葉に気を持ち直した親友は気持ちを切り替えるように一つ大きな返事をして続ける。

『さ、じゃあ現実逃避をやめてお金を稼ぐ算段でも付けましょうか』

「ぐへ・・・やっぱりやらないとだめかなぁ。私苦手なんだよ、こういうの」

 そういう少女の手には、二冊の本があった。

一冊は、しゃべる本。つまりは親友。もう一冊は国語辞典だ。

『だめですよ。言霊使いは言葉を知って何ぼの魂使いなんですから。色々と知っておかないと。』

 そう諭され、少女はうな垂れて近くにあった自販機に備え付けられた公園出入り口近くのベンチにへたり込む。

「全く。先代の仕事なんて継ぐんじゃなかったわ。なんて役回りよ。世界の言葉を蒐集するなんて、奇人変人も良いとこよね、本当」

『あの人はそういう人でしたからね、本当にわかりにくい人でした』

 親友のその言葉に頷きながら、手に持っていた辞書ではないほう、つまり親友を開く。

かなり風化したような見た目の紐で綴じられた古風な本だ。霊験あらかたっぽいとも言えるのだけれど。

「って言っても、まだアンタに記された言葉がこれだけじゃあねぇ?ゴロク」

 少女がそう良いながら見ている本の一ページ目には、ただ”生きたい“という文字が書かれているだけだった。

『まぁ・・・・あの人は、そういう人でしたから。それとゴロクという呼び方はやめてくださいってば。私一応花の女子大生ですよ?』

「紙の女子大生でしょ?」

『・・・・』

 何かを含んだ物言いをするゴロク(女子大生)に軽口で返す少女。彼女が、世界でも稀有な概念の分野の魂使いである、言霊使いだった。


****

「魂使い?」

 とある少年が病室のベッドで友人から聞いた話を母親に復唱するように伝えると、オカルト系統のものが好きな少年の親は食いつくように聞き返した。

「この世界にはね、魂を使う魂使いっていう人たちが居るんだって」

 少年が珍しく楽しそうに話す様子を見て、つられる様に母親も気分が高揚する。

「へぇ、魂っていうのはつまり幽霊とかってこと?」

 病院の個室に備え付けられた水道で葡萄洗いながら母親がたずねると、息子は勢い良くうなずいて言う。

「そうなんだよ!でもそれだけじゃなくてね職人さんとかが作るものに魂が宿るって言うじゃん。その通りに物に魂を宿せるのも魂使いって言うんだって」

「へぇ、面白いわね。私が魂使いになるとしたら何かなぁ」

「お母さんは・・・そうだなぁ。葡萄の魂使いになれると思うよ」

 そんな生意気なことを言う中学一年生になる息子は、細い腕で器に盛られた葡萄を掴んで口に運ぶ。

「ん、おいしい。本当にお母さんは葡萄を選ぶのが得意だよね」

「それが私の特技ですから。それこそ、魂使いになれるほどにね」

 そんな事を言い合いながら笑いあう。

 そしてしばらくして、息子が眠る時間。

 今日の定期健診の結果はどうだったんだろう。

 気が気でなく母親は夜遅くにもかかわらず病院にとどまってくれている息子の主治医に尋ねる。

「正直に、教えてください。息子の命はあとどれくらいですか」

「そうですね・・・未知の、何もわからない病気なので確かなことは言えませんが。衰弱模様からして長くて一週間でしょう」

 苦々しくそう告げる医師は、真実を言っているのだろう。

だからこそ、悔いてしまう。

息子の残りの命は、あと一週間。

早すぎる命だ。

「どうにも・・・・ならないんですよね」

 あきらめきれずに母親が医師に言うが、医師は静かに否定する言葉を口にする。

「・・・はい。それこそ奇跡がおきもしない限りは、助からないでしょう」

 表情をゆがめてそう言う医師に礼を言って母親はその部屋を後にした。

 カツン、カツンと靴音がこだまする廊下は、人を治療するための建物の廊下とは思えないほどに、冷たかった。

「奇跡・・・かぁ。そう、上手くは行かないわよね・・・」


****

「っだぁ!わからないわよこんなの!難しすぎるわ、大体国語辞典読んだところで身をもって体験しないと文字は反映されないんでしょ?なら国語辞典読む必要ないじゃん!そこんとこどうなのよゴロク!」

 読み始めて五分もたたずにキャイキャイと声を上げる少女に呆れたように親友のゴロクは言う。

『いつも言ってるけど、経験したときにああこれがあれなんだなっていう実感がわかないと経験しても意味ないのよ?』

「・・・・経験した後に言葉を見てもいいと思うんだけど」

『あなたに言霊の制御を期待していいのかしら』

「・・・。そういえば経験の後にみると言葉が暴れやすくなるんだっけ」

『ええ』

 親友が肯定するのを聞いて、思わず少女はうな垂れる。

「新米言霊使いの道は険しいわねぇ」

 そう言いながら見つめる幻想語録の一ページ目に書かれていた生きたいという言葉は、あいつが死んだ時に私が能力を受け取ってまっさきにつぶやいた言葉、らしい。

記憶にはないけども。


****

「・・・もう、別にあんな軟禁みたいなことしなくても良いのになぁ」

 スタスタと肌寒い廊下・・・ではなく住宅街の路地を歩く。

 パジャマ姿のままなのでこの時期には少し薄着だが、我慢できないほど寒いわけではない。

「さ・・・て。何処へ行こうかな」

 二ヶ月ぶりの外をどう堪能してやろうか、などと考えながら歩いていると、ふと自販機が目に入った。公園に備え付けられたもので、ターゲットは子供なのか、仮面ライダーソーダとかそう言った類のジュースが売られている。

「へぇ・・・飲んでみたいけど・・・」

少年はそう良いながらポケットをまさぐるが、何処をどう探しても札はおろか小銭すら出てこない。

「・・・・なんか余計に寒くなった気がするなぁ」

 はぁ、とがっかりしたように肩をすくめると少年は再び歩き出した。

「そういえば、公園でなんて遊んだこと無いな」

 この時代に外で遊ぶという文化は過去のものだ。家の中で擬似太陽を作って日光浴さえできるこの時代、公園も自然に廃れていったのは当然だろう。

 というかそもそもこんなところに公園なんてあったっけ?

 そんな事を思いながら公園に入ると、砂場と滑り台がくっついたお決まりの遊具の近くに、自販機と一緒に備え付けられた電灯の下の椅子でなにやら本を読んで頭をかきむしっている少女・・・と呼ぶには少し年齢が行き過ぎた女性が一人いた。

「誰だろう」

 こんな御時世に公園で一人本を読むなんてよくて変人、悪くて奇人。もしかしたら妖怪かもしれない。

 どうせもうこの先短い命だし悪人でもいいか、なんていう心意気でベンチに座る少女に声をかける。

「何やってるんですか?」

 少年が声をかけると、少女は驚いたように目を丸くして顔を上げてこっちを見る。

 まぁ、こんな時間にパジャマで子供が出歩いてれば驚くだろうけど、それにしては驚きすぎな気もしなくは無いなぁ、などとのんきなことを考えながら、少女が口を開くのを待つ。

待つこと五分。

 まだかなーなんて思い始めたころに、少女は口を開いた。

「あ、ども」

 それだけか!

 思わず心の中で突っ込みを入れてしまってから、少年は聞いた。

「ちょっと歩きつかれちゃって。隣、良いですか?」

 そう聞くと、少女は露骨に疑わしそうな顔をしたが、スッと静かに横にずれて座るスペースを空けてくれる。

 あんな頭をかきむしったりとかオーバーリアクションなことをするわりに無口なんだなぁ・・・なんて思いながら座ると、隣の少女が分厚い本を持っているのが目に入った。

「それ、国語辞典ですか?」

 隣に座った少年は、図々しくも再び少女に聞く。答えなかったということは聞かれたくないとも取れるが、まぁ対人スキルが低いのは目を瞑ってほしい。

「・・・ええ」

 少しの間をおいて答えた少女の顔には、まだ疑わしげな表情が張り付いたままだ。

「へぇ、なんでまた、国語辞典なんか?」

 しかも紙の、と付け加えようとしたが、友人が紙本主義でそういう風に突っ込むと逆上する癖、というか悪癖があり、そこから学んだ少年はあえて言わずに心の中で留める。

「・・・、勉強、かしらね」

 たどたどしくそういう少女は、もしかしたら外国人なのだろうか。見た目も青い髪の毛というおかしな色してる割には、着色って感じはしないから地毛なのかな。

 だとしたら寡黙なのも国語辞典を開いているのも・・・頷ける。

「へぇ、勤勉なんですね。尊敬します」

「・・・そんなことは、無いわ」

ん。ううん。

 僕の計画だとここで機嫌がよくなった彼女と話を弾ませるつもりだったんだけど。

 どうも上手くいかないな。

 僕にハーレム物の主人公補正は付いてないみたいだ。でも一人で歩くのもつまらないし・・・

「寡黙な方なんですね」

「・・・あなたはよく喋りますね」

「ええ、まぁ立場上、というか状況上、あまり人と喋ることはなくて、久しぶりに喋ると余計に口が回ってしまうんですよ」

「そんなものかしらね」

「そんなものです」

 返答が帰ってきたことに思わず気をよくした少年は、さらに口を開く。

「それにしても、もう結構な寒さですよねぇ。今年は異常気象で熱帯夜になるとか言ってたのは何処にいったのやら」

 呆れたように少年がそういうと、少女は国語辞典に目を落としながら相槌だけ打つ。

「そうね」

「まぁ、僕はどちらかといえば寒いほうが好きなので歓迎したいぐらいですけど。そういえば暑いのと寒いの、どっちが好きですか?」

 少年が聞くと、少女は視線だけで少年を見て答える。

「厚いのは嫌いだけど、暑いのは別に嫌いじゃないわ。寒いのは好きだけれど」

ん・・・・?

 あついのは嫌いなのに嫌いじゃないの?

 頭の中でハテナマークがぐるぐると回っている少年をよそに、少女はパタンと国語辞典を閉じて立ち上がる。

「・・・さ、今日はもうお終いよ。私もさすがに宿を探さないといけないのよね。残念だけれど、もうお別れよ」

 少女はそれだけ言うと、少年の答えを待たずにそのまま公園を歩いて出て行ってしまう。

公園に備え付けられた時計を見てみれば、もう夜の九時。そろそろ病室に看護婦さんが見回りに来る予定の時間だった。

「・・・戻らなくちゃ」

 少女が視界から消えたのを確認して少年は一人つぶやき、ベンチから立ち上がる。

 帰り道は、行きと違って足が軽かった。

 不思議とあの人とは明日も会える気がする。

・・・今日も僕は、元気です。


****

『あ、危なかったですね・・・』

 ドキドキと本当に危なかったと、危機を感じたように親友は言う。

 確かにいつ言霊が誤発するか分かったものではないし・・・

『違いますよ。あの子の貞操がですよ!』

「そっちか!」

『それ以外何があるんですか!いくら自分がテンション上がりまくっててろくに喋れないからって地の文に言い訳させないでください!混乱しますよ!いろいろ!』

 若干わけの分からないことをのたまいながら親友は声を大にして叫ぶ。いやまぁ原因は私なのだけれど。

「ま、け、結果オーラライよ。あの子の貞操は無事保たれたわけだし?」

『呂律回ってませんよ・・・。全くもう、いい加減にしてください、そのショタ趣味。まだ年下に興味が出るほど年を喰ってるわけでもないでしょう?』

「残念ながら私の人生経験は通常の約三倍あるわよ」

『三倍できくならまだ良いんですがねぇ精神年増』

「うるさいわね、さすがにあの年齢の子に手をだしゃしないわよ。これでも私は常識は弁えているつもりよ」

『本当に?あの人の下で育ったのに?』

「・・・・・・そういわれると全くといっていいほどに自信が無くなるわね。不思議なことに」

『私からしてみれば不思議でも何でもありませんけど。とにもかくも、宿は探さないといけませんよ。今お金いくら持ってるんですか?』

 親友に言われ、ポケットをまさぐってみれば出てきたお金は五万円。これ単体で見ればなかなかの額であることに間違いはないのだけれど、収入がないと考えれば、少なすぎるともいえる。

「・・・・本当に、仕事探さなきゃあなぁ」

 そうつぶやいて空を見上げてみると、そこにはかつてのように星がきらめく夜空はなく、淀んだ灰色の空があるだけだった。

「先行きが不安しかないのも、これまた現代の特徴かな」

『単純にあなたがサボり魔ってだけですけどね』

「・・・・言うな」

 ボソッと最後に痛い言葉を吐く親友に抵抗してつぶやいた最後の言葉は虚しく響いた。

そんな誰にも言葉が届かない夜。

 そういえば、と親友は不思議そうにつぶやいたた。

『この時代、人と喋らないなんてそうありませんよね・・・それこそ、私達のような特殊な人間じゃなければ』


****

 チュンチュン、と小鳥がさえずる音がする。

音がするだけで姿は見えないのだから、馬鹿馬鹿しい。

「この音をスピーカーから流す必要はあるのかしら」

 ハァ、と大きくため息をついて立ち上がる。

 曰く付きの部屋だとか言って三千円で借りられたはいいものの、この視界に入る御札とかはさすがにどうにかしてもらいたい。

「私も一応そっち側の人間だしなぁ」

 まぁ御札があるからといって力が弱まるとか言うことは全くないけれど。御札なんてものが効くのは下も下の妖怪程度。もしここに本当に人に害なすレベルの妖怪がいるなら意味なんてない。

