君のいない部屋
『記憶喪失少女は、それでも生きていく』番外編。
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晩ご飯の時間になると、ありがたいことに、鳥かごの中ではなく、
あずかが俺を食堂まで連れていってくれた。
食卓の一角に、小さな布団があり、俺はそこへ座らされた。
目の前には——
花柄の餌入れ。
花柄の水入れ。
……はぁ。
俺は意を決して、その容器の中のご飯を食べ始めた。
ご飯は……まずかった。
……硬い穀物ばかりだ。
ジルやマーティス、ファビアンがここにいなくて、本当によかった。
でなきゃ、絶対に笑われる。
食堂には、あずかの両親と兄もいた。
会話は、ほとんど俺のことばかりだった。
「ソラはね、すごく頭がいいよ。私が話したこと、わかったみたいに頷いたりするの!」
あずかは俺の近くの席で、ご飯を口に運びながら話した。
「へぇー、じゃあ、何か言ってみろよ」
兄が面白そうに言った。
あずかは俺に顔を向けた。
「この四人の中で、誰が一番かわいい?」
……聞くまでもない。
俺はあずかを見つめた。
「あずかだ」
「ほらね!私だって言ってるよ!」
あずかの両親は顔を見合わせ、くすっと笑った。
「勝手に鳥の鳴き声を訳すな」
兄は鼻で笑った。
「じゃあ、ご飯、おいしい?」
あずかは俺に尋ねた。
……すげぇまずい。
それでも、俺は仕方なく首を縦に振った。
「ほらね!」
「タイミング良すぎだろ!」
兄はゲラゲラ笑った。
「こんな頭いい鳥、テレビに出れそうだな」
あずかの父親はそう言った。
……てれび、は何だろうか。
「だめ!ソラは私のだよ!」
……楽しい食卓だな。
あずかも、あずかの家族も、温かい人たちだ。
気付けば、俺は羽を震わせがらあずかの家族の会話を聞いていた。
この世界には魔法はないと、文献にはそう記されていた。
けれど、実際は違うのではないかと思い始めていた。
夕食の後、あずかは俺を抱きながら、四角い箱を見ていた。
その箱の中では、人間たちが喋っていた。
俺はできるだけ、その箱へ近づいてみた。
だが、特に魔力を感じない。
ときどき、あずかは小さな道具を手に取り、指で何かを操作していた。
そして、ときどき、その道具を耳に当て、誰もいないのに、一人で話し始めたりもした。
後になって知ったことだが、あずかは友達と話していたらしい。
……いつの間に?
……俺の世界と違う種類の魔法か、何かなのだろうか。
……異界とは、まったく意味の分からない世界だった。
あずかは明るくて、おしゃべりな子だ。
あずかと一緒にいると、退屈なんてなかった。
寝る前、あずかは俺を……
というより俺が入っていた鳥かごをベッドの隣に移動させた。
寝室の電気を消し、ベッドにもぐりこんだあずかは、それでも俺に話しかけ続けた。
「昨日ね、ソラを飼うことになったから、友達にいろいろ話したの。
気づいたら、真夜中だったんだよね。
だから、今朝寝坊しちゃったの」
あずかは何度も欠伸をしていたが、寝ようとしなかった。
「明日、めいりちゃんがここに来るんだよ。ソラを見に来たいんだって。
ソラが珍しい、黄色い鳥だって話したら、『見たい!』って言ってたの……
ソラに……私の友達を紹介するね……」
気づけば、あずかの声は止まっていた。
どうやら、我慢の限界らしい。
あずかが眠かったせいか、鳥かごの扉をきちんと閉めていなかった。
俺が翼でそっと扉をつつくと、ふわりと開いた。
俺は鳥かごを出て、あずかの枕元へ歩いていった。
しばらくあずかの寝顔を眺めたあと、俺はあずかの額へそっと口づけた。
「お休み」
翌朝。
あずかとの生活の三日目。
俺は目を覚ました。
あずかはまだ気持ちよさそうに眠っていた。
……しかし。
——ピリリリリッ!
俺が鳥かごの中であずかを眺めていると、突然、小さな道具から甲高い音が鳴り響いた。
全身の羽が逆立った。
「なんだ!敵か!?」
そう思った瞬間——
あずかは寝返りを打ちながら、顔を布団に埋めたまま、手探りで音を止めた。
そして、再び布団へ潜り込んだ。
部屋は静まり返った。
……だが、あずかは起きない。
しばらくすると、
——ピリリリリッ!
また、あの道具が鳴り始めた。
あずかは眠そうに手を伸ばし、再び音を止めた。
それを何度も繰り返していた。
……寝坊か。
どうやら、あの道具はあずかを起こそうとしているらしい。
見慣れない光景に、俺は小さく体を震わせた。
……あずかは、自然で可愛らしい。
そして、ようやく、あずかはゆっくり起き上がった。
ベッドの上で、ぼんやりと座り込んだ。
「……ソラ……おはよ……」
あずかは欠伸をしながら、俺へ顔を向けた。
「あずか、おはよう」
俺は挨拶を返した。
……もし。
……もし、できることなら。
ずっと、こんなふうにあずかと一緒に過ごしたい。
俺はすぐに首を振った。
馬鹿馬鹿しい。
傷が治れば、俺はここを出て、任務へ戻らなければならない。
ずっとこの世界にいられるわけがない。
俺には、果たすべき役目がある。
……メイソン伯爵家の後継として、生きなければならない。
そう思うと、なぜか胸の奥がぎゅっと握りしめられた。
……あずか。
「じゃあ、ソラ。行ってくるね!」
あずかは、俺の前だというのに、相変わらず平然と服を脱いだ。
……まったく。
男がいるのだから、少しは警戒してほしい。
……こんな姿でも、俺は男なんだぞ。
着替え終えたあずかは、いつもの可愛らしい笑みを浮かべながら、俺の頭を優しく撫でた。
そして、そのまま部屋を出ていった。
これから、学園へ行くらしい。
その制服も、あずかによく似合っていて可愛らしかった。
あずかは十四歳で、今は『ちゅうがくにねんせい』。
俺の世界なら、そろそろ働き始めてもおかしくない年齢だ。
俺は十六歳で騎士団に入団した。
だから、あずかもきっともうすぐ働き始めるのだろう。
俺は鳥かごを出て、左の翼だけで何とか窓際まで飛んでいった。
あずかの父親、兄、そしてあずかは、ちょうど乗り物に乗り込むところだった。
やはり、あの乗り物は異様に速い。
走り出した瞬間、すぐに俺の視界から消えていった。
あの乗り物からは、まったく魔力を感じない。
どうやって動かしているのだろうか。
……あずか。
……学園は、いつ終わるのだろう。
あずかのいない部屋は、静かすぎてつまらない。
やることなく、俺はあずかの部屋を探索した。
本棚には、書物がぎっしり並んでいる。
異界の言葉は聞き取れるが、文字までは読めない。
どんなことが書かれているのか、少し気になった。
……あずかはどんなことに、興味があるのだろう。
本棚の周りには、小さな絵がたくさん飾られていた。
そこには、あずかの姿もあった。
まるで、本物のあずかが、そのまま絵の中へ閉じ込められているようだった。
異界の絵描き師は恐ろしい技術を持っている。
俺の世界の絵描き師では、とても真似できない。
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