第二話 問題児たち
翌朝。指定されたのはギルド本館ではなく、裏路地の小さな酒場だった。
扉にはシャーロットの字で「関係者以外立入禁止」の文字。
俺は酒をあまりやらないし、表通りを外れた店は怖いので近づいたことがなかった。
元の世界でボッタクリにあった経験がそうさせている。
薄暗く埃っぽいテーブルが一つと椅子が四脚。
他のテーブルは端に寄せられている。
どんな伝手なのかは知らんが、店主とはちゃんと話がついてるみたいだ。
先に来ていたのは、赤い髪の女剣士だった。
ブーツを履いた足をテーブルに乗せてはいるが、剣はいつでも抜けるように柄に指が触れている。
逆に難しい姿勢ではないだろうか。
手招きされたので、俺は赤い剣士の横に座る。
着込んだ革鎧は傷だらけだが、腰に下げた短剣や各所に仕込んだナイフからは常在戦場の精神が伺える。そして目つきは狼のように鋭い。
いつまでも「タイマー」でくすぶっている剣士はこうはならない。
「おせーぞ、新顔。あたしはヒルダ。殴るか斬るかで困ったらすぐに呼んでくれ」
「はあ。俺はハルト。よろしくお願いします」
俺に安スキル詰め合わせパックのような「祝福」とやらを授けた自称女神を殴ってくれるだろうか。
荒っぽい女戦士という脳内イメージをそのまま出力したかのような口調。
それにしても、軽装の彼女がテーブルへと投げ出した脚線美は目を逸らすには抗いがたいものがある。
不自然ではない目線の位置を探っていると、ドアが開く。
これで俺を含めて三人目が揃った。
「やあ、おはよう。僕はリーベスクノッヘン。リーベでいいよ。見ての通りの死霊術師さ」
小柄な銀髪の少女が、柔らかい笑顔で入ってきた。
黒いフードの奥の琥珀色の瞳は人懐っこい。肩に乗った骨だけの小鳥がちょん、と首を傾げる。
ホントだ。どう見ても死霊術師だな。
「仲間が死人使いかよ」
「うん。もし死後も戦いたかったら、その前に僕と契約しておいてね」
不快感を露わにするヒルダを意にも介さず、独特のペースを貫くリーベ。
彼女は倫理的によろしくない存在だとされている死霊術師であることを隠す気がないようだ。
転移してから一年間。毎日冒険者ギルドに通っていたが、彼らの悪評以外の噂を聞いたことがない。
彼女は躊躇いなく俺の正面に座り、手を差し出した。
「握手しよう。生きてるうちに」
「……俺に死相でも見えてるの?」
「ううん。でも骨の手は握りにくいからね。指が外れるから……これ、死霊術師ジョークだよ。あはは」
冗談には思えない。
ヒルダも目を細めてリーベへの警戒を怠らない。
当のリーベはヒルダの放つ圧を気にせず、骨の小鳥を指で突いている。
遅れて、四人目が滑り込んできた。
「硝石、やっぱり純度が……混合率の問題? ああ、違った。おはよう。あなたがシャーロットご執心のブレス直撃男ね。私、イザベラよ。錬金術師。よろしく」
黒髪は乱れ、目の下に深い隈。整った顔立ちは徹夜明けのように疲れ切っている。
外套のポケットからは小瓶がぶつかり合う音がして、彼女は一つ取り出して光に透かす。
「これ、即効性を増した回復薬。まあ、ほぼ完成ね。副作用はまだ観測されてないわ。観測者がいないから。よければ使ってみて」
「それは完成とは呼べないのでは?」
「じゃあ、あなたが観測者ね」
彼女は自然な手つきで小瓶を俺の手に押し込んできた。
リーベもにこやかに受け取るが、ヒルダは固く拳を握って拒絶する。
「だからいらねえって!」
「あらそう。死の淵で後悔しないといいけど」
「ええ? 死の淵でなら僕を頼った方がいいと思うけど」
ヒルダの怒りが頂点に達したようだ。
彼女は手にした剣の鞘を、ドン! と床に叩きつける。
イザベラは眉を上げ、リーベは肩をすくめた。
こいつら、ツッコミどころが多すぎる。
俺って常識人枠で組み込まれたのか?