「かといって妖怪退治する気もないのだけれど」

 親友はまだ起きていないので自然に独り言になってしまうが、少女はかまわず口を開く。

「それにしても・・・人工的な朝だなぁ」

 シャッと勢い良くカーテンを開けると、その先には先ほどの小鳥の鳴き声を流すスピーカーと、聳え立つビル群が秩序もへったくれもなく建っている。

「ま、私は乱れて爛れてるほうがまだ好きだけど、自然とこれは全く別物よね」

ふあ、とあくびをすると、トランクから着替えを引っ張り出す。

 今日は動きやすいようにジーンズとパーカーだ。

 前払いでお金は払っていたために、気兼ねなくトランクを持って外に出る。

「服着る意味なんて無いんだけど・・・も」

 そんな事をいいながら、人の多い路地を歩く。今日も今日とて奉仕活動。

なんちて。

「そういえば、あの男の子はなんで私のこと見えたんだろうなぁ」

 そんな事を思いながら、街路のベンチに座り新聞を読んでいる男性の目の前に手をかざしてみる。

二年前の大量不自然死の事件や医療試験の難易度上昇、そして三年前の思い出したくもない四人家族の惨殺事件などの難しい記事を読み耽る男性の目の前だ。集中してる中に手を突っ込まれれば当然のように頭に来るのだけど・・・

やはり、反応は無い。

 存在を知り、居ると信じないとその存在は無いものとされ、見えない。つまりこの幽霊や神が居ないとされた時代において魂使いというのはもうほとんどの人間に認知されない。

「どちらかというと、この男の人とか町の中の人たちのほうが異常なのかしら。それともこれも時代の流れで必然なのかしら。まぁ私にはどうでも良い事ね」

 そんな風に、自分がほとんどの人間には認知されないことを気にしない様子でトランクを引く。

 あのホテルの受付の男性も、ホテルには何かが居ると信じているから、私が見えた。

恐らく昨夜あったあの男の子も同じだろう。

元人間、現妖怪。

履歴書に書いたらどうなるのかしらね。人事の反応が楽しみだわ。

『・・・いつも言ってますけど、言霊使いを妖怪扱いしないでください。あれと言霊使いとでは天地の差といってもいいほどに違いがあるんですよ?』

 人間なら眠気眼をこすってるんだろうなと簡単に想像できる声で、親友はそう言った。

「ま、大差ないわ。人間じゃないなら化物だろうが妖怪だろうが、たいした違いは無いわよ」

『あくまでも人間が基本、なんですね』

「そりゃ、私人型ですから」

 おどけたようにそういう少女に呆れたように親友がため息を吐くが、そんなことは気にせず、少女は街角にある少し薄暗い、ありていに言えば薄気味悪い雰囲気の店を見つけた。

「・・・嫌な感じね、ここ」

 思わず眉をひそめてその店を見ると、入り口の上に横長の木の板に文字が描かれた看板が立てかけてあった。

「カラドケルト・・・怪しい名前ね」

 思わずぽつりと感想を漏らすと、店の中の商品を運んでいた店員がピクリ反応してこちらを向く。聞こえないとばかり思って文句をいったため少しばつが悪くなりはしたが、少女は店員の運んでいたものがなにかと聞いてごまかす。

「ねぇ、それなに?」

 声が聞こえたんなら姿も見えるだろうと決め付け、店員が大事そうに運んでいるティッシュボックスほどの大きさのダンボールの中を覗き込む。するとそこには、黒い細淵のメガネが大事そうにしまわれていた。

「これは・・・どうも幽霊が見えると噂のめがねなんですよ。かなり・・・真に迫った噂らしいです。まことしなやか、とも言いますか」

 青年にそういわれ、いっそう興味を持った少女はダンボールの中を覗き込みながら聞いた。

「これ、売り物?」

 てっきり鼻で笑われて終わりだと思っていたのか、少女が追及してきたことに驚きながら頷く。

「へぇ、いくらかしら」

「確か・・・あった。一万二千円です」

 その値段を聞いて、思わず少女は顔をしかめる。

「高いわね」

「・・・まぁ、曰く付きだけなら安くなるんでしょうが、この御時世こんなものを買いたがるのは貧困層ではなく裕福層の遊び人ぐらいでしょうし・・・」

ターゲットが変わった、ということか。

 まぁそんなことも少女には人間になかなか認知されないということと同じようにどうでもよかった。少女が興味あるのはただ一つ。

「このめがね、ためしにつけてみてもいいかしら。あとこのめがねの名前を教えて頂戴」

 こういう霊的なものは国語辞典とは比較にならないぐらいに言霊の制御に気をつけなければならない。初めに名前をしってその操を掴むのと、実態を知ってから操を掴むのとでは、制御の容易さがまるで違う・・・らしい。

「黄泉眼鏡・・・ですね、どうぞ、ここもなかなかに妖しいところですから、多分霊の一つや二つ見えるんじゃないんですか?」

 青年にそういわれ、眼鏡を受け取ってかけてみればあら不思議。今までただ薄気味悪かっただけの店が一転して、妙な武器やら鎧やらが爛々と飾ってある。

落ち武者みたいなものさえ居る。

 ・・・え?

「なんというか、ここも相当・・・奇妙なところね」

「ええ。まぁ」

 苦笑する青年をよそに、少女は眼鏡をかけたことによって見えるようになった武器に近寄る。

 まずはじめに近寄ったのは異様な雰囲気を発する長めの直刀だ。

『・・・これは、相当の色物ですね』

 今まで黙っていた親友がたまらずといった様子で少女に漏らす。

「・・・ええ。名前も聞きたくないほどに、嫌な感じしかしないわ」

 少女は汚れたものに耐え切れず目を離すように、剣から目を離した。

『この眼鏡をかけて見えるのは恐らく職人系の魂使いの人間が作った物でしょうね。魂が残ってないとこんなものが今の今まで残るはずがありませんし』

「つまりこの剣とか鎧は九十九神みたいなもんっていうこと?」

『そうです。良くも悪くも、曰くつきって言うことですね』

 ふぅん、と感心したように少女はさらに見廻り、短剣がずらりと並べられた棚で足を止める。

「この短剣、ちょっと欲しいわね」

 そう言って少女が手に持ったのは、切り返しのついた蒼く透き通ったベンズナイフのようなものだ。柄に作者の名前らしきものと共にローレライと文字が彫られているから、多分ローレライというナイフなのだろう。

ためしに近くにある木材にきりつけてみれば手ごたえといったものを感じないほどに切れ味がよい。重さも羽のように軽いし。一体何で出来てるんだろうこれ。・・・魂?

思わず感心していると、ふと耳元で女性の声が響いた。

「えらい色物を好むんだね?君」

 突如聞こえた声に、何事かと顔を上げると、そこには棚に手を載せて寄りかかるようにして立つ、腰まで伸びた髪を一つに束ねた女性がいた。

「あ、店長お帰りなさい」

 女性の姿を見た青年店員が女性に声をかけてお帰りと言うが、店長と呼ばれた女性はその声を無視して覗き込むように少女の瞳を見つめる。

「へぇ・・・そう。あんたもまた、被害者なのね?」

 女性はそれだけ言うと、何か得心が行ったように眼鏡を押し上げて青年店員に指示を出す。

「ただいま。あの短剣持ってきてあげて」

 店長の女性は事務的にそう青年店員に指示を出す。当然といった様子でそう言うので少女も特に違和感は感じなかったのだが、青年店員のほうに関しては驚きに目を丸くしている。

「え、あのって、あのですよね?」

「そうよ、もったいぶらないで早く持ってきて頂戴」

 店長にせかされて青年は慌てて店の奥へと引っ込み、手に透明な正方形の箱に入った、薄い黒色の透き通った短剣を持ち、慎重に、ゆっくりと、おそるおそるといった様子で少女の前へと歩み寄り、手に持った箱を置いた。

「・・・?」

嫌な予感しかしないなぁ。

 内心辟易として、意味を問うように店長を見る青年と同じように、店長を見据える。

「なんだい二人して私を疑って。何。ちょいと特殊な人間には、特殊なものを、ってな」

 店長は気軽にそう良いながら、透明なケースをゆっくりと開ける。

 むあっと臭気がドアから漏れ出すように・・・たとえ様のない何かがあふれ出す。

 あふれ出てくる何かが顔を障り、思わず顔をしかめると、店長は少し笑って言った。

「やっぱり、アンタには分かるかい?」

「・・・いったい、何なんですか」

「私は曰く付きのものを蒐めるのが好きでね。その中でもこれは一等品さ」

この剣は

死を殺す。

「死を・・・殺す?」

 何を言っているんだこいつは、という表情を隠すこともなく、少女は店長へ聞き返す。

「ああ。未来予知で回避するとか、そんな生ぬるいものじゃあない。文字通りお迎えを殺す。死神を殺す。天使を殺す。死の呼び方なんていくらだってあるからそんなのはどうでも良いんだけどね。肝心なのは、概念を殺すことが出来る、という点さ」

