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佳奈

五月へ


 返事が遅れてごめんなさい。あなたからの手紙、届いたその日にちゃんと読んでたのに、なかなか返事ができませんでした。それに、そっちも大変な時なのに、手紙を送るのはなんだか気が引けてしまって。


 姉が死んで一カ月半が経ちましたが、今でも気持ちの整理がつかないままでいます。


 姉には、自分の部屋というものがありませんでした。私と共同の部屋で生活しており、姉の私物は必要最低限でした。私の物ばかりが散乱し自己主張する部屋で、姉はいつも静かに笑っていたことを思い出します。

 だからドラマのように、あるじを失った部屋にぽっかりと空白ができる、ということはありませんでした。


 ただ、私の心には、ぽっかりと穴が開いてしまったようでした。



 三か月前、姉と大樹君が付き合いだしたと聞いた時、両親も私も反対しませんでした。大樹君のことは子供のころから知っていましたし、姉とはずっと『仲が良かった』ことにも私は気付いていました。いじめられっ子だろうがなんだろうが、大樹君は良い子だ。美奈にぴったりだ、というのが両親の口癖でした。もしかしたら両親は、姉が早く結婚することを願っていたのかもしれません。あの子ももう二十五歳なのだから、というのもよく言っていましたから。

 両親の今の口癖は、あんな事件が起こるのならば、交際なんて反対すればよかった、です。


 けれど事件が起きた今、私が思うのは、大樹君の事はおろか、姉の事だって何も知らなかったのだということです。


 姉がいなくなった今では、どうして姉が殺されたのか見当もつきません。それは逆に言うと、姉の事を何も知らなかったんじゃないか、と思うのです。

 姉はよく、部屋でパソコンのキーボードを叩いていました。私はというと、ネット検索するにしても携帯で済ませるタイプでしたので、そのパソコンにはほとんど触れたことがありません。ですから、姉があの時何をしていたのか、結局分からずじまいです。姉がいなくなってから履歴を確認しましたが、そのほとんどが消去されているようでした。


 ブログでもやっていたのかもしれませんし、誰かにメールしていたのかもしれません。読書好きだった姉なら、小説を執筆していた可能性もあります。どんな形でも、姉の綴ったものを見てみたかった。そのくらい、私は姉の事を知りませんでした。


 大樹君の事だって、知らないに近い状態だと思います。せいぜい、子供のころに遊んだ時の印象が残ってるくらいです。ですが、その時はとても優しかったことを覚えています。



 ただ、やはり私からすれば、姉の方に原因があったとは思えないのです。

 確かに私は、姉の事をよく知りません。けれどもしも姉が、私の知らないところで何かをしていたのだとしても、それが『こんな事件に巻き込まれるほどの何か』だったのだとは思えないのです。


 もちろん、大樹君の事だって、簡単にこのような事件を起こす人間だとは思っていません。

 ただ、大樹君が姉を殺したのだという事実は、本人の自白と状況証拠からみても明らかです。



 五月の手紙の冒頭に、「犯罪者の人権は考えるな、刑務所は地獄にしてしまえ」という話をしていた、と書かれていましたね。


 五月からの手紙では抜けていましたが、『殺人犯は被害者――自分が殺した相手と同じ方法で死ねばいい。首を絞めて殺したのなら絞首、相手を散々痛めつけたうえで殺したのなら痛めつけられて殺されればいい。殺した後でバラバラにしたのなら、自分だって殺された後はバラバラにされてしまえばいいんだ』……と話したこともよく覚えています。


 犯人が見ず知らずの人間だったら、そう思っていたかも知れません。

 ただ、大樹君に対してそう思っていたのかと訊かれると、正直複雑でした。


 もう二度と大樹君には会いたくない、とは思っていました。どれだけ謝罪されたって、姉は返ってこないですから。大樹君の顔を見るだけで負の感情を抱いてしまいそうで、だからもう会いたくない、と思っていました。

 だからといって昔のように、「人権も何もない地獄で懺悔しろ」「同じ方法で殺されてしまえ」とまでは考えていませんでした。



 ですから、独房にいた大樹君が服で首を絞めて自殺する、そんな結果は求めていませんでした。



 テレビではひっきりなしに放送され、問題視されていましたね。管理体制がなってなかったのだとか、マニュアルそのものに問題があるのだとか。テレビの論点は私の問題とはズレていて、そのせいで非現実的でした。

 自分の姉を殺した犯人が死んだ。私にとっては管理体制云々より、そちらの方が重大でした。


 テレビの取材陣がうちに押しかけてきて、今の心境をお聞かせくださいだのなんだのと言ってきたこともありました。

 何も言えませんでした。ただ何故か、憤りのようなものだけがありました。


 大樹君の事を許したわけではありませんし、許せるとも思っていませんでした。

 ただ、生きて償ってほしかった。



 こんなことになった今、五月が何を考え何を思っているのか、私には想像もできません。

 誰がはじまりで何が問題だったのか、それだって分かりません。

 ただ、私達が昔のように親友でいることはもう難しいんだろうな、と思っています。

 五月が姉を殺したわけでもないし、私が大樹君を殺したわけでもないのに、大きな亀裂が入ったように感じてしまうんです。

 だからきっともう、こうして手紙を送るのもこれが最後になるんじゃないかと思っています。



 ただ、最後にお願いがあります。


 五月の手紙の最後に、姉に謝りたいとありました。

 ぜひそうしてください。姉も私も、きっとそれを望んでいます。



 そして叶うのなら、私も大樹君に会わせてください。

 それが、大樹君の友達としての、そして姉の遺族である私の望みです。



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