第四話 祝杯と妨害
検証を終え、俺たちはゴストリンへ戻ってきた。
街に着くと意外にもシャーロットが門の前で待っていた。
「出資者との商談のついでですよ」
そうは言うが、彼女はどのくらい待っていてくれたのだろうか。
たまに冷たく見える時もあるけど、愛嬌を振りまく受付嬢だった頃とのギャップがそう思わせているだけで、案外そうでもないのかもしれない。
シャーロットは歩きながら、俺たちの報告を聞いた。
相互作用と副作用、水薬について。
すると手短に要点だけをまとめてくれる。
「結論から言うと、スキル連鎖──もとい相互作用の再現は可能。ただし条件があります。それは複数の補助スキルが同時に噛み合うこと、そしてトリガーとなる外的要素があれば確率は上がる。今回で言えば、イザベラの水薬がそう。そして、スキルの数と副作用の関係についても確認できました」
シャーロットの話は短く端的だ。その理屈は直感で相互作用を起こしていた俺にもなんとなく伝わる。
「ハルトさん、忠告しておきます。スキルの掛け合わせは現状最大四つまでに留めてください。スキルの数で副作用が強まるなら、五個以上の掛け合わせは戦闘中に許容されるものを超えるかもしれません」
「なら常時発動型の補助スキルは? 掛け合わせには入ってないけど、発動はしていると思う」
「これは推論であり、確証もありませんが──あなたがそれを『意識して強化』しない限り問題ないと思います。ハルトさんの身体は数十のスキルが同居している状態ですから」
彼女の言葉は今日の検証データに裏打ちされた現実的な指示だった。
胸の好奇心が、少しだけ鎮まる。
「わかった。相互作用は四つまでにする。それ以上を試すのは生きるか死ぬかの瀬戸際でだ」
「とはいえ、暫定のルールです。過信しすぎないようにしてください」
シャーロットがその場で一枚の走り書きを手渡した。
「同時起動は現状四つまで、常時発動型スキルはカウント外、過剰併用は暴走リスク」と箇条書きで示されている。
彼女は手帳をぱっと閉じ、笑みを含ませて言った。
「つまり、検証成功です。だから祝杯。ヒルダ、もう飲みたくて仕方ないんじゃない?」
裏路地の酒場。扉を押せば木の匂いと笑い声が飛び込んできた。
席に着くとヒルダがにやりとし、杯をぐいっと煽る。
「なあハルト。お前意外と見どころあるじゃねーか。『高級弾除け』の噂は聞いたことあるけどな、竜種のブレス喰らって無傷とくりゃあこっちとしても頼もしいぜ」
「『高級弾除け』って不名誉なあだ名だけどな」
「関係ないね。あたしは腕と結果で見るからな」
今日の検証を通じてヒルダは俺のことを認めてくれたようだ。
だがヒルダは案外酒に弱い方なようで、早々にその言動で周囲を困惑させる。
「それにしても、硬い男ってのはいいじゃないか? なあ? けどよお。早いってのはいただけないよな。ええ?」
「ヒルダ。下品だよ」
言葉が下世話な方向へ傾いた瞬間、リーベが顔色を変えてフォーゲルを袖に隠し、苦言を呈した。
俺はただただ気まずくなり、曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。
リーベの反応を見たヒルダはにやにやして、さらに酒を飲んだ。
すると酒場の扉が開いて、見たことのある下位パーティの三人が不意に入ってきた。
三人はいち早く俺のことを見つけると指で差し、酒場の空気を壊す素振りを隠しもせず騒ぎ出す。
「お! 『高級弾除け』がいるぜ! 『タイマー』風情が女連れとはいいご身分だなあ、おい!」
「硬いのがご自慢だからってとっかえひっかえかよ。羨ましいな」
「俺にそっちの趣味があったら試してもらうところだったぜ! 触らせてもらうか?」
明らかに下世話で挑発的だ。こいつら素面のくせに酔ったヒルダといい勝負だ。
周囲の客の視線が一瞬集まり、俺は杯を置く。
「タイマー」のくせに下手に名が通ってしまったので、こういう手合いに絡まれることは稀にある。
「絡まないでくれないか。今日はめでたい日なんだ」
穏便に済ませたかったが、男の一人が俺のジョッキを手に取り中身を捨て、侮蔑の笑みを浮かべた。
酒場の雰囲気が一気に悪くなる。
「ああー? なんだテメエら。こいつの硬さに文句があるってか?」
おもむろにヒルダが立ち上がり、刃をちらりと見せて脅しをかける。