 フフン、と自慢の品を(実際その通りなのだろうが)見せびらかすように短剣をクルリと一回転させて、店長は言う。

「・・・だからね、まだ分からないかな?いや分かろうとしていないのかな?君の抱えているものも。君の抱えている憎しみの対象も、殺せるということだよ?」

「・・・っ」

 店長に見透かされたことを言われ、思わず頭に来た少女だったがこぶしを振るう一歩手前で踏みとどまる。

「・・・もう一度聞きます。あなたは、誰ですか?」

 少女がそう聞くと、店長は笑って答えた。

「私?私は・・・そうさね、魔法使い・・・とでも言っておこうかしら?」


****

「・・・ああもう。せっかくのお日柄お天気なのに、あの見透かしたような態度をする女のせいで台無しよ!」

 ダン!と地面を踏みしめて少女は憤慨する。

『・・・そう気を荒げないで』

 内心であの人に本当にそっくりだなぁと苦笑しながら親友は少女をなだめるように穏やかな声で少女に話しかける。

『まぁでも、収穫はあったんじゃないですか

?』

 親友にそういわれ、なにが収穫なのよ、といった様子で動きを止めて考え始める少女。

そして二秒ほどのタイムラグの後に、少女は手をポン、とたたいて親友をぺらぺらとめくった。

「スカートじゃないわよページよ」

『わかってますから早くしてください』

 くだらない応酬をしながらページをめくると後ろから三番目程のページにローレライと黄泉眼鏡という文字が刻まれていた。

「・・・へぇ、これ、名詞でも埋まるんだね」

 初めて知った、という風に感心する少女に、親友は補足を付け加えるように言う。

『名前を知り、力を知る。これさえ出来れば言葉は貴方のものになるということです。いえ、その言葉は貴方に捕らえられた、といっても良いのかも知れませんね』

 意味深に言い直す親友の言葉に、思わず少女は引っ掛かりを覚えて聞きなおす。

「どういうことよ」

『あなたは言葉を仲間にしたわけではないのですよ。ただ単純に隷属にしただけで、ただ単純に従えているだけなのです』

親友は、そこで言葉を切る。

まぁ、ここまで言われれば分かる。

 言葉はいつ自分に跳ね返ってくるかも分からないし、そして恐らく――――

『ええ。あなたの予想通りです。こういうときは頭の回転が速くて助かりますよ。その言葉の魂を、生かすも殺すも、貴方次第です』

「・・ちょっとまって」

 何かに気づいたように、少女が疑問を口にした。

「これ、名詞が乗ったって事は私がこの名前を言えばこれは出てくるって事でしょう?」

『・・?ええ。そうですよ。もちろん気合をこめて、現実世界に出すという明確な意思の元でなければ発動しませんが』

「・・・うん、ってことは、さ。私がこの言葉を消す・・・この言葉に乗った魂ってやつを殺しちゃった場合・・・って」

 悟ったようにそこで言葉を切る。

『ええ。その言葉はこの世界から消えます』

世界から消える、というのはつまり記憶からも、さらに言えば出来事すらも、なくなるということだ。

 例えば短剣という言霊を私が殺したとするとこの世界からナイフと呼ばれるものはすべて、無差別に消えてしまうということだ。

「・・・・・」

 これは、予想以上にひどい能力なのかもしれない。

 確かに大事なことほど完璧に把握は出来ないのは分かっている。

 人間の感情をすべて把握すると言うことは無理だ。

 だからこそこの能力にも制限が出るのだけれど・・・・考えてもみれば、私は二代目。 つまり能力は譲渡できる。例えば。考えたくもない話だけれど。

 人の感情が分かる魂使いの能力を、私が得たのなら。実在するかどうかは知らないが人を完璧に把握出来るという魂使いの能力を私が持ったのなら。

 人間という文字が幻想語録に記録され、魂を宿す。

つまり・・・だ。

私が言霊それを殺せば。

この世界から人が・・・・消える。

 その事実に気づき、思わず少女は悲鳴を上げそうになる。

「・・・なんて、能力なの」

 私が受け継いだのは言葉を蒐集するなんていう簡単なことじゃない。いや、それだけでも十二分に難しいことなのだが・・・

 私はこの能力に守られるどころか、この能力を守らなければならないということだ。

そしてさらに言えば。

 私がこの事実に気づいたということは少なくとも、感情を読むことが出来る。思考を読むことが出来る魂使いにはばれたということだ。

 その事実に気付いた少女の顔には思わず笑みが浮かぶ。喜びではなく呆れ果てで。

「・・・なんて、世界よ」

 この魂使いの世界の予想以上のシビアさに、少女は思わず震える。

生半可な心意気じゃ、生きていけない。

生きていちゃあ、いけない。


****

「・・・え、つまり、僕の命は永くて一週間ってこと?」

 キョトン、と聞いてくる少年を見ることすら耐えられないように、母親は目を下に向けながら肯定する。

「・・・そうなの」

あと一週間の命。

 そう告げられたが少年は不思議とあせる気持ちも、不安という感情も浮かばなかった。

しかし何もない、というわけではない。

「・・・あの人、今何やってるんだろう」

「・・・え?」

 突然、予想していなかった言葉が少年の口から出てきたことに驚き思わず聞き返すが、少年は少し赤くなって慌てて否定してごまかした。

 頬が赤いのは恥ずかしいから、だろう。色々な意味で。

 ・・・僕は別に一目ぼれするようなタイプではないと思うんだけどなぁ。

 おかしいな、と首をかしげる少年に、なぜか笑いがこみ上げてきて耐えられなくなり腹を抱えて笑う母親が言う。

「ほんっと、アンタって緊張感がないわよね。全く。心配した私が馬鹿みたいじゃない。」

 もう・・・と最後に小さくつぶやいて、母親は時計を見て少し慌てたようにその場から立ち上がった。

「ご、ごめん仕事だ。また夜に来るから、また後で!」

 申し訳なさそうに病室から出て行く母親を見送ると、ベッドから外に視線を投げる。

「もう紅葉も終わりの時期かなぁ」

 そうつぶやく少年の視線の先には、ほとんど葉が落ちてしまったもみじの木と、これまた葉が全くない桜の木があった。

「・・・特にこの世界・・・現世ってやつに悔いはないし遣り残したこともないけど・・・でもやっぱり、桜はもう一度・・・見たいなぁ」

 脳裏に去年の春に見た桜がフラッシュバックする。そんな奇跡なんて起こるはずがないと分かってはいるが、少年は願わずにいられなかった。

 はぁ、とため息を吐いて、少年は夜を待つ。

あの人に、会いたい。


****

誰にも、会いたくない。

 少女はベンチに腰掛け、自販機からなけなしのお金を使って買ったコーラを口に含む。

「正直、こんな大事な能力だとは思いもしなかったわ」

 親友に言うでもなくそうつぶやいて思わず反省する。

 自分にある能力が使い方次第で世界をつぶすことすら出来る代物だったとは。

「気が滅入るわ、本当に」

 ピト、と冷えたコーラを額にくっつけ、珍しく頭を使ったために出た知恵熱を冷やす。

『・・・ですが、分かっていますよね』

 突然頭に響いた親友の声に、少女は頷く。

「分かってるわ。やることは変わらないっていいたいのでしょう?・・・全く。急げ急げと世間はせっかちね、もうちょっとゆっくり行っても良いと思うのだけれど」

 そう愚痴をもらす少女に苦笑して親友は言う。

『あの人も全く同じ事を言ってましたよ』

「似たもの同士って事よ。お母さんに似ない娘がいるもんですか」

 ペットボトルをゴミ箱に投げながらそう言う少女。

『・・・驚いた。あなたいつからあの人のことをお母さんって認めたんですか?』

 親友からのその問いに、少女は少しの間を置いて答える。

「そりゃあ、命をなげうって助けてくれた人を、お母さんと呼ばないわけにはいかないでしょう?」

『・・・ええ。貴方がそう言うのでしたら、そうなのでしょうね』

 あの人と呼ばれる少女の育ての親は、二ヶ月前に、他界していた。

 少女はその母親代わりになってくれた女性のことを思い出したのか、懐から大事そうに写真を取り出して空にすかすようにかざす。

「もう、あれから二ヶ月かぁ。永いようで短い、不思議な二ヶ月だったわね」

 感慨深くそう言う少女に同調して、親友もしんみりという。

『ええ。全く。その通りね』


****

「う・・・うーん」

 思わず病室でそう唸るのは、窓から地面を見て困っていた少年だった。

「これ・・・いけるかな・・・?」

 そう言う少年の眼下にあるのは電気をつけている事務室からもれる光だった。

「この時間に電気をつけてカーテンを閉めないのはどうなの?当直の人かな、それにしてもカーテンぐらいは閉めるだろうけど」

 そう言いながら時間を確認してみれば午後七時。昨日と全く同じ時間だ。

「う~ん・・・ま、いっか」

 何がいいのかは分からないが少年はそう言って病室の窓からシーツと布団を束ねたものを垂らす。

「ふふん、トムソーヤの冒険みたい」

 自慢げにそう言う彼の言葉は、誰に聞かれるというわけでもなく、虚空に消えていく。

はずだ。


****

「俺の、俺の、俺の話を聞けぇ♪」

『・・・また聞かなくなって久しい曲を歌うわね』

「ええ。人と会いたくはないけれど言葉は聴いていたいのよ。私ってこれでも寂しがり屋なのよ」

『それはまぁ・・・しってますが』

 どこか呆れるようにそう言う親友は何かを察知したのか、身構える。いや、本構える?

『・・・気付かれ、ましたかね』

 思わず剣呑な雰囲気の声色になってしまう親友の声を聞いて、少女も身がまえて目に力を入れる。

 妖怪こっち側のものを意図的に見るには、この方法が一番だ。

 魂使いの姿そのものは存在さえ知っていれば誰でも見えるのだが、その魂使いが持つ魂自体は見えない。

 つまり何らかの魂を使って完全武装している男が歩み寄ってきても、一般人には普通の男が歩いているようにしか見えない。魂は魂使いにしか、見えないのだ。

「・・・あれは、昨夜の子じゃない」

 親友に影響されて身構えていた少女だったが、相手が昨夜にも会った少年だとすれば警戒する必要も大してない。

 一応、目に力を入れたままにしてはいるが、これも意味があるかどうか。

「こんばんわ、昨日振りですね、元気にしてました?」

「ええ。元気溌剌だったわよ。知り合いにうんざりされるほどにね」

 言い返せないことをいいことに、少女が親友に対しての皮肉をこめて言う。

「へぇ、何してたんです?」

 彼にそうきかれ、今日一日やったことを振り返る。

散歩。店で・・・ウィンドウショッピング。

それと散歩。

あれ?そんなに活動してないな。

「サッカーの試合を五本ほど」

 口から出任せで嘘をついたけれどさすがに雑過ぎたな。と思いながら少年の反応をうかがうと、少年は腹をかけて笑っていた。

「さ、サッカーの試合を五本って、あれ一試合90分ですよね。ハーフタイムは15分だから大体一試合一時間四十五分ですよね。それが五本ってどんだけサッカー好きなんですか!」

 驚いた。おとなしい子かと思いきや、案外突っ込みも出来るのね。

「いや私ほら、スポーツ少女だからさ、運動しないとだめなのよ」

 手をひらひらと振りながら白々しくうそをつく。運動神経はいいのだが、努力だとかそう言った類のものには疎い・・・と言っておく。単純にチームというものがどういうものか知らないだけという話なのだが。

「へぇ、サッカー少女って言わないって事は何でもスポーツできるぐらいには運動神経良いんですか?」

「人並みにはね、あると思うわよ」

「すごいですね、やっぱりバク宙とか出来たりするんですか?」

 少年の純粋な問いに、思わず少女は顔を凍らせる。

まずい。出来た覚えがないぞ。

 まさか実践してみせろと突込みが来るとは思っても居なかった少女は心の中で冷や汗をかく。これはまずい流れだ。大見得切っておきながら出来ないなんていうのは流石にかっこ悪いぞ。

い、いや行ける!

「で、出来るわよ!余裕のよっちゃんよあんなもの。基礎の基礎よ」

 これはまずいぞ。口が勝手に、バク宙に失敗したときの傷を深くする毒をどんどんと・・・

 これで失敗したら目も当てられない。ほら、この病院パジャマの子こんなにきっらきら輝いた目でこっち見てる。実演しろと口では言わないけど目が口以上にモノ言ってるもん。

「見せてあげるわ」

 行ける。うんいけるわ。もともと運動神経いいのは本当だし、魂使いになったんだから運動神経の若干の補正はあってもおかしくは、ない!

 そう意気込んでベンチから立ち上がると、頭の中で数回イメージトレーニングをする。

「足場の確認してからね」

と言い訳をして、だ。

念入りだ事。

「あ、あの・・・危ないですしやめたほうが・・・」

 と、しきりに地面を見ている少女をみて何かを悟ったのか、やめることを提案する少年。 しかし頑固な少女に一度決めたことを覆すほどの柔らかさはない。

「大丈夫よ大丈夫。いけるいける。成功するわよ」

 そうよ大丈夫。下手すれば白鳥のごとく視界から消えるほどに高く飛び上がっちゃうかも知れないじゃない。

 なんて事を口の中でごにょごにょとつぶやき、グ、と足を折り曲げて思い切り跳んだ。いや、飛んだと言うほうがしっくりと来るほどの跳躍だった。

 飛んだ高さは正確にはわからないが、確かに言えるのは春から中学一年にしては大き目の身長160cmの少年の二倍はあろうかというのぼり棒を軽々と追い抜くほどだった。

つまり、だ。

 二メートルでは効かず、恐らく三・・・下手すれば四メートルは跳んだんではなかろうか。

 あまりの身体能力の高さに、少年どころか少女自身も驚く。

くる、くる、くる、くる、くる、ドス。

「回りすぎだぁ!ってか最後のドスって何よ!私そんなに重くないぞ!」

 良く分からない不平に対する文句をわめき、少女はすこしよろめきながらも少年に親指を立ててドヤ顔をする。

サムズアップなんて・・・ふるい。

 なんて言葉が少年の頭の中に流れたのは・・・言わずも知れたことなのかも知れない。

少女が知ることは一生なさそうだが。

 しかし、そんなセンスの古さはさることながら、少女の身体能力の異常性は最早、天才どころか、人間という範疇をも超えていた。

そんな彼女の跳躍に、幸せなことに世間知らずな少年は少女のことを素直にすごいと認めて拍手を送った。

 少年は生き延びたのなら、将来人間の身体能力の低さに驚くだろう。

 そしてあの少女は一体何者だったのだと頭を抱えて生きるだろうな。確実に。

 なんて事を親友が思っているとは知らず、少女は少年に言葉をかける。

「言ったでしょ?人並みには出来るって」

 そこの少女。人並みのレベルを化物と同じところまで上げないでください。

 人並みも苦労することはさることながらその更に上のレベルを維持しないといけない化物や天才といった類の人たちにも気を使ってあげてくださいよ。

 なんていう突っ込みを声を大にして言いたい親友なのだが、自分もまた魂使いのため、少女が見える少年には自分の姿や声も聞かれてしまうのだ。そういう理由もあって、少女が誰かと話してるときは基本的に親友は喋らないのだが、このタイミングで突っ込めないというのはなかなか歯痒い。

「すごいんですね、人並みって事は大人になれば僕もソレぐらい飛べるようになるんですかね」

 素直に無邪気な少年がきらきらした目で少女を見上げながらそうたずねると、少女はすこし苦笑いを含んだ笑顔で答える。

「なれるわよ。もちろん」

訂正しろよ!

 思わず口調を荒げて突っ込みをいれそうになってしまう親友だが、やはり堪える。

 突っ込み役に突っ込み禁止令というのはなかなかに堪えるものがあるらしい。

「へぇ、すごいな、すごいすごい。人間ってすごいや」

 ごめん少年、この女はもう人間っていうテリトリーには片足どころかつま先ぐらいしか突っ込んでいないのよ。

 なんて。また言わずも知れたことだが突っ込むことは我慢した親友だ。

なかなか出来た性格の親友である。

「でもやっぱり、人並みにするにはそれなりに努力が必要なんですよね?なにもしなかったら人並みどころか人半分も行かないと聞きますよ?」

 人半分て。何ですか下半身と上半身で分かれて怠惰に生活したいって言う願望の現われですか。

 それともあれですか右半身と左半身で分けて生活して俺寝てるからお前学校行けよ的な何もしない生活ですか。

 なんてすこし的はずれな台詞は心の中で再生させておくにとどめておいて親友はこの二人のボケ殺しというか、突っ込み不在のこの危うさに思わず無い頭を抱えながら、少女の答えを聞く。

「そうね、野菜を食べて早く寝れば人並みになれるわ」

 わぁお手軽な人並み。でもこの場合の人並みにはきっと野菜と早起きに加えてちょちょいと人体改造とかしないと無理ですよ?

