泣くより鳥かご
『記憶喪失少女は、それでも生きていく』番外編。
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しばらくすると、頭の奥に静かな感覚が流れ込んできた。
水面が揺れるような、不思議な感覚。
『迎えにいく。じっとしていろ』
ジルからの伝言だった。
だが、今の俺では戻っても任務を遂行できない。
むしろ、足手まといになるだけだ。
今の状態で飛び回れば、途中で落ちる危険もある。
この家で治療したほうが安全なはずだ。
鳥の姿なら、完治まで五日ほどかかる見込み。
イリアス隊長たちに伝えるように、俺はジルへ頼んだ。
しばらくすると、再びジルから連絡が届いた。
「了解。気をつけろ」
短い返事だった。
すぐ戻ると言っていたが、あずかはなかなか戻ってこない。
俺は、あずかが準備してくれた水と、細かく切られた野菜を食べていた。
……まずい。
というより、まったく味がしない。
……食べないよりマシか。
太陽が傾いた頃、窓の外から話し声が聞こえた。
……あずかの声だ。
さっきまで胸の奥にあった寂しさが、ふっと軽くなる。
……やっと戻ってきたのか。
……まさか、俺は本当は寂しがり屋……なわけないだろうな。
——タタタタッ!
こちらへ駆けてくる足音が聞こえた。
——ガチャ。
「ソラ!お待たせ!」
あずかは両手いっぱいに荷物を抱えていた。
床に荷物を置くと、俺のそばへやってきた。
「ソラのためにいっぱい買っちゃった〜!」
あずかは嬉しそうに俺の頭を撫でた。
「寂しかった?大丈夫?」
俺は首を縦に振り——かけて、慌てて横に振った。
……俺は、別に寂しくない。
「今……首を縦に振ろうとしてた?」
あずかは首を傾げた。
「まあ、気のせいか」
あずかはもう一度俺の頭を撫でてから、荷物を袋から取り出し始めた。
俺はあずかの荷物へ目を向けた。
大きな黄色の檻。
何かの袋。
複数の小さな容器。
木の棒。
音の鳴る丸い球。
小さな椅子のような形のもの。
……これが合わさったら、どんなものになるだろう。
まったく想像がつかない。
「今、組み立てるから、ちょっと待っててね!」
そう言うと、あずかは荷物の前に座り込み、真剣な顔で組み立て始めた。
「ソラ、見て!このお皿、可愛いでしょう?」
あずかは嬉しそうに皿を見せてきた。
黄色い花柄の小さな容器だった。
「すごくソラに合うと思わない?私ね、これを見た瞬間、『絶対これ!』って思ったの。
ソラの晩ご飯、楽しみだね!」
……晩ご飯?
……な、なぜ、晩ご飯?
晩ご飯と、あの花柄の容器に何の関係があるんだ?
嫌な予感がした。
そして、組み立てが終わった。
……少し大きめの鳥かごだった。
鳥の姿の俺でも、十分飛び回れそうな大きさだ。
……うぅっ……。
……まさか、この俺があの鳥かごに?
この俺が?
俺は、メイソン伯爵家の次期当主だぞ?
しかも、鏡までついている。
そっと鏡を見ると、そこには黄色い鳥の姿が映っていた。
……くそ。
あずかには、俺がこんなふうに見えているのか。
……最悪。
……なぜ、もっと男らしい姿にならなかったんだ?
「ソラ〜、新しいおうちができたよ〜。入って入って〜」
あずかはそっと俺を持ち上げ、鳥かごに入れようとした。
……勘弁してほしい。
俺は全力で左の翼をばたつかせ、あずかの手から逃れようとした。
「はいはい。いい子にしてね〜。おうちに入ろうね〜」
あずかはそう言いながら、逃げないよう優しく俺を包み込み、そのまま鳥かごへ運ぼうとした。
……なんて呑気な子なんだ?
俺はさらに翼をばたつかせた。
すると、あずかは目を見開き、俺を見つめた。
「……もしかして、気に入らなかった……?この色、好きじゃなかったの?」
あずかは肩を落とし、唇をきゅっと結んだ。
今にも泣きそうな顔だった。
……うぅっ。
な、泣くな。
泣きたいのは、俺のほうだぞ。
「……わ、わかった……入るから、泣くな……」
当然、俺の鳴き声など伝わらない。
俺は諦めて、大人しく鳥かごへ踏み込んだ。
派手な黄色の花柄の餌入れ。
同じ色の水入れ。
止まり木。
鏡。
空中に浮いた椅子。
鳥かごの扉についた鈴。
……何とも言えない複雑な気分だった。
「……入ったから、泣くな」
俺はそう言った。
あずかには、鳥の鳴き声にしか聞こえないだろうが。
あずかは目をぱちぱちさせた。
「……鳥かご、嫌じゃなかったの?」
……すげぇ嫌だ。
でも、あずかが泣くよりマシだ。
俺は小さく首を横に振った。
「……気に入ってくれてよかった〜。ずっと一緒にいようね〜」
あずかは満面の笑みで俺の頭を撫でた。
なぜか、胸がぎゅっと締め付けられた。
……本当に、ずっとあずかのそばにいたいと思ってしまった。
晩ご飯までの時間、あずかは本を取り出し、机に向かった。
あずかは鳥かごをベッドの隣の椅子に置いていた。
ここからだと、あまりあずかの顔を見れない。
俺は鳥かごから出て、あずかの足元まで歩いた。
「あれ?どうしたの?」
あずかは俺を持ち上げた。
「もしかして、寂しかった?」
そう言いながら、俺の頭を優しく撫でた。
「明日の授業の予習なの。ちょっと待っててね。後で一緒に遊ぼうね~」
そう言うと、俺を机の上に座らせた。
あずかは俺の頭を撫で、小さな道具の表面を指でなぞった。
すると、そこから音楽が流れ始めた。
……え?
あれほど小さいところに、人間や楽器が入っていたとは思えない。
それなのに、なぜあんなところから音楽が流れる?
音楽とは、演劇場で聴くものではないのか?
……まったく理解できない。
あずかは音楽を聴きながら、小さく頭を揺らして勉強していた。
だが、机へ向かったあずかの表情は真面目だった。
……呑気な子だが、真面目な子なんだな。
俺は机の上から、すぐそばにいるあずかを眺め続けていた。
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