序章 火の粉
心臓が、…鼓動が、少しだけ早かった。
しかし死の直前は、想い描いていた程特別な空間ではなく、一歩現実世界からはみだすくらいにしか思えなかった。大混雑の中、私達は
心臓が、…鼓動が、少しだけ早かった。
しかし死の直前は、想い描いていた程特別な空間ではなく、一歩現実世界からはみだすくらいにしか思えなかった。
私は今、ホテルの3階。
落ちたらまず、助からない。
家族と離れてしまったのか、逃げ遅れた男の子を、毛布や座布団で厳重に包み、胸にしっかりと抱いて、窓辺に立っている。
部屋には煙が入ってきて、火も、遠くないだろう。
消防車の音は、遠くで聞こえる。
助けが来る前に、煙か火に殺られてしまうだろう。
確かな、死の予感。
けれど、それは私の望んでた事。
ヒーローを気取って死ねるこの状況は、私にとってこれ以上ない幸せな運命なのだ。
(………煌。良かったね。
これで、この世界から解放されるんだよ……。)
私は、もう少し窓の近くに歩み寄った。
火は直ぐそこ。
燃える音も、何かが崩れる音も、良く聞こえる。
「ママ…」
男の子が、か細い声でそう言ったのが聞こえた。泣いたせいで目が赤く腫れている。
「男の子なんだから、泣かないの。もうすぐママにも会えるから。」
「うん…、」
「大丈夫だから。ちゃんと、じっとしててね。」
「うん、」
「ママの声が聞こえるまで、目、開けちゃ、ダメだからね?」
「うん、」
「じゃあ……、目…つむって、…」
男の子は、言われた通りに、静かに目を閉じた。
私は、深く息を吸い、
小さく吐き出すと同時に、まどの冊子から足を離した。
体は、綺麗に 宙に舞った。
私は、出来るだけ男の子が地面の衝撃を受けないように、仰向けになる様にしながら落ちた。
落ちた衝撃は、
覚えてない。
これが、
即死と言うのだろう。
私は、魂だけになった後で、そう思った。