「へぇ、人並みっていうのは簡単なんですね!」

 あぁ・・・こうして素直な少年が一人、将来裏切りを知ることに・・・

なんて。頭を抱える親友だった。


****

「じゃあ、早寝が大事だということなので僕はもう帰りますね。ありがとうございました」

 少年はぺこりとお辞儀をして、クルリときびすを返して公園から出て帰っていく。その足取りは軽い。まるでもうさっきの人並みになったかのような錯覚に陥ったように。

 けれども少年。時刻はもう10時だ。

 外見で判断するのは好きじゃないけど、君の容姿は多分中学一年ぐらいだろうしもう遅いよ。

 というかこの時間に外出なんてとんだ不良息子じゃないか。

 なんて事を考えていた親友だが、ふと少女が少年に会えた事を喜ぶ声を上げないことに気付く。

 まぁ、あんなうそをついてしまえば罪悪感の一つもあろうものかと、そんな殊勝なことを期待して顔を見上げると、少女は予想のどれとも違う異様とも言っていいほどに真剣な、憎しみすら篭った目で少年を見ていた。

『ど、どうしたんです・・・か?』

 思わずどもってしまうぐらいの少女の雰囲気に呑まれながら、親友は聞く。

こんな表情は・・・あの時以来。

まさか。

「あの時と・・・似た雰囲気を、あの子は纏ってる。あの子が原因としての雰囲気ではないから・・・多分・・・」

 そこまで言って、少女は自信なさげに・・・いや、信じたくないように、腰に提げているホルダーに入っている親友を見る。

 しかし彼女は何を言うでもなくそこで押し黙った。

が、親友にその先の言葉は必要ない。

 以心伝心というわけではなく、ただ病院パジャマを着ている彼から、この彼女が異様に感じ取れるような雰囲気といえば唯一つだ。

死の、魂使いの存在だろう。


****

「・・・まだ確実じゃないんだけど・・・」

 ホテルに帰った少女は、親友を丸テーブルの上に置くと、あごに手を添えて唸るようにして一人つぶやく。

「でも・・・なぁ」

 何かを迷っているのは分かるのだが、それが何かは分からない。

 分からないなら、それのどれにでも当てはまるヒントを、出してやれば良い。

『で、結局のところ、あなたは何をしたいんです?』

 厳密には、やっていいのかわるいのか、という良識に板ばさみにされて動けないのだろうという独断と偏見による判断で言ったその言葉は予想通り、とも言えるし予想外とも言える少女の反応を、親友に返すことになる。

「いやぁ、病院に侵入しようかなぁと、思っててさー」

『・・・・は?』

「あぁいや夜這いってわけじゃないのよ?」

『さすがにそこを疑うほどあなたのこと信用してないわけじゃありませんよ』

 なぜか的外れな訂正をしてくる少女に呆れた親友は力なく答える。

 なんだか最近・・・というか二時間ほど前から私はこういう役回りばっかりな気がする。

 なんて心の中で思って、ない体を曲げているような感じでため息を吐く。体がないといっても元々はあったのだ。体を使う感覚ぐらいはある。今は幽霊みたいなものだが。

「それはありがたいわ、信頼というのは何にもましてありがたいものよ・・・なんて殊勝なことを言うつもりはないけれど、でもやっぱりさ、あの感じが本当に死の魂使い・・・長いわ。死神のものなのか知りたいと思わない?」

 一瞬何の話だが分からなかったが、まだ会話が続いていたのか、と気付いた親友は少女が途中で出した死神という例えを言い得て妙だなと感心しながら答える。

『確かに。あの日殺しきれてなかったのかという視点で考えるのなら・・・ですけど』

 あいまいな親友の答えに、少女は疑問を口にする。

「どういう意味?」

『復讐という視点で行くのなら、私は行きたくはないという意味です』

「・・・・なんで?」

 少女の答えに、親友は少女に少なからず復讐したいという心持ちがあったことを知って思わず無い顔をしかめる。いや、顔は無いのだが。

『別に復讐そのものを咎めているわけではありません。ただ、その感じたという雰囲気が正しくてその死神がかろうじて生きていたとしましょう。そうだとして、ですよ。あなたはあの人を殺すことの出来た死神を倒すことが出来るんですか?弱っていたとしても、倒すことが出来るのですか?』

 親友にそう問われ、少女は考える間も無く首を横に振る。

「・・・そうね。どうかしてたわ。死神はただの復讐の相手ではなく、あの人を殺した張本人。だからこその復讐の相手だものねぇ」

 むーと口をすこしゆがめ、窓越しに外を見る。

 曰く付きだとか言われているこの部屋だが、そんなものが出る気配など無い。

 まぁ出てもたいして支障は無いのだが、ここから見える絶景を考えればないものに対する恐怖なんてのは安いものだ。

・・・もっとも、幽霊からしてみたら私のほうが怖いんだろうけれど。

 そう考えて、少女は親友に尋ねた。

「そういえば、さ。ナイフ・・・ローレライってナイフの魂使いが居るっていうことも考えられるわけでしょ?」

 突然、脈絡もないその質問に、親友はただ頷く。

 ありえなくはないというレベルの肯定だが、可能性はある。どんな小さなものにでも魂使いは存在しうる。

『ですが、その場合は職人系の魂使いの存在ありきのローレライでしょうから・・・・卵が先か鶏がさきか、っていう話になりそうですが』

「まぁ、そういう細かい話はおいといて、よ。そしたらナイフの魂使いも居るわけじゃない」

『ええ』

「なら、さ。その重複した部分はどうなるの?」

 少女の問いに、親友はやっとか、という雰囲気を交えたため息を吐く。

「なによう」

 少女も小さく反抗するが、いかんせん二ヶ月もたったのにこんな基本的な疑問すら思い浮かばないほどに魂使いに対して無頓着だったことは迂闊としかいえないために、そこまで文句は言えない。

『いえ、質問に答えるとしましょう。結論だけ言うのなら答えは、何も変わらない、ですね』

 予想はしていたがそれでも驚ける事実を聞いて、少女は興味を持って身を乗り出す。

『一応、魂使いにもランクがあることは大体分かっているとは思います』

「ええ」

 ランクと言うのは何処まで細分化された魂の使い手かで決まるものだ。

 例えば虫という魂使いと蚊という魂使いなら、虫という魂使いのほうがランクが2~3程高い。

『決して軽んじているわけではありませんし、最後まで聞いてくれれば分かると思うのですが職人系の魂使いは一番ランクが低い。実用的な能力という意味で言うのなら恐らく最高峰の実力の持ち主になり得るでしょうがね』

「・・・へぇ。って事はランクはただの形式上のものでしかない、と。」

『はい。私はもうランクなんて考えなくてもいいとさえ思っています。魂使いはその特殊な性質故に、この世界に何万、へたすれば何億という魂使いが居るかも分からない中、ランクなんてものは最早あってないものです。虫という魂使いが居れば、カナブンという魂使いが居て、さらにアオカナブンだとかクロカナブンだとかいう種類の魂使いさえ居る・・・かもしれない』

「・・・なんでカナブンを取り上げたのかはともかくとして、そのかもしれないってどういうことよ」

『どの魂使いも居るとは限らないんですよ』

「ちょ、ちょっとまって。今何億いるかどうか分からない―――って。」

『そうなんです。分からないんです。そうですね・・・魂使いのイメージとしては九十九神を考えてくれればいいでしょう。原理とか、そんなものは分かりませんが例えるとすれば恐らくあれが一番適しています。あれは使い込まれたものに魂が宿り、神になりますよね』

「・・・ええ」

『それと同じ・・・とは言いにくいんですがニュアンスとしては似てますね。理由も分からず自然に出来るし。死ねばそこで終わりなんですよ。通常ならば』

 最後に通常ならばという言葉を強調するように言って、少女の反応を待つように言葉を切る。

「・・・そういう、事ね。普通はこういう風に譲り受けないものなのね」

『ええ。だから特殊な例なんです』

「あれ?そんなこと言ってたっけ?」

『あれ?言ってませんでした?』

・・・突っ込み役だと思いきやまさかのボケ役だった。

「・・・分かったわ。じゃあ一つ。やっぱり気になるのだけれど、世界最強の魂使いっていうのは何なの?やっぱり死神?」

 わくわくといった様子で親友の話を聞こうとする少女。

 変なところで男っぽい。

『いえ、死神ではありませんよ。時代が今ほど信仰というものが少なくなかった時代・・つまりは宗教があった時代には魂使いは神とあがめられていた時期があったんです。結果的に起きるのが存在の強くなった魂使い同士の出会い。まぁ今貴方が二ヶ月でどの魂使いにも会っていなかったって言うのが奇跡的というぐらいには良く出会ってましたね。それで魂使いの四天王とかいうのが悪乗りで作られたんですよ』

「悪乗りでできるのが四天王なのか」

 果てしない悪乗りだ。

『その四天王のうち一人が死神。ぶっちゃけた話一番弱かったですね』

「まじで!?」

 一番強いと思っていた魂使いが四天王の中で一番弱いとは。

『ええ。パシリというかいじられキャラでしたよ』

「かわいいな。私の中での死神のポジションが危ういぞ」

にっくき親の仇なのに。

『まぁ上位三位が規格外ですからね。三位が正義の魂使いでしたね』

「せ・・・正義・・・」

 く、くさい・・・とか思ってしまうのは、許して欲しいところだ。

『それで次・・・二位が確か敗北の魂使いでしたね』

「敗北なのに、強いんだ」

 思わず素直な感想を漏らす。

『ええ。敗北といっても自分が負けることだけを敗北と呼ぶわけではありませんよね?』

「あ、あぁ―――なるほど」

 やろうと思えば、相手に敗北を与えることさえ・・・出来るわけか。

『そう言うことです。ここまで言えば分かるでしょうが一位は勝利の魂使いでしたね。』

「へぇ、やっぱりというか予想通りね。でもさ、勝利の魂使いと敗北の魂使いがぶつかったらどうなるの?盾と矛的なさ」

『確か・・・試合してなかったと思いましたけど、世界の原則として光と影なら光が勝つっていう何かしらの主人公補正みたいなものがありますからね、やっぱり勝利が勝つんじゃないですか?』

「うわぁ・・・ざっくばらんに言ったわね」

『まぁ最強の盾と最強の矛が争ったら周囲の地面やらなにやらが破壊されて勝負にならないという仮説があるように、勝利と敗北がぶつかれば勝負そのものがなくなるんじゃあないんですか?』

「そんな仮説ははじめて聞いたわ・・・でもそれも一理あるかもしれないわねぇ」

 少女はそういってから、何かを思いついたようにポン、と手を叩いて口を開いた。

「じゃあさじゃあさ、言霊使いはどうだったのよ。言霊使いは」

 好奇心溢れるその問いに、一呼吸どころか三呼吸ほどおいて、親友は答えた。

『ランク外でしたよ』


****

翌朝。

 というか、昼時。でもなく。最早夕方。

『起きるの遅すぎませんか!流石に!』

 腰に下げている親友が思わず怒鳴る。

「まぁまぁ、仕方ないじゃない。昨日ちょっと疲れたのよ。何でかしら無いけどいっよーに疲れたのよ」

 ゴメンゴメン、と苦笑しながら謝る少女の足は、病院へと向いていた。

 この時代、医療技術の異様なまでの革新により一人一人に対する治療時間が劇的に短縮された。

 例えば従来なら十二時間なんていう莫大な時間を要した手術も、今なら30分だ。

 その正確さと迅速さによって病院はどんどん統合されていき、やがて一つの街に一つの病院という風になった。

 確実に治るため、通院の必要も無いから距離も大して問題にならない。

 救急車の中で手術さえ出来てしまうというのだから、技術の進歩というのは恐ろしい。

・・・いきなり長々となぜこんな話をしたかと言えば答えは一つだ。

「さぁ、乗り込みましょう」

 そういって見上げる先にあるのは、大きな白い病院だ。

『そうは言いますけどどうするんですか?前といっても十数年前は確かに誰々の知り合いですなんていえば入れましたけど今は本人か保護者の印やら許可書やらがないと入れないんですよ?』

 親友に世知辛いこの世界の現実をしらされ、うな垂れる。早くも決意が挫けかけた。

「だ、だから乗り込みましょうと言ったのよ」

 そんなことは予想済みだというように、折込済みだというように少女は気を取り直して顔を上げる。

が。

「・・・この病院でどこにいるんだろうなー」

 五階建ての横に八部屋奥に十三部屋あるばかでかい病院をみて、再び心が折れかけた少女だった。

思えば名前も知らないのだ。

「・・・なんて事だ」

 あまりの計画性の無さに軽い自己嫌悪に陥るが、持ち前の明るさでなんとか持ち直し、考える。

 あの時間帯に病人が許可を得て一人で出れるわけが無いというのは察しが付く。

 ということは飛び降りる事が出来るまたは古典的な方法でシーツを縛り付けるなどして降りられる範囲の高さだろう。

だとすればあって三階までだろう。

 加えて言えば長く病室に居てそれなりに病院の構造も知っていなければならない。

 そして本当に死神が付いているのなら死神が弱体化した二ヶ月には最長でもここに居る。

 この時代に二ヶ月の入院というのは相当な長居だ。だとすれば当然待遇はそれなりによくなるもので、日当たりが良い所になるだろう。

な・・・ら・・・

「北西?」

『南東よ』

あらそうでしたか。

 この世界の二ヶ月といえば1012年の五年ぐらいは見積もっても良い。

とまで言えば長さは分かるだろうか。

「あそこ・・・かなぁ」

現在午後五時。

 冬ということも相まってそれなりに寒く、暗い。だから病人はさっさと寝てしまうに限るんだろうが、あの子はそんなにひ弱ではなさそうだ。八時におきて来るんだからなぁ・・・