それはやや誤解を生む返しだ。
だが向こうも引かないので、事は避けられなかった。パーティ同士の小競り合いが始まる。
俺は深呼吸して、自分にできることを整理した。
(戦闘用スキルを俺は持ってない。だから組み合わせるしかないんだ)
頭の中で冷静にスキルを並べる。
今回選ぶスキルは三つ。シャーロットの言う「四つルール」には違反しない。
殴り合いに備えた「衝撃耐性」「剛力」「頑強」。
それぞれは地味だが、噛み合わせれば“何か”になりうる。
都度必要なスキルを意識し、起動する手間がある。そのラグが俺の弱みだ。即興で同じ効果を出すような連中とは勝手が違う。
まず防御を固める。「衝撃耐性」を意識し、次に筋肉を固めるように「剛力」を呼び起こす。
最後に「頑強」を重ねて全身を強化した。
防御と腕力を意識して合わせてみたが、どうだろうか。
すると三つの断片が胸の辺りで重なり、それが金属の歯車がかみ合うように、身体が一つの鎧に変わった感覚がする。
身体が鉄のように締まり、拳に込めた力が増大する。痛みはない。
ただ、ドラゴンから逃げてきた疲労感が強まった。おそらくこれも相互作用の代償だ。
俺は身に宿った力を腕に集中させ、男の一人に向かって一撃を入れた。
鈍い音が響き、男は後方へ吹っ飛んだ。周囲がどよめく。
強まる疲労から一瞬足から力が抜ける。踏ん張って耐える。
ヒルダは椅子をひっつかむと、そのまま躊躇なく振り下ろした。二人目は呆然とする間もなく膝を折った。
そしてリーベの袖から飛び出したフォーゲルは三人目の目を突こうとする。たまらず後ずさったその男は、いつの間にか足元に召喚された一本の骨に足を滑らせて大仰に転倒する。
リーベは手のひらに帰ってきたフォーゲルをなでた。
そして落ちていた骨を拾って分解し、骨粉を巾着にしまう。
三下染みた連中が三下らしく返り討ちにされ、酒場は笑い声に包まれた。
痛みをこらえうずくまっている男たちへイザベラはゆらりと近付き、水薬の入った小瓶を取り出して言った。
「余ってる回復薬。いる? いらないなら捨てちゃうけど」
俺が吹き飛ばした男と、椅子で殴られた男の二人がひったくるように小瓶を受け取り、一口で飲み干した。
すぐさま顔をしかめ、腹を押さえて悶絶する。
「ううっ。なんだこの味……腹も痛え……」
「あら。回復薬なのにお腹が痛いの? それは問題ね。即効性を求めすぎたかしら」
「覚えとけ、弾除け野郎! 天下の『蒼翠の剣』が黙っちゃねーぞ!」
フォーゲルに転ばされた男が、顔色の悪い二人を引きずるようにして退店し、事は一応の終結を見た。
捨て台詞まで三下だったな。
「蒼翠の剣」──蒼剣アズール、翠剣ヴェルデの二枚看板によるA級パーティ。
このゴストリン周辺の冒険者の誰もが一度は憧れる「最強」パーティだ。俺だって最初は憧れてた。
しかし街の最上位パーティで、アズールが冒険者ギルドの役員まで務める「蒼翠の剣」があいつらと何の関係があるんだろうか。
「つまらない嫌がらせ。幼稚すぎて『蒼翠の剣』が指示したとも思えません。十中八九、ハッタリでしょう」
「嫌がらせ?」
「お忘れですか? 私は四名の有力な冒険者を引き抜き、街に二つ目の冒険者ギルドを作るんですから。反感を買って当然です」
シャーロットの言う「有力な冒険者」に俺がカウントされているのが少し嬉しい。
この間まで数合わせの日雇いだったから余計に。
騒ぎが収まり、酔いが醒め始めて赤面するヒルダとそれをからかうリーベのやり取りを見ていると、黒い外套を羽織った中年の男が入ってきた。
こういった裏通りの酒場に冒険者以外の来訪者は珍しい。
男はシャーロットに用があるようで、彼女へ封筒を差し出した。
「夜分に失礼。今ここで名前は明かせませんが、依頼主の使者です。依頼は『深淵の牙』に関するもの。報酬は応相談ということで」
使者の出した意味深な単語を聞いて、シャーロットの封筒を持つ指に力がこもる。
彼女だけが、その単語から何か読み取ったようだった。
俺はそのわずかな動揺を見逃さなかった。
「分かりました。詳細は明朝に」
使者はシャーロットの返答を聞いて去っていった。
酒場には静けさが戻り、俺たちは互いの顔を見た。
宴は続くが、どこかに張り詰めた空気が残る。
「深淵の牙」──その言葉が、これから先の波乱を予感させたのだ。




