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第1話

 大河ドラマの影響を受けすぎ、と言われそうですが。


 この際、本能寺の変が無かったら、織田政権が長く続いたのか。

 又、豊臣政権が長く続く可能性はあったのか。

 私なりに考えてみました。

 私の好きな歴史学者の一人、呉座勇一氏が大河ドラマに合わせたのでしょうが、「真説 豊臣兄弟とその一族」という書籍を、幻冬舎新書から出版されたことから、それに目を通しました。

 この書籍自体の感想については、読書メーターで改めて書くつもりですが。

 この際に、織田・豊臣政権の存続可能性について、私なりに考えてみます。


 織田政権、と敢えて呼称しますが。

 それこそ「本能寺の変」で、せめて織田信長、織田信忠が共に死ななければ、織田政権が日本を統一して、新たな日本政府(?)を樹立したのは間違いない、と私は考えます。

 それでは、その織田政権は永きに亘って、日本政府で存続できたでしょうか?


 更に言えば、豊臣政権、と私は呼称しますが。

 秀吉の死後、何故に豊臣政権は日本政府からすべり落ちることになり、徳川幕府が新たな日本政府(?)になってしまったのでしょうか。

 更に言えば、豊臣家は何故に滅んでしまったのでしょうか。


 この辺り、その人それぞれに考えがあり、百家争鳴になるのが当然です。

 だから、あくまでも私見ということで、そう熱くならないように切に願いますが。

 

 私としては、「本能寺の変」が無ければ織田政権が日本を統一は出来たかもしれないが、それが長期に亘って続いたとは考えにくい。

 更に言えば、豊臣政権というか、豊臣家の滅亡は必然に近かった気がしてなりません。


 何故に、私がそう考えるのか、というと。

 人間というのは、成功体験にすがりがちに、どうしてもなるからです。

 そして、一度の失敗で懲りれば良いのですが、そう簡単には懲りず、失敗を繰り返しがちなのが、人間の現実としか、言いようが無い気が、私はしてならないからです。


 まず、織田政権、織田家について、私なりの考えを言います。

 織田家ですが、織田家自身は、それなりに古い家柄になります。

 複数の説がありますが、古代の忌部氏の末裔というのが、私としては信憑性が高いです。

 そして、室町幕府の三管領家の一つ、斯波家の守護代を務める家柄に織田家はなります。


(この際、完全な余談をすれば、斯波家で守護代を務める家柄ですが、甲斐家、織田家、朝倉家の三家に限られており、更に序列もそうなっていました。

 このことが、織田信長の越前朝倉攻めに、当初はつながったという説があります。


 それこそ信長にしてみれば、此れまでの序列から言って、朝倉家は織田家に黙って従うのが当然ではないか、と考えていましたが。

 朝倉義景にしてみれば、後述しますが、織田信長の出身の織田弾正忠家は、織田家の分家の分家ではないか、そんな分家の分家の織田家当主に、朝倉本家の当主の自分が黙って従えるか、と考えたとか)

 

 この辺り、現実を見ろ、実力が欠ける以上は黙って従って当然、と叩かれて当然かもしれませんが。

 そうは言っても、そんなことを言ったら、皇室、天皇家はどうなるのでしょう?

 皇室は別格なのだ、と更に叩かれそうですが。


 そんなことを言い出したら、摂家、清華家等の公家の序列も完全無視するのが、当然になる気が。

 実際に、そういったことから、豊臣家は武家関白の路を歩むことになり、豊臣秀吉が関白太政大臣になる、という事態が引き起こされたのです。


 これに対しては、豊臣家が旧来の家格、秩序を無視したことが、周囲の多大な反感を招くことになり、豊臣政権の崩壊を招くことになった、と主張されている現実からして。

 それこそ、本当に悩ましいことだ、としか。

 私には考えられません。


 閑話休題。

 ともかく、織田信長ですが、そういった名門(?)織田家の一員ではありますが、実は分家の分家の出身であり、その出身から、出自不明の新参者を積極的に登用していくしかない現実があったのです。

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