改めて妙な・・・というか馬鹿な子だと再認識する。

『まぁ貴方に思われたくないでしょうがね』

「余計な事言わないの」

 軽口を挟む親友をたしなめながら南東の角部屋へとたどり着く。

 仮にここじゃなかったとしてもどうせ私の姿は見られない可能性のほうが高いんだし、別にいいか。

『また安易な』

「いいのよ、安易で。どうせすぐ見つかるわ」

 別に見つかったところでどうにでもなるわよ。なんて軽い気持ちで、それこそちょっとジャンプという気分で三階まで駆け上がる。

少女の姿を全員が見れるのだとすればこの光景はしばらくは語り継がれるだろう。

奇面変人が病院を駆け上る時がある。と。

鳥肌が立つな。怖いとかそういう類ではなく、気持ち悪さで。

「おい、この世界美人三本指に入るような私に何を言ってるんだ」

『誰に言ってるんです?』

 どこへともなく言う少女を奇妙に思い、親友は聞くが上手く説明できないために少女は黙り込む。最初から勝てない口喧嘩だ諦めろ。

「・・・・」

『あ、あれじゃないですか?』

 三階まで来たところで、親友が声をあげる。

 親友に言われて三階の中をみると、そこには確かにあの少年の姿があった。

「ビンゴ!」

何と言う奇蹟。

 万が一聞かれていると面倒な事になるので小さい声でそう言うと、少年が脱出用に常にあけているであろう窓を開けて中へ押し入る。

『まるで手際のいい超人強盗ですね』

「こんな美人が盗むのは心だけですことよ」

『ケッ』

「ケッって!あんたキャラ崩壊してんじゃないの!?」

『え?この清楚で純粋な私がケッなんていう汚い下品な言葉を使うわけが無くってよ?』

「・・・録音したかったわ、さっきの言葉」

『いやですわ、そんな事おっしゃるなんて。まるで私がそんな言葉を使ったようじゃありませんか』

「・・・もういいわ。私の負けよ」

 諦めて負けを認める少女に対し、勝ち誇ったため息を吐く。この場合は鼻息なのかもしれないが。

 そんな誇らしげな親友をよそに、少年の体を眺める。

下心あっての行為ではない。

 死神というのは殺す相手・・・魂を喰う相手にあらかじめしるしをつける。

しるし。

「あったわ」

少年の胸に突き刺さる、赤い鎌。

いわゆる、死神の鎌というやつだ。

「本当に・・・死神だったわね。似合わないけれど、哀しいとは思ってしまうわね」

 ス、と手をかざしながら、その鎌の完成度合いを見る。

 死神の鎌というのは最初は未完成なのだ。

 だんだんとターゲットの魂で形成され、そして完成した暁にはその鎌を使って本人の魂を喰う。

 なんとまぁ中学二年生の思春期学生が考えそうな能力だこと。なんて醒めたことを考えていた事はあるけれど、ターゲットの魂を喰らうのに使う道具はターゲットの魂で作った物が一番便利だし、上手く行くというのは、常識だ。

 少し違うが、もちは餅屋と似たところがあるのかもしれない。

しかしそれにしてもこの感じ・・・

『元々魂からの生成は二ヶ月が最短期間と呼ばれていますが・・・これは・・・なんというか・・・無理やり早めたような感じがしますね。無理やりスケジュールを押したようなそんな荒さが、この鎌にはあります。それに何か違和感も』

 言ってしまえば、脆い。ひどくボロボロだ。その分速度は速くなっているのだが。

 恐らくこの分ならば今日含めあと二日あれば完成するだろうな。

 そんな事をつぶやいていると、ガラ、と扉を開く音と同時に、年老いた・・・疲れた女性の声が耳に入った。

「誰・・・?」

 一瞬、声が聞こえた事に驚きを隠せずピシリと動きを止めてしまったが、この状況、どうとでもなる。

 心の中でそういって、くるりと振り返ると微笑みでもってその女性を迎える。

 この時間帯にこの部屋に来る私服の初老の年齢の年の女性といえばこの少年がよっぽどの熟女好きでないかぎりは母親だろう。

「あ、こんばんわお邪魔してます」

 ペコリと小さくお辞儀をすると、母親も釣られるようにお辞儀をする。

 実は既に少年には催眠系の魔術を親友にかけてもらっている。彼女は魔法も使える。

なぜかは知らないけど。

「こ、こんばんは、うちの息子・・・とはどういった御関係で?」

 疑り深い目で、こちらを見据える母親。

 さしずめ子供を守る威嚇する母親といったところか。そんなことを考えるのはいいが、この状況はちょっとまずい。何せ私がショタコンだと思われかねないからな。

下手な事を言えば地雷を踏みかねない。

警察沙汰はごめんだし。

「ボランティアの大道芸人です。お子さん、長い間入院なさってるんでしょう?こんな病院じゃあ娯楽も少ないだろうって、院長さんが気を利かせてくれまして」

 とっさについた嘘にしては・・・まぁまぁと言ったところか。ただまぁ院長に確認やら感謝されてはまずい・・し。

「ただ、あの院長ちょっとシャイなところがありまして、どうも私が頼んだ事を他の誰にも言うなと申しまして。ただ大道芸人だと名乗れば言いと仰ってたんですが、そうはいきませんよねぇ。妖しすぎますし」

 なんて事を軽く笑いながら言って、予防線を張る。

 恐らく今少女がいる事によって警報が鳴っていないという事は病院に認められた人間なのだと勝手に勘違いしてくれている事だろう。

実際は認識されていないだけなのだが、そこはいかんともしがたい。基本的に、魂使いは幽霊みたいなものだし。

「あ、あぁ。大道芸人さんでしたか。すいません。失礼を」

 母親はそういってペコリと一つお辞儀をすると、突然の来客に対応するために買ってきていた葡萄を洗い始めた。

 しかし少女は一般人。いや普通の人ではないけれど。礼節は弁えているらしい。

「あ、大丈夫ですよ。顔みてどんな子かなと知っておきたかっただけなので。それ、この子が好きなんですよね?」

 少女はそういって、葡萄の皮で一杯のゴミ箱を指差す。

「あ、はい。そうなんですよ。もうこれしか食べないーって聞かなくて。私も、好かれるように努力はしてるんですが中々一線を超えられなくて」

 アハハ、と笑いながら母親は葡萄を洗うのをやめない。少年は桜も大好きなんですよ、とも言って、今言った言葉の通りに、自分はこの子が好きなんだ、と自己暗示さえしているように繰り返す。自分はこの子が好きなんだと、この子が大切なんだと。

息子思いの良い母親・・・なんだろうな。

「そういえば、医者の診断ではどうなんですか?」

 少しまずいかな、と思いもしたが院長が主治医だとは思えないし、なんとかなるかなと思いながら、さり気なく余命を聞いてみる。

「担当医の方が・・・あぁ御存知かもしれませんが、木村さんが仰るには、衰弱度合いが突然ひどくなったので・・・少し前に残り一週間だったのが・・・今日聞いたところによると後二日・・・だとか」

 母親の話を聞いて、どこか引っかかりを覚えるが、葡萄を洗い終えているのを見て、親子水入らずは邪魔していいものではない早めに退散するとしよう。と決めて一言礼を言って病室の扉の手前までいき、ふと少女は止まり一言、少女は言った。

「あ、窓の鍵閉めておいたほうがいいですよ。隙間風入ってきてるみたいですから」

 もちろん隙間風なんて入ってきていないが、一応だ。

 こんなに愛されているのに、それを裏切っちゃあいけないだろうという少女なりの気配りだった。

「あ、ありがとうございます」

「いえいえ。お大事に」

 少女は母親のお礼に手をひらひらと振りながら返すと、病室から出る。そして病室の扉をしめて左右に延びる廊下を交互に見ると、一言。

「・・・さて、どうしたもんかな」

帰れなーい。

思わぬピンチ。

 颯爽とそのまま窓から帰るつもりだったのに。

 よく考えれば病院は精神的に弱い人間が集まるもので、信仰やらなにやらがどこに根付いているかも分からない。出来ればそう言った類の人間とは出会いたくない。面倒ごとになりかねないし。

「ま、何とかなるでしょ」

 少女はそれだけ言うと、右に視線を投げる。

 午後五時ともなれば面会終了間際でぞろぞろと人が出てくる時間だ。

「ちょっと危ないけど・・・いける・・・かなぁ」

 少女はそうつぶやきながら、何食わぬ顔で突き当たりの開いている窓へと歩いていき、背中を外に向けてそこに腰掛ける。

 そして廊下を眺め、死人のように何も考える事無く歩く人を眺める。

みんな、生きながら、死んでいる。

思わずそんな感想が漏れる。

 なぜか、なんてことは分からないがこの時代の人間にはおよそ魂というものがとても疲弊しているように思う。

「・・・なんて、くさいわね」

『ええ。とっても』

 最後に茶化して口を閉じると、少女は状態を後ろにそらして静かに・・・落ちた。

『え?』

 いきなりの展開についていけずに親友が珍しく呆けるようにそう口にする。

「いやぁ、一番手っ取り早いし。それに何より―――」

 少女はそう言いながらクルリと体を回転させ、地面に対して垂直に整える。

器用なものだ。

「この程度の高さ・・・さっきのジャンプよりちょっと高いってぐらいだし。まぁ、大丈夫でしょ」

 気軽にそう言う少女が正解ではあるのだが、親友としてはそう言うのは早めに言ってもらいたいところだ。

ドスン、と重たいモノが地面に激突した音を響かせて、少女は石畳に着地する。

「ちょっと足がしびれたな・・・もうちょっと着地の方法考えないと」

それもそのはず。

 ひざを曲げすらしていないのだから、衝撃は直接体に響いているはずだ。

 というかそれでちょっと足がしびれたで終わってしまうというのは、やはり本格的に人間をやめていると、改めて少女は思う。

「元から人間にこだわってる訳じゃないんだけども、ね」

 少女はそういって、リハビリだとか単純に涼しい風に当たりたいとかで外を歩く人たちの隣を何食わぬ顔ですれ違う。

今日は多分、少年は公園に来ない。


****

「で、だ。残り二日の命・・・か。長いようで短いわね」

 少女はホテルに再びチェックインして、部屋のテーブルの上に親友を置いて頬杖をついて考え事をしていた。

 言霊使いである私の武器は文字通り、名前どおり言葉だ。

 この武器を最大限に使うにはどうすればいいのか。

『・・・今まで言霊使いとしての能力の使い方は名詞を使うものしか教えていませんが、魂使い同士の戦闘で先代が使っていた方法は―――言葉の暴力です』

「言葉の暴力?」

『そうです。良く聞きませんか?貴方のそれは言葉の暴力だ―――とか』

 すこし意味深に溜めて言う親友だったが、少女はそんな事はお構いなしに気楽に答える。

「ほとんど人というものをあの人しか知らないし。良く聞くも何も・・・なぁ」

 いまいちわかんない、という少女の言葉を聴いて、親友は肩透かしを食らったようにため息を吐く。

「え、そこため息のところじゃないよね」

『いえ、まぁ気を取り直して説明と行きます。言葉の暴力というのはつまり貴方が言われていやだという言葉ですよ。例えば・・・そうですね。嫌い。とか消えろ。極端な例で言えば死ね。です』

