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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

月桂樹

作者: 平社員
掲載日:2026/02/23

満月の夜、月桂樹の下で


私は密かに恋心を抱いていた幼馴染の女を呼び出して、自分が抱いていた想いをありのままに伝えた。


彼女は驚いた表情をしたが、頬を微かに紅潮させて、首を縦に振った。


そして、付け加えるように薄紅色の唇から言葉を紡ぎ出す。


「誓ってくださいませ。どうか、別の女子と関わりを持たぬよう」


何を言うか。10年越し想い続けた彼女を裏切るなど、私にできるはずがない。


私は言った。お前以外に心奪われぬと。


月桂樹の下で、熱い口付けを交わしながら。


ーーーーーーーーーーーーーーー


10年後


告白をしてから3年後、私は彼女と婚姻を結び、その翌年には男の子が誕生した。


そしてすぐに国から我が家に徴兵の文が届き、

私は妻と子供に別れを告げ、戦地へと向かうことになった。


それは数年続いている大きな戦争であり、共に徴兵された私の長年の友人と叔父が戦場の露へと消えた。


戦争が始まってから10年が経過した今も、私は銃を取り国のために戦う日々を送っていた。


最初は人を殺すと罪悪感に苛まれどうにかなってしまいそうであったが、次第にその感情は薄れていき、道端の虫を潰すのと変わらない感覚と化していた。



ーーーーーーーーーーーーー


ある日、私は1人の敵兵を銃殺した。


金目の物はないかと遺品を探ると、彼の首に金のブローチがかかっているのに気がついた。


興味本位で覗いてみると、そこには敵兵とその妻、彼の子供であろう女児の写真があった。


私は自分の体から生暖かい汗が噴き出るのに気付いて、胸を抑えて動悸を鎮めようとした。


ああ、私の家族は何をしているだろうか。

あの子はどんな顔をしていたか、何が好きだったのか。もうすっかり忘れてしまった。


帰ろう。家族の元へ。

家族を連れて、どこか遠い所に逃げよう。


ーーーーーーーーーーーー


私は軍を脱走したが、運良く見つかることはなく、流れに流れてとある村へと辿り着いた。


そこで私はある女性に介抱され、気が付けば彼女と一夜を共にする仲となっていた。


どうしてこうなったのかは分からない。

ただ、家族の元へ帰ろうと言う気はこれっぽっちもなくなっていた自身の薄情さが情けなかった。


私は彼女と婚姻を結び、子供こそ出来なかったが束の間の平穏な日々を過ごすこととなった。


ーーーーーーーーーーーーー




俺に父親はいなかった。


いや、覚えていないというのが正しいのだろう。


母からは、父はお前が赤子の頃戦場に行ったっきり戻って来ないと伝えられた。

どこかでのたれ死んだか、今も戦場で戦い続けているか。

父のことは縁も縁もない他人のことを聞いているように思えて、ひどく退屈であった。


結局、母は父がまだ生きていると信じて、再婚をすることはなく流行病で亡くなった。


馬鹿な女だ。と心から思った。

母が亡くなったとき涙は出たのだが、どこか非情になっている自分もいた。


俺が父ならどこかで女を作っているだろう。

街中で声をかけ、一夜を共にした女を横に侍りながら、俺はふと父のことを思い浮かべた。



ーーーーーーーーーーー


父が戦場に向かってから20年。

戦争は終わり、勝利した我が軍は国に戻ってきたが、そこに俺の父親はいなかったようだ。


別に何も思うことはない。

あちらも20年前に別れた息子のことなど、もう覚えてはいないだろう。


たまたま父の知り合いである兵士と話す機会があったが、父は軍を脱走して捕まらなかったのだと彼が自慢気に喋っているのが少し不快であった。


ーーーーーーー


10年後


俺は女と婚約を結び、子供を授かった。


そのすぐ後に国から徴兵の文が届き、

父もこのような気持ちだったのだろうかと思いながら、俺は戦場へと向かった。


妻のため、子供のために戦場で生き残り、無事に生還する。


かつての俺ならそうは思わなかっただろうが、今は違う。


早く戦争が終わることを願いながら、俺は銃を取り、敵兵を出会い頭に殺害していった。



ーーーーーーーーーーーー


ある敵兵を殺害した。


白髪混じりの髪と髭を生やした、初老であろう男で、どこか他人だとは思えない雰囲気を醸し出していた。


まさかな。

俺はそう心に呟いた。


ここ最近、どうも父のことを考える機会が増えた気がする。


この前は夢に出てきて、子供を連れて父の家に遊びに行く夢まで見てしまった。


笑える話だ。

そう考えている間に、俺の体は流れ弾に当たって地に伏していた。


嫌だ。

腹から噴き出す血を抑え、朦朧とする意識の中で強く思った。

戦場から戻って家族に会うんだ。

妻に、子供に会うんだ。

母さんの墓参りに行くんだ。

行方不明の父さんを探すんだ。


「トナーよ」


先ほど殺したはずの男が、血塗れで息絶え絶えに俺の名前を呼んだ。

なぜ知っている。この男が、俺の名前を。


「我が息子よ。すまない」

「……あんたが、俺の父親なのか」

「すぐ分かったよ。ゲホッ! お前の顔は、母さんにそっくりだったから」

「死んだよ。流行病で」

「……そうか。そうか」


男はどこか他人事のように呟いた。

この男はもう母さんを愛していないのだろうと思ったが、不思議と怒りは湧いて来なかった。


「これは天罰だな。俺も、あんたも」

「最早悔いなどない。私の人生は幸せだった」

男は血塗れの手を俺の方に伸ばした。


「最後にお前の顔を見れて、良かった」


そう言って、男は完全に動かなくなった。


何て身勝手な男であろう。

母さんをあんな辛い目に合わせておいて、

自分はのうのうと第二の人生を過ごしていたのか。


だが、最後に会えて良かった。

本当はずっと父親という存在に憧れていた。

近所の子供が父親と歩いているのを見て、俺もいつかああなりないと強く思っていた。


「さようなら。来世で会おう。父さん」


ーーーーーーーーー


あんなに体が痛かったのに、今は夢の中にいるかのように心地いい。


血生臭い戦場の匂いもなく、代わりに清涼感のある香りが俺の鼻腔を貫いた。


ここはどこであろう。

俺は死んだのだろうか。あんなに重かった体が嘘のように軽い。


「おーい。トナー!」


どこからか俺の名を呼ぶ声が聞こえたかと思うと、月桂樹の樹の下で父と母が俺に手を振っていた。


「はーい!」


俺は両手を思い切り振りながら、月桂樹の元まで走った。









                   完

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