あなたに捧げる精歌《せいか》
精霊は歌が好きだ。
人と精霊とが身近なこの世界で、人が精霊にものを頼む時は歌を捧げる。
歌を歌い精霊を呼ぶ、その歌に惹かれ寄ってきた精霊と契約を交わすのだ。
契約された歌はその精霊だけのものになり、以来その歌で契約時と同じ事をしてくれるようになる。
この世界の人は精霊との契約の歌を精歌と言う。
あたしがその事を知ったのは、この世界に飛ばされて途方に暮れていた時だ。
心細くて寂しくて、わけのわからないまま泣いていたあたしは森の出口を探しながら、元気を出すために大好きな男性二人組のアーティストの曲を歌っていた。
力強いメロディーラインとセクシーボイスがヒットしてオリコン一位をしばらく独占していたその曲。
歌っているうちに、力強く歌う彼らのパワーを分けてもらえたような気持ちになった。
そこに偉そうな声が頭上から降ってきたのだ。
文字通り頭上から。
「変わった歌だな。お陰で目が醒めちまったぞ」
浅黒い肌の見た目二十代中頃の青年はふよふよと浮きながらあたしを見下ろしニヤリと笑う。
古代ギリシャの彫刻にあるような白い服装。長い長い白髪があたしを覆うように漂っていた。
いきなりの出来事に涙も引っ込んだ。
それ以来、精霊の彼――白雨――はあたしのこの世界では独創的すぎる歌(実際にはあたしの世界の音楽に長けた人たちが魂を込めて作った歌なんだけどね)を気に入り、一緒に旅をしてくれている。
『白雨』と名付けたのはあたしだ。精霊はもともと名前が無いらしいので、出会った時に降っていたにわか雨からそのまま名付けた。
自分で名付けておいてなんだが、真っ白な髪の毛と金の目に、似合ってるんだか似合っていないんだか……。
彼がなんの精霊かはまだ教えてもらっていない。聞いても意味有りげにニヤニヤ笑うだけだ。
それでも、青年の姿になったり少年の姿になったり、顔の構造自体は変わらないが、雰囲気がコロコロ変わる彼と一緒にいるのは楽しい。
時にはこの世界で生きていく知恵を、時には元の世界に戻るための知識を知っていそうな人の紹介を、歌を報酬に提供してくれるのだ。
旅をしていくうちに精歌のしくみや彼の歌の好みも分かってきたつもりだ。
男性ボーカルの歌も好きだが、こてこてのアイドルの曲も好きらしい。
精歌になるのは一番最初に歌った曲。
たとえ最初に歌った曲の歌詞が間違えていたとしても、今後の精歌はその間違った歌詞でしか発動しない。
精歌として間違っていても最後まで歌わす白雨。歌い終わった後にリテイクを食らうのはムカっとくるけどね!
でも、あたしが歌っている時は心地よさそうに、幸せそうにあたしの歌を聞くのだ。
「あー、なんかお腹空いたね。ねえ白雨、食べ物のある場所へ案内してくれない?」
「そう思うんだったら歌をよこせや!」
今日の白雨は少年姿だ。甲高い声が生意気な言葉に合っていて可愛らしい。
「はぁ、白雨にも無償労働やボランティアの素晴らしさ目覚めて欲しいわ」
言いながらも新曲披露の準備に取りかかる。
背筋を伸ばして空気を思っい切り吸い込み、腹の底から声を出して歌う。
身近すぎる存在を好きになっちゃった女の子の切ない恋の歌が森に響く。
白雨は知らない。
最近のあたしの歌が完全オリジナルであることに。
『いいかげん気付きやがれ!』
そう思いながら今日もあたしは彼に捧げる愛の歌を歌う。
田舎へ帰る高速バスの中で書き上げた短短編です。
眠っていた太古の精霊と異邦人の女の子の話。