「・・・先代は恐ろしい武器を使っていたのね」

 言葉による精神攻撃の後にその言葉で物理攻撃とは。

恐ろしいにもほどがある。

『先代の場合は口が良く回る方だったので、すごい言葉がぽんぽん出てましたけどね。このウジ虫。とかもう聞くに堪えない言葉がそれはもう』

・・・想像に難くない。

嫌な母親像だなぁ。

『ですが、まぁ言葉の暴力というのも使いどころが難しいんですよ。相手が嫌だと思わなければ武器として使えません。逆に言えば・・・』

「トラウマをつつけば、とてつもない攻撃が出てくる・・・ってこと?」

『・・・そう言うことですね』

「ふーむ」

 あごに手を当てている少女は、何か思い悩むように考えて、口を開く。

「思ったんだけどさ。言霊使いの能力って・・・」

 少女がそう言うと、最後の言葉を言う前に親友が口にする。

『思いっきり、悪役です』

「だよねぇ・・・」

 少女はそう言いながら脱力してベッドにどさりと横になる。

 確かに悪役だが裏を返せば、だ。

 プラスの言葉を言えばそれもまたプラスに作用するという事なんだろう。

「プラスに作用させるって・・・つまり傷を癒すとか。そう言うことなのかな」

 少女がそう漏らすと、親友は驚いたように言葉を発した。

『すごいですね。察しが良い』

 前言撤回。この笑いを含んだ声は明らかに驚きではなく馬鹿にしている。

「流石に気付くわよ・・・で、傷を回復できるの?」

 上体を起こしながら親友にそうたずねると、親友はそれどころではなく、と一言前置きをおいて続ける。

『壁を作る事も出来ます。あの人の戦い方は傷をなんとも思わずにただ切り込むのみ。でしたのであんまり使っていませんでしたがねぇ』

 親友のその言葉を聴いて、とても女の戦い方じゃないな、と思わず苦笑する。

 女ならもっとこう・・・蝶のように舞い蜂のように刺す的な方法がいいわよね。

『本番になればそうとも言ってられませんて』

「やっぱそんなもんかなぁ・・・」

『そんなもんですよ』

「・・・まぁなにはともあれあそこにもう一度行く必要はありそうね」

 少女は先日尋ねた店を頭に思い浮かべる。

正確にはその店にあるあの半透明な短剣をだ。

「こんなナイフみたいな短剣じゃあ・・・流石に鎌とやりあうのは不安ね」

 少女はそういってローレライをクルクルと手の中でまわして、丸テーブルに突き立てる。

『・・・・そう、ですね』

 何か引っかかる遅めの親友の反応を聞いてどうしたのかと聞き返そうとも思ったのだが、彼女は恐らく何も言わないだろう。

秘密主義なのは、仕方ない。

それにしても、だ。

 今回のこの事件・・・色々と引っかかるものがある。

 けれどもそれが何か分からないところが私らしいといえば私らしいのだが。

「それにしたってなぁ・・・」

 ハァ、とため息を吐いてベッドに横になると、病院に侵入したのがそれなりに疲労になっていたのか、すぐに睡魔に襲われる。

 お風呂は・・・明日の朝で良いか。


****

「おはようございます」

「おう、おはよう。そして死ね」

「出会いがしらに死ねとは酷いですね」

「ったりめーだ。お前今何時だと思ってやがる」

「え・・・っと、午後の三時ですよ?寝てるほうがおかしいのでは?」

「阿呆。今は午前三時だ。何が哀しくてこんな時間に起きなきゃならねぇんだ」

 ガリガリと頭を掻く店長の前に、トランクに座って不思議そうな顔をする少女がいた。

 昨日の活動時間は三時間程しかなかったために、疲労は簡単に取れたのだ。

 しかも八時なんていう時間に寝てしまったから起きる時間も早くなる。

 結果、昨日から計画していた店訪問が早くなったというわけだ。

いくらなんでも午前三時は早すぎるが。

「ったく・・・まだ日も昇ってねぇよ・・・」

 店長普段は遅く起きる人間なのか、その顔はとてもじゃないが女の顔ではない。

 最早獣の顔だ。ライオンとかではなく猿。

「お前、次に失礼なこと考えたらたたき出すからな」

 店長はそう前置きをして、店のカウンターに少女を座らせて奥の部屋へと引っ込んでいく。

 カチャカチャと音がするので恐らくコーヒーでも淹れてくれているのだろう。

 なんてことを考えながら店長を待っていると、店長はコーヒーカップを一つだけ持ってカウンターへ座る。

「まぁ、予想はしてたけどね」

「・・・何が?」

「いえ、何も」

「で、私に何のようなんだ?」

 やっぱり私の分はないのか、と少女が肩をすくめていると、店長が本題を切り出す。

「・・・ええ。それが・・・」

 かくかくしかじか。便利な言葉である。

 そんなこんなで全ての事情を説明し終えた少女は、一言最後に付け加えた。

「だから、あの短剣貸してください」

 あの短剣とは、もちろんあの死を殺す短剣の事だ。

「・・・事と場合によっちゃかしても良いんだけどさ。でもアンタ魂使いなんだろ?魂使いに魂が攻撃できないわけ・・・あぁそう言うことか。お前。言霊を使うのが、怖いんだな?」

 ニヤリと、したり顔を浮かべながらコーヒーをすする彼女の顔を見て、少女は思わず心の中で舌打ちをする。

ばれたか。

「どーせ能力の重大性を知ってびびってんだろ?」

 次いで出る店長の言葉に、少女は目を丸くする。

「良くそこまで分かりましたね」

 思わず感心してしまって少女が言った言葉に、店長は笑って答える。

「前例を知ってるからな。お前さんの場合は重大性云々だけじゃあないようだけど?感傷に浸るのはいいがよ、それで人に頼るってのはどうなんだ?」

 店長の言葉に、ぐうの音も出せずに押し黙る。

何もかもが、彼女の言うとおりだ。

「それにお前なんで少年が死ぬのを見過ごさないで死を殺してまで助けようと思うんだ?」

 店長の問いに、少女は少し考えてから答える。

「知り合ってしまった・・・から?」

「復讐・・・ではなく?正義感・・・でもなく?」

 言葉を選んで当たり障りのないものを使ったのに、彼女にはその全てが無駄になる。

やりにくいというレベルではない。

「ぶっちゃけて言えば復讐という意味も、多分に含んでるわ」

 そんな事を言うと、店長はコーヒーを一口飲んで口を開く。

「・・・アンタがどう思ってるのかは知らないけど。そもそも死、なんてものはね。悪ではないのよ。むしろ正義側の存在なんだって事を、知っておいて欲しい。二人の親を死なされたあんたには難しいかもしれないけどね」

 店長はそう言って少女の反応を見るように無言で少し黙る。

「なぜ、死が正義側だと・・・言うんですか」

「知らないといけないことでもないけど・・・お前さんはまだ死ねるっていう幸せを知らないんだ。だからそう言える。お前は存外、幸せもんなんだぜ。親が二度も死んだ事を頭に入れてもな。」

店長が少女の過去を見事に言い当てる。

「・・・あんた、本当に何者よ」

 いい加減怪しくなって聞いてみると、店長は笑って答える。

「お前の母親の、悪友さ」


****

そして、午後四時。

いわゆる黄昏時という時間だ。

 この世とあの世が一番近くなっている時間とも言われ、実際魂の力が強くなる時間。

『本当に、使うんですね』

 最後の忠告だぞ、という様子で力をこめてそう言う親友の言葉に、少女は頷く。

「・・・ええ。親からもらったこの力。使わないで放っておくのは、もったいないもの」

 そんな事を言いながら、手にびっしりとかいた汗を腰についているスカーフのような布でぬぐう。

緊張しているのだろう。

 それもそのはずだ、彼女は、あの人が死んだ事を認めたくないがために、二ヶ月前に能力を得てから一度も使っていないのだから。

アウトプットのみならず、本に単語を書き込む事さえも、避けていた。

 そんな彼女が、その能力を使って今から戦おうというのだ。緊張しないわけがない。

『私も出来る限りカバーします。ですから』

 体を、硬くしないように。そう続くはずの言葉は少女のうん、という言葉に阻まれる。

「さぁ、行くわよ」

 決意し、そう言って一歩を踏み出す。

 午後四時はそれなりに人が多いはずのこの病院だが、今は受付にすら人がいない。

 恐らく死神が今から少年の魂を喰うために人払いの魔法をかけているのだろう。

「少し、急ぐわ」

 院内に誰もいない様子を見て少女はそうつぶやき、歩調を速める。

 そしてあっという間に三階へ到着し、少年の病室の前へと到着する。

 見慣れてはいないが、一度きた病室だ。間違えるほど複雑な病院内でもないし、それに何より。

 この中から、嫌なものがどっと漏れ出している。

 嫌だ、入りたくないと拒絶し、動きを止める体を無理やり動かす。

 ぴしぴしと、体にヒビでも入っていく音が聞こえてくるような気がするほど、体が固まっている。

 しかしそれを気合で動かして扉へ手をかける。

 ギィ・・・と今の時代珍しい音を響かせて、横にスライドしたドアの向こうには、鎌を持って病室の椅子に座る死神の姿があった。

 白髪に、黒い装束。

 よく骸骨で描かれている事の多い死神だが、この死神は白髪の美少年だった。

身長は大体170cmほどだろうか。

 背中から見ただけだが間違う事はない。こいつがあの人を殺した、死神だ。

「久しぶり・・・ね」

 少女がそう言うと、少年を見下ろす形で椅子に座っていた死神が、椅子を回転させてこちらに向き直る。

「来る気はしてたぜ、馬鹿の一つ覚えのように復讐しにきたんだろ?」

 ギシ、と重さで悲鳴を上げる椅子の上で鎌を肩に担ぎなおす死神は嘲笑を顔に貼り付けて少女を見る。

「ええそうよ。確かに復讐もあるけれど、悪いけど私にはその子に死なれたくないの。だからあなたを―――」

「倒すってか?・・・出来んのか?お前に」

 能力に怯えていた、お前なんかに?と、死神の声は少女の脳内でそう変換される。

「出来るわよ。少なくとも今は、この能力に怯えてなんか、いないわ」

 少女がそう言うと、死神は嘲笑を崩さずに鎌を下へ下げ、椅子から立ち上がる。

 次の瞬間に、死神から嫌なものが湧き出したような錯覚に陥る。

「降りかかる火の粉・・・ってやつか」

 そう死神が小さく呟いた直後。―――来る。

 頭ではなく体が勝手に判断して瞬時にローレライの名前を叫び、右手で頭の左側を守るようにローレライを構えたコンマ数秒後、ギャギャギャ!と鳥が悲鳴を上げたときの声にも似た音を立てて、少女の頭の後ろで鎌の刃が静止する。

 後もう少しローレライを構えるのがおそければ、容赦なく首を切り落とされていた。

そう安堵する暇もなく、少女は鎌の柄を左手で掴み鎌の刃の付け根で鎌を押さえているロ

ーレライを引きもどす。その動作と同時に鎌の柄を引っ張り死神をこちらへ引き寄せて叫ぶ。

「はぁ食いしばれ!」

 鎌に引っ張られるようにしてこちらに跳んできた死神の顔に向かって、少女は思い切り左のこぶしを叩きつける。

 バゴン!と容赦ない音を響かせながら死神は吹き飛んでロッカーへと突き刺さった。

「って・・・」

 怯む死神に、ローレライを投げつけて追撃。

かろうじて首をひねってローレライはかわされるが、すぐに少女は肉薄して右拳を思い切り死神の腹部に叩きつける。

 ベゴン!とロッカーごと死神の体を思い切り曲げる。

 刺さった、ともいえる拳をゆっくりと引き抜いて距離をとると、死神は力なく地面に倒れるが、こんなもので、こいつが倒れるわけがない。こんなあっけなく終わるわけが無い。

「ってぇな・・・確かに力はあるけどよ、その戦い方ってぇのは・・・魂使いの戦い方じゃあ・・・ねぇよなぁ!」

 バン!と空気が震えた直後、気付けば視界は反転し、さっきまで死神が横になっていた 場所に少女は叩きつけられていた。

「・・・ぁ!」

 肺から空気という空気が一気に抜かれるが、空気を求めてあえぐ暇すら死神は与えてくれない。

 顔をあげれば、そこには鎌を横に振り上げた死神が立っている。

 グ、と体に力をこめて前転し、死神の後ろへ一気に回り込み薙がれた刃をかわすが、ロッカーを切り倒した刃はそのまま回転して少女へと迫る。

 すさまじい速度で迫る刃は、前転から立ち直れていない少女の顔へと迫る。

 そしてあと一ミリ進めば少女の瞳に突き刺さるという、そのタイミングで。

救世主が、現れる。

 銀色の髪の毛を腰まで伸ばした一人の少女が、死神の鎌の刃を拳で止めていた。

「今、貴方が何をするべきなのか。考えてください。本当の敵は、誰なのかを」

 刃を握っているのに血一つも垂れない手をもったその人間の声は、聞き覚えのあるどころか、毎日聞いている。しかしその声にいつものように脳裏に聞こえる鮮明さは無く、普通の人間と同じように部屋に反響し、にごった言葉を少女に届けた。

「いい加減見てられませんよ。目を覚ましなさい。貴方の敵は、誰?本当にこんなチープな奴が貴方の本当の敵?良く考えなさい!キセ!」

 そう叫び、鎌を弾き飛ばして死神に肉薄するゴロクに名前を呼ばれてキセはハッと我に返る。言霊使いになってから意図的に人の名前というものを意識しないようになっていた少女・・・いや、キセは、自分の名前をかみ締め、思考を加速させる。

 考えろ、とは恐らく今まで感じている引っ掛かりの事だろう。

 恐らく違和感の原因はこの、鎌だ。

 キセはそう呟いて、親友・・・いや、ゴロクと乱闘を繰り広げている死神の持つ鎌を見やる。

ひどくボロボロな鎌。

確かこれは・・・あぁそうか!

「分かった―――この違和感の正体は――っ」

 キセはそう言うと、バン!と音も気にせずに病室の扉を乱暴にあける。

 この違和感の正体は絶対にこの時間、この病院の中にいるはずだ。

なぜか?

 そりゃあ、自分が仕組んだ事の顛末が気にならない人間などそういない。

人間は、そういうものだ。

「・・・・そうよねぇ?少年の担当医の・・

・木村・・・さん?」


****

 ゼェゼェと肩で息をしながら乱暴に開けた扉の先に、白衣を着て余裕綽々といった表情で椅子に座り電子タブレットで何かを見ている男が、そこにはいた。

 この人払いの魔法の掛かった中で居る事がそもそもおかしいし、彼の首にかけられた木村というネームプレートが彼が少年の担当医にして、この事件の黒幕だという事をはっきりと暗示している。

「よく―――僕が黒幕だと、分かったね」

 素直に感心したように、木村はキセを褒める。

 拍手の一つでも贈ってあげたいぐらいだよ、と軽口を叩くその様子からは、とてもじゃないが今の状況を危険視しているようには思えない。それどころか、彼は恐らく喜んでいる。

この、状況を。

「彼はそもそも衰弱なんてしてないのに、いきなり衰弱度合いが変わった、なんて言ったらそりゃあ怪しむし、それに、よ。正確すぎるのよ。原因不明、症状不明の病人なのに死期の指定が、正確すぎた。あなたの黒幕としての才能は無いと言う外無いわね。伏線にもなりゃしないわ」

 そう。あの鎌の変化と同時に、死期が短くなった事を正確に母親に伝えている。

つまり主治医が鎌の存在を知っていて、そして見えるというほうが、ただの偶然よりもよっぽど信憑性がある。

 更に言えば死神は現在死に損ないといっても差し支えないほどに弱っているために、全ての人間に見られることが可能になるほど強力な魔法を自分にかけられるわけが無い。よってアドバイスという形で他人に死期を告げられるわけはない。

 つまり、死神に組する二人目の魂使い。

 そこに死期を告げて信憑性のある人間という条件が加われば、自然に医者へと視点が向く。

そして、断定だ。

「あんた、何のつもりだ。何のつもりで少年を死神の鎌の下に差し出した」

 キセは木村に詰め寄る。

「そうだな、ここいらでネタ晴らししてやろう。お前の推理力に対する報酬だとでも思ってくれれば良いさ。俺はな、裏切りの魂使いでな。つまり俺を信頼して頼ってくる母親、そして少年を裏切らずには、いられなかったんだよ」

 笑ってそう答える木村に、今すぐにこいつを切り捨てたいという欲望に駆られる。

「俺を死なせたいか?でもそりゃあ無理だろうな。俺はこの裏切りの魂使いを手に入れたときに、真っ先に、死とやらに裏切らせたからな。俺は死なない。次に老化にも裏切らせようと思ったが、まぁそんな事はどうだっていい。で?どうするんだ?お前は今から何をする?死なせないまでも拷問でもするか?痛みには裏切られてないからな、残念な事に、いや幸福な事に俺に拷問は有効だぜ?」

嘲る木村に対してキセがとった行動は―――

「帰る」

「は?」

 思わぬ反応に流石の木村も固まる。

 これだけ挑発しておいて答えに帰るという単語が来るとは流石に木村も想像していなかったのだろう。

 ヤセ我慢かとも思ったが、キセはその宣言通りにきびすを返して診察室から出て行こうとする。が、それを引き止めるでもなく木村は更に笑みを深くしてい言った。

「まぁ?お前の母親に裏切らせたときは―――気持ちよかったなぁ、あの顔」

 その一言が、キセから一瞬で理性を吹き飛ばした。

「死・・・・ねぇ!」

 少女のその言葉に魂が宿り、キセの両の手に赤く禍々しい剣が握られる。刹那。

 バゴン!という轟音を響かせ少女の剣は体ごと木村にすさまじい速度でぶつかる。

 木村の体が切れる事も無く、ぶつかった。

「言ったろ?俺は、死なない」

 診察室はおろか病院さえも揺らす衝撃を生み出す競り合いのさなか、木村は余裕そうに笑って言葉を紡ぐ。

「お前、どうせ死神のやつが敵だと思い込んでんだろ?そうだろ?でも違う。残念ながら違うんだぜ。二ヶ月前のあの件に関しちゃあな、悪いのはお前の母親だ。三年前にお前の母親を殺した、お前の二人目の母親さ」

「黙れ!」

 獣のようにたけるキセを見て、木村の笑みは際限なく深くなっていく。

「だまらねぇよ、黙るわけが無いだろうが。

お前の二人目の母親はな、裏切ったのさ。仲間だった死神や魔法使いを裏切ったのさ。そのせいで一人死んだ。俺としてはそれが目的だったんだから万々歳なんだがよ?でも違うよなぁ、死神達にしてみたらお前の母親は突然裏切った憎い仇だ。死なせたくならないわけがないだろ?そうだろ?結果的に持久戦で負けたお前の母親は死んだ。これが事実だ。二ヶ月前の事実だぜ?お嬢さん。どうだ分かったか?お前は、悪側の人間なんだよ」

「―――」

 木村が言葉を重ねると不意に、キセは沈黙する。

 ぶるぶると震えていた肩も、握り締められていた拳も今はだらりと下げられている。

「・・・?」

 あまりの様子の変化に思わず戸惑う木村は、言葉を畳み掛けるのも忘れてキセを凝視する。

・・・不味い。

下手を打ったかもしれない。

木村は、先ほどまでの余裕を忘れて思わず恐怖に顔をゆがませる。

相手があいつじゃないからってなめていた。

忘れていた。相手は人こそ違えど―――あの魂使いの順位付けでは、ランク外だった能力の持ち主だ。

強すぎるがための、ランク外―――だ。

今のキセからは、その言葉を納得させるだけの重い殺気が放たれている。

―――この年齢の、子供がここまでの殺気を放つ・・・なんて。

これは下手をすれば―――――――殺される

ゴクリ、と喉を鳴らした次の瞬間。

ザクリと、腹部に熱いものが刺さった感覚が襲う。

「―――え?」

まさか、嘘だろ。

 木村は追いつかない頭の回転を必死に早めて状況を把握するためにまずキセの持っている剣を見る。

 違う。何が違うといえば、それは色。そして何よりも、邪悪さが違う。恐らくこの剣は先ほど少女が使っていた死を体現した剣ではなく―――

「殺す剣―――ってことか」

 ゴフ、と肺が潰れて逆流してきた血を口から吐き出す。

 まさか死には裏切られているが殺すという行為には裏切られていないと、そういう事か。

思わぬ穴に、木村は後悔を通り越して感心すら覚える。

 これが魂使い中最強に君臨していた、言霊使いの力か。鎧に少しの穴さえあればそれを通って中にいる人間を殺せる。

 成る程。だから彼女は―――自分が死ぬことを、選んだのか。

「幸せ者だな・・・キセ」

 父親のような口調で木村にそういわれ、キセは我に返り、バッと勢い良く木村から離れる。

「・・・・。貴方は、何がしたかったんですか?」

 キセが木村の意図を図りかねて思わず問うと、木村は笑って答える。

「・・・さぁな。唯一ついえるのは、お前はお前が思っている以上にお前の母親、ロキセに愛されているって事だ。後は俺の口からは言えねぇ。往生しろよ。悪意から生まれた俺は―――ここいらで退場したい」

 木村はそれだけ言うと、未だ動揺が収まらないキセをおいて、目を瞑った。

彼は悪なのか、それとも正義なのか。

キセには、把握しかねていた。


****

 数分後、ゴロクは死神と足並みをそろえて面影の無くなった診察室へとやってきた。

「なによ、仲良くなっちゃって」

キセは一歩も動かず、何をするでもなくその場に立っていた。

「あの人・・・ね。どうも、悪者だったみたい。それを私はお前が悪い、仇を討つ・・って。馬鹿みたい。ごめんなさいね、死神さん」

 死神は、キセにそう謝られるが、頭を掻きながら謝罪を否定する。

「あんな、言っておくけど俺は悪か正義かで言われれば自分が悪だと思ってるぜ。お前の親・・・ロキセを守る事を放棄したんだ。多分あのいかがわしい店やってる店長も、そう思ってるはずだ」

「・・・?」

 意味が分からず顔を上げると、死神は面倒そうに、けれども申し訳なさそうな顔をして言葉を紡ぐ。

「ロキセはどこからどこを見ても、正義だったぜ。お前が木村に何を吹き込まれたが知らないが、それは木村の言葉であって、事実ではないのかも――しれないぜ」

「どういう・・・意味よ?」

「この案件に関して純粋に悪と言えるのは、神様って奴だけだ。木村も、そしてロキセも。もちろんお前も。どこまでも被害者だ」

「・・・・」

「木村は昔、一人の医者に裏切られた。ヤブでもあり蛇でもあった医者に、裏切られた。難病の妹を治すという名目での手術で妹は死んだ。まぁここまでならしかたねぇさ。そう木村も思っていた。ただそれが臓器売買という事実が絡んでくるなら話は別だ」

 死神はそう言うと一旦言葉を切る。

「・・・つまり、殺された・・・ってこと?」

 キセがそう言うと、死神はゆっくりと頷く。

「そう。医者に裏切られ妹は殺された。死なされたのか殺されたのか。この場合はどっちだっていい。重要なのは裏切られた事だ。魂使いになる方法ってのはな、三つある。一つは生まれながらの素質。二つは技術を高めて昇華する方法。そして三つ目がかなり少ない確立で、だが、あまりにその事実に深く関わりすぎた時。つまり外的な干渉が、その本人の内面的なものの本筋になってしまえばそいつは―――」

魂使いになる。

 つまり妹を裏切られたという事実に押しつぶされた木村はその時点で裏切りの魂使いへとなった。

「・・・そこからは察しの通り、だ。お前なら知ってるだろ?魂使いの危うさを。言葉の制御という側面でな」

「まさか・・・」

「そう。暴走したんだよ。木村の、魂使いとしての能力がな」

 その嫌な出来事に、嫌な奇蹟が、重なってしまった。

 暴走した能力の効果範囲内に偶然。理由は分からないがあいつが、ロキセがいた。

 そして、暴走した能力に与えられた命令をロキセは実行するしかなかった。

親しい人間を、裏切れ。

「そういう――事だったの」

 死神の説明を聞いて、あの人・・・ロキセの立場がだんだんと分かってくる。つまりあの人は。

「そう。どこまで行っても、被害者なのさ。本人に言ったら怒られそうだけどな」

 ああ。恐らくロキセ本人にそんな事を言ったら、私はお前たちに私を殺させるという事をした加害者だ、とかなんとか言うんだろうな。

 なんてことを思って、思わず笑みがこぼれる。

そうか私は、大事だったんだ。

 ただそれだけの事実で、キセは立ち直る。

「我ながら単純ね」

「全くです」

 ここぞとばかりに同調するゴロクに、キセはすこし唇を尖らせて反論する。

「なによう、あんただって人間になれるならずっとそのままでいいじゃない。なによ。本は湿気に弱いんです。なんていっちゃって」

「仕方ないでしょう?人間二人分のお金が貴方には稼げるとは思いませんし」

 ぐぬ。痛いところを突いてくる。

 そんな会話をしていると、死神が口を挟んだ。

「けれども、だ。木村のやつも今回の案件に関してただ悪だったわけじゃあねぇ」

「・・・?」

 突然の死神の言葉に、キセは首をかしげる。

「木村の野郎は今この時代に苦しくても、つらくても死ねないやつを、死なせてあげる事が目的で俺を使ってたんだ。実際お前の知っているあの少年も、三日後に脳梗塞で倒れて後日謎の幻覚、幻聴、引き裂かれるような痛みを持ちながらも、生きていくことになる。いや、生かされていくことになる。時代が変わって死ねなくなっちまったのさ」

「・・・だから、その前に安楽死を・・・って事?」

「・・・そう言うことだ。んで、どうするんだ?お前は今あの少年が苦しくても死ねないという運命にいるわけだ。さぁどうする?もう一度頼むか?俺に、死なせてやれ・・・って」

 鎌を手に、笑う死神だったが、キセは呆れたようなため息を吐いて立ち上がる。

「・・・そんな分かりやすい悪役なんてやらなくていいわよ。」

そう言って立ち上がるキセの表情は晴れやかだが、一人だけ険しい表情の人間がいた。

「・・・どうしたの?ゴロク」

キセがそう尋ねると、ゴロクは険しい目付きで死神を一瞥し、キセに言った。

「今の説明と今の出来事を照らし合わせてください。なにかおかしいと思いませんか?」

・・・おかしい?

「その裏切りの魂使いが妹を殺されたのと、今までタイムラグは何日ですかね」

「ロキセが死神と最初に戦ったのが・・・三ヶ月前だから、三ヶ月よね?」

 キセは死神に確認するように尋ねると、死神は頷く。

「なら現在まで三ヶ月の期間、たったそれだけで医者になれるものですか?それも臓器売買をされてしまうほどに無知なところから、です」

「そう・・・いえば・・・」

 先にも言ったように今は技術も何もかもが向上している。だからそれだけに今までの公務員試験とは比にならないレベルの学力と知識が必要とされるのだ。

 それをクリアしなければ主治医はおろか看護師すらも危うい。

「三ヶ月で、無理なのか?」

 世間知らずな死神が、キセに尋ねるとキセは顎にてを当てながら答える。

「平均的な一般人がどれだけ勉強すればいいか、っていうのはそうね・・・前見た限りでは確か六年だったはずよ」

「六年!?

「・・・ええ」

 驚く死神をよそに、キセはゴロクに目配せする。

 三ヶ月で入ることが出来るのならそれはまっとうな手段ではない。

 裏金という手も無いだろう。

 なにせこの信頼が厚い医療というジャンルだ。事故なんてものを起こせばすれば裏金の数百倍もの慰謝料が請求されるだろう。

百害あって、一利なしとはまさにこのことだ。

それならば、考えられるのは。

「外部的な圧力・・・ですね」

 ゴロクがふと漏らした言葉にキセは頭を抱える。

 まさに裏の裏というやつだ。

 まだ終わってなんかいなかった。

 死神の鎌は取れたものの悪魔の手が、まだ迫っていた。


****

「後3日、ね」

 少年の病室に引き上げた三人は顔を突き合わせて唸った。

「この年代の少年が脳梗塞になるほど怠惰な生活は今の時代無理よね」

 毎日の検尿で何か以上があればその日のメニューが強制的に決められてしまうこの世界で生活習慣病という単語は最早過去の言葉だった。

「だとしたら、魔的なもの・・・?この子には私のことが見えたんだしそういったものが効きやすいかもしれないわね」

 キセがそう言うと、死神が同意するように頷く。

「そういえばアンタ死の魂使いなんでしょ?その子の死因に関係することとかわからないの?」

 キセがそう尋ねたが、死神は首を横に降った。

「俺は死因がわかるだけで死因の原因がわかるわけじゃ無いんだ。首が折れて酸素が脳に届かなくて死ぬのはわかるがその原因が事故だということは分からないんだ・・・まぁ何かしらの魂使いの能力みたいなのは感じるけど俺のかもしれないしなんとも言えないな」

 つまり、これが魔的なものかと尋ねられてもわからないということか。

一旦脳梗塞というクッションを置いてしまえばそれ以前は分からないと言う事だ。

頭の中でそれだけまとめると、横で考え込んでいるゴロクに尋ねる。

「魂使いが人に攻撃を加える時って・・・」

 キセの言葉の途中でその先の言葉を予想したゴロクが頷く。

「ええ。普通は病気の魂使いでなければ病気などという面倒なワンクッションは置きません。先ほどのあなたのように剣で直接突き刺すとか、そういうことをやるでしょうね。なにせ自分の姿が人に見えないし魂使いという特殊な能力なのですから、完全犯罪じゃないほうが難しいですね」

・・・ふむ

チクリと心に何かが突き刺さるのを感じるが、それを無視して考えていると、死神が声を上げる。

「ちなみに言うが、病気の魂使いのしわざではないぜ。原因がどういうものによるかは詳細までわかるからな、能力に起因する病気ならそこまでわかるさ。病気そのものに魂使いの力が関わってるからな」

・・・ふむ・・と、すると・・・

「死神の存在を知っている人間ということになりますね」

 さらに言えば、木村が死んで死神が自由の身になり、こちら側につくと予想ができる人間だ。

「そこまで事情がわかってる人間っているの?」

キセがゴロクに尋ねると、ゴロクは嫌そうな目で死神を見ながら言った。

「いるじゃないですか。私と死神とロキセの友人であったあの腹黒魔法使い。カラドボルグの店主よ」

ゴロクがそう言うと、死神も心底嫌そうにため息を吐いた。

「あいつ、嫌いなんだよな・・・」


****

 そして、嫌がる死神とゴロクを引きずってカラドボルグという店の前にやってきた。

時刻は既に10時だが、朝三時にここにいたということはここで寝起きしてるんだろうし、この時間に寝てるということもあるまい。

 そんな推測からやってきたキセは店の前で大きめの声を張り上げる。

「たーのーもー!」

 キセがそう叫ぶのと間髪おかずに飛んできた石をぎりぎりの所でかわす。

「ったくうるせぇなぁ・・・何の用だよ?」

 タバコを吸って頭を掻く眼の前の人はとてもじゃないが女性とは思えない。

綺麗な顔立ちをしてるんだからしっかりと身だしなみを整えればちゃんと美人になるのに・・・

なんてことを考えながらキセは店長へ向けて口を開いた。

「貴方が、黒幕ですか?」

 余りにもストレートにキセがそう言うと、店長は一瞬動きを止めた後にお腹を抱えるほどに笑い転げた。

「くっ黒幕ってあれか、お前が言ってたあの件でか?」

 笑いをこらえて店長がキセに尋ね、キセが頷くと店長は再び笑い転げた。

「・・・だから嫌だったんですよ、このアバズレのところに来るなんて」

 ひたすらに笑い転げるだけで話が進まないのを見かねてか、ゴロクが口を尖らせて文句を言うと、途端に店長は笑うのをやめて真顔でゴロクへ向き直った。

「おお、いたのか紙。胸も能力もぺったぺたな紙みたいな奴」

店長の台詞に今度はキセが吹きそうになりながらも何とかこらえ、怒りで顔を赤くしているゴロクをなだめるが、死神が

「どこも外れてねーじゃねーか」

と余計な茶々を入れ、再び炎上。もうシリアスもへったくれもないそんな雰囲気の中で、以外にも店長が切り出した。

「で、私が黒幕ってのはどういう事だ?」

ジュボ、と新しいタバコに火をつけ、店長はキセにそう尋ねる。

「実は――――――」

カクカクシカジカ。この人相手には二回目だ。

 そうしてキセの説明を聞いておおよその事件の案件を聞いて、店長は一度頷いて口を開く。

「なるほど。それで私がその何らかの原因を作った人間だと、そう言いたいんだな?」

 フゥ、と煙を吐きながらそう尋ねる店長は世間の道を外れたような雰囲気を醸しだす。

ありていに言ってしまえば、怖い。

「・・・はい」

 キセがゴクリと唾を飲み込んでそう答えると、店長はしばらくの間をおいて答える。

「・・・まぁ外れちゃいないが、合ってもいない。半々ってところだな」

「・・・え?」

 店長の予想外の言葉にキセは思わず聞き返した。

「黒幕は私ではないが原因を作ったのはもしかしたら私かもしれない」

 原因を作ったのと黒幕が同一人物では、無い?

「どういう事ですか?」

 意味が分からずキセが尋ねる。

「そのままの意味さ。ひねて受け取ることもない」

 店長はそれだけ言うと店の奥へ引っ込み、いつぞやに見せてくれた短剣を取り出した。

「これは死を殺す短剣だって言ったよな?」

「お前それは――――!」

店長が説明し始めようとするのと同時に死神が口を挟んだが、店長が目だけでそれを制す。

「これは触った概念を殺すことが出来る。まぁこの短剣を出したのはモノの例えでな。なんでこの二・三年で急速に神が信仰されなくなったのか。そして宗教がいなくなったのか。さらに言えば神という単語すら消えてしまったのか。その原因はね、キセ」

 お前の母親だよ

「え・・・?」

この事実にはキセだけでなく死神や、ゴロクさえもが目を丸くした。

 この三年間での急速な神や霊といったオカルトへの弾圧。忘れようという風潮。

その原因が、キセの育ての母であるロキセだと店長は言ったのだ。

「お前の言霊使いという能力はその本に収めた単語を自由に操れることは、さすがに知ってるよな?」

店長が確認するように言うので頷いて肯定すると、店長は一度頷いて続けた。

「お前の二人目の母親が一人目の母親を殺してしまった原因は覚えてるな?」

 触れられたくない過去に触られ、キセは顔をしかめて頷く。

「宗教・・・です」

 キセの生みの親は宗教にはまり、キセすらも生贄として宗教に差し出そうとしたのを二人目の母親、つまりはロキセが止めに入り、その結果・・・いや、事故で一人目の母親が死んでしまったのだ。

それを人はロキセが一人目の母親を殺したというが、しかしそれは間違いだ。

キセはそのことに関して全くロキセに恨みを持っていない。

ゴロクも勘違いしてるだろうが、母親と認めたくなかったのは、ただ単純に彼女が母親と言わないでと言っていたからだった。

 さ、て。

事情説明はそこそこに、店長の続きの話だ。

「お前は一人目の母親が死んだときはな、ロキセを恨まずにまず何を恨んだか覚えてるか?」

 店長の言葉に覚えのないキセは首を振って否定する。

「神だよ」

 店長はそう言って少しの間をおいて、

「あとは察しの通りだ。神を恨んで恨んで自分を傷つけるほどに恨んでしまった自分の娘を助けるために、ロキセはまず何をしたと思う?」

 神を、殺したのさ。

 彼女のその言葉に、思わずキセは息を呑む。

神様を殺す。やろうと思えばできないことはないだろうが、それにしたって―――

「そんなことが出来るわけがない」

 キセの思考を先回りするように店長がそう言う。

「私達もそう思ったさ、そりゃあな。人間が神様を殺すなんてのは出来るわけがない」

 しかし現実に、神という単語はすぐに消されていった。

それを専門家は技術の進歩と関連付けていたが、それは違う。

「違うんだよ、技術が進んだから神様が居なくなったんじゃない。神様が居ないから、技術が進んだのさ」

 神に頼るなんていう考えが生まれないように、な。

「存在を消すってのはそういうことなんだぜ」

 信じられないような事実を突きつけられ、死神とキセはおろかゴロクまでもが絶句する。

「神様を消した当時はまだ分からなかったがね、一年後にわかったよ。急激に時代の進歩が進んだ。そして」

 過去が、変わったんだよ。

 いや、少し語弊があるかな。

「未来が、過去になったんだよ」

 意味がわからない。分からないことが多すぎてもう何がわからないのかも分からない程に。

「わっからないかな?技術の進歩という未来を、むりやり現在まで引っ張ってくるんだ。そこに歪が生じないわけがないだろ?」

 ああつまり・・・あの男の子も

「わかってきた顔だな?その男の子も見た目は子供だけどな、中の細胞とか老化具合はすべて、この世界の技術があってもおかしくない時代にあわせて老化してるのさ」

 一昨年は2012年。人間のクローンができて当然、VR技術もできて当然、さらには不治の病と言われた病気もあらかた治せるというこの時代だ、おそらく80年近くが経過してるだろう。つまり、2012年に中学1年生だったあの男の子も今は九十歳を超えているということになる。

脳梗塞に、不思議はない。

「だから、死神ちゃんが感じた脳梗塞の魔力ってのはそのことさ。時代のズレってやつだ」

 なるほどそれなら納得が・・・いや、ちょっとまって。

「じゃあ大人たちは?もう50かそこらの大人たちに影響が無いわけが・・・ああ・・・」

 思い立って口にしているうちに、自分で答えを導き出す。

先日男性が読んでいた新聞の大きな見出しの言葉。

二年前の、大量不自然死。

これが繋がるのか。

しかしそれにしても不思議が残る。今現在にも八十加えれば軽く百歳を超える人間がごまんと居そうなものなのに。

 そう思って店長に尋ねると、店長は呆れ顔で言った。

「だから言っただろ?すべての原因は神が居なくなったことに起因するって。二年前の大量不自然死は、神を信仰して身も心も捧げていた人間が居なくなったって話さ。神様に救われるどころか道連れにされてしまった、っていう事だな。皮肉な話だ」

 つまり、男の子の例で例えるのならあの子の話から察するに心を捧げるほどではないが神に祈りたくなるぐらいに病弱だった。

だからこそ人並みを知らない程に世間知らずで、彼の母親は神がいるわけがないと心の中では確信に近いものを持っていたから、影響を受けなかった。

つまり技術の革新はその後に神という単語が生まれなくするための、予防線。

「時代が予防線とは、また壮大な話ね」

 霊と言うたぐいの物が大量にあるこの世界に身を置くキセ達ですら、現実味を帯びていない話だった。

しかしそれを可能にしてしまうロキセは一体どれほどの力の持ち主だったのか。

「よく俺はあいつを殺せたな」

 呆れ顔でそう言う死神に、店長は笑う。

「だから、あいつはお前たちを殺して娘と生きるか、それともお前たちを生かして娘を殺すか、どっちも取れなかったのさ。どっちも大切だった。それこそ、神様なんていうもの以上に、ね」

「・・・なるほど」

 少し自慢げにそう言う店長の前で、また険しい顔のゴロク。

「その話から行くと、この一年でその神が死んだ効力が殆ど行き渡ったことになりますよね」

 ゴロクが確認するように店長に言うと店長は頷いて肯定する。

「つまり、信仰深い人以外の、影響される人の中では一番後の部類に含まれる男の子が死にそうになってるんだったら、もう全世界に行き渡ってると考えていいんじゃないか?」

 店長のその言葉を聞いて、ハッとする。

全世界に行き渡ったということは、男の子のような事例。

つまり若くして脳梗塞などの即死性の病が全世界の人間に行き渡るということだ。

つまり二年前の大量死の、二波目が来るということだろう。

さらに言えば、男の子のような世代、つまりゲームをしていた世代にはそこかしこに、神を暗示する作品が多数存在する。

それこそ、何かあるごとに神に祈りたくなるような人間が、ほとんどだろう。

「まずいですね、このままではフィクションに触れたことがある世代が―――――」

 一気に死にますよ。

 最後の一言は口にするのも恐ろしいとばかりに、視線だけでゴロクは三人に訴える。

またも出てくる新事実に、キセは頭を抱えるが、店長は不思議そうにキセに尋ねる。

「なんだお前、助けたいのか?」

 店長にそう言われて顔を上げたキセは少し悔しそうに唇をかんで答えた。

「せめて男の子だけは助けたかったんですがね・・・」

 キセがそう言うと、店長はふぅん、と言ってタバコを地面に投げ捨て足ですりつぶす。

「助ければ良いじゃん」

「え?」

「気づいてないようだから言っておくけどね魂使いってのは、死んだら効果が切れるもんだ。それなのに今まだ効果が切れてないってことはどういう意味かわかるか?」

 店長にそう言われもしかしたらという仮説を立ててみるが、しかしロキセは目の前で、死んだ。

「魂だけが生きている?」

 不意に背後でゴロクがそうつぶやいたのを聞いて、魂使いというのは自分の魂を使って能力を使うという前提を思い出す。

つまりは肉体が死んでも魂さえ生きているのなら、魂使いの定義で言うのなら、まだ生きていると言う事だ。

しかし同時にそれが意味するのは。

 ロキセに止めを刺す他に三日後に訪れるであろう大量死は免れないと言う事だ。

その事実に気づいたキセは、あまりの世界という理不尽さにため息を吐いて座り込む。

「嘘でしょ・・・」

 実は生きている。

嬉しいはずのこのニュースが、辛いものになるとは予想も出来なかった。


タイムリミット――ー後2日


****

 翌朝、ホテルにて。

「大丈夫よ、なんとかなるわ」

 自己暗示のようにそう繰り返すキセに、ゴロクは声もかけられず押し黙る。

私がついていながら、こんなことになるとは。

 唇を噛んで悔やむゴロクをよそに、大丈夫、大丈夫と何度か繰り返したキセは突然立ち上がって口を開いた。

「じゃあ、やろう。良いね?」

 そう言って、死神にも同意を求めようと窓際に立っている死神を見やると死神は何故か、鎌を構えて立っていた。

「悪いけど、俺は反対だ」

「・・・なんでって・・・聞いていいかしら」

「悪いが、それもダメだな」

 死神がそう言った次の瞬間、窓が付いている壁ごと、死神が視界から吹き飛んだ。

「・・・躾がなってなかったわね」

 そんな物騒なことをつぶやく犯人は、ゴロクだった。パッパッと土の付いた拳を払うと、ゴロクはこちらへ顔を向けて微笑んで言った。

「ちょっと出来の悪いあいつの躾やってきます」

 それだけ言うと、彼女は壁から飛び降りてどこかへと行ってしまった。

残されたのは、どこからか金属が砕ける音が耳に入るのを聞くだけで頭の回転が止まっているキセだけだった。

「え、えええええ・・・」

 なんという超展開。

さ・・・て・・・。

一呼吸置き、この部屋の惨状を見渡してキセは一度ため息を吐き、言った。

逃げるか。

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