異世界に来てから一年しか経ってない俺に常識を求めるのは酷というものだ。
シャーロットがやって来る前から、この酒場は既に地雷原の様相を呈している。
そしてシャーロットは五分遅れで現れた。
顔に傷のある鋭い目つきの店主とシャーロットが目を合わせると、会釈だけして店主の方が店を出ていく。
どうやら俺たちに干渉する気はないらしい。
一体この受付嬢は何者なのだろうか。
遅刻の謝罪は最小限だったが、議題は山盛りだ。
机の上に薄い書類束が配られた。
細かい赤字の書き込みが至る所にある。
表紙には「新規ギルド(仮称)創設プラン」とあり、「高リスク依頼専門パーティ」とも書かれている。
高リスク依頼? 専門?
「全員そろってますね。皆さんをスカウトしたギルドの受付、シャーロットです。まず要点から。既存のギルドは“採算が悪い”“事故率が高い”“評判が悪い”依頼を切り捨てています。私たちは、そこを拾います。要するに、他が敬遠する案件を、リターンに見合うやり方で片付けるということです」
ヒルダが肩を回し「いいねえ」と一言。
リーベは「素材集めにはもってこいだね」と小鳥をなでている。
イザベラは小声で「粘度……沈降……」と独り言をつぶやき続ける。
俺はシャーロットに直接スカウトされてちょっと舞い上がっていたのかもしれない。
既存のギルドが受けない仕事なら、ハイリスク・ハイリターンで稼ぐしかない。
しかも仲間がこの問題児たちだ。
「で、俺たちの最初の依頼は何です?」
「依頼はまだ先ですよ。ハルトさん。あなたのスキル連鎖を再現可能な手順に落とす実験を行います」
「実験……!」
イザベラが興奮気味になるが、全員無視する。
彼女は俺の事故報告書の写しを開いた。
文字にすれば数行だが、現場の熱と轟音と混乱はこの紙に詰まっている。
「まずは検証です。再度炎のブレスが直撃した際、どうなるか確かめてください。目的はスキルの連鎖が起きた時、あなたが何を感じたか。傍から見て何が起きているかを確認すること。さっそく今日の午後、短い実地試験を予定しています。ここから西の丘陵で。危険度は中。報酬は低……というか無しです」
「タダ働きかよ」
ヒルダが露骨に眉をひそめる。
「検証なので。新設ギルドへの投資だと考えてください」
不機嫌な冒険者の扱いは慣れっこのようで、シャーロットはさらりと言った。
ヒルダは不満げだが、口角は上がっている。
多分、暴れるチャンスがあれば大抵の問題には目をつぶるタイプ。
リーベは手帳を開き、軽い筆致で何かを書き足した。
ちらりと覗き込むと「ハルト。良素材の可能性」と読めた。
死ぬことが前提じゃないよな。
イザベラは俺を凝視しながら「ブレスの入射角……『火耐性』による軽減率は……」と小声で計算している。
俺は素材でも、実験体でもなく冒険者であることをみんな思い出してほしい。
「再確認します。あなたは『高級弾除け』などではなく、スキル連鎖の核です。それは石みたいに立っているだけでは務まりません。時には状況を誘導する役も担う。逃げる味方のために一秒を稼ぎ、敵の足を半歩止める。壁の後ろにあるものを“守る覚悟”が必要です」
昨日の面接官の言葉が、別の形で返ってきた。
仲間を“守る覚悟”か、俺にその力があるなら……いや、必ずその力を使って俺はこの世界での「居場所」を手に入れる。
「高級弾除け」ではない、冒険者のハルトとして。
「では、それぞれ自己紹介を」
「ヒルダ。得意分野は暴力。苦手分野は始末書」
ヒルダは一言で片づけ、剣の様子を確かめ始めた。
「僕はリーベスクノッヘン。得意分野は死体いじりかな。あんまり不得意なものはないけど……生身?」
リーベはヒルダにならってにこやかに、そして物騒な自己紹介をする。
「錬金術師のイザベラよ。得意分野? 生体における水薬の改良と開発。いくらでも実験体の替えが効く魔物相手の水薬では一定の成果を挙げてる。でも人体の分野における実験も……」
イザベラが止まらなくなってしまった。
もう話を軽く聞くだけでそれぞれの追放理由が推測できてくる。
「あなたは?」
シャーロットが俺を見た。
「ハルト。得意分野は……まあ、被弾かな。苦手分野は面接、というか自己PR」
「それなら自己PRは実績で示してください」
実績は、紙ではなく現場で作る。知っている。
だからこそ実績がないままするギルドでの就活は地獄だった。
だが今日は、面接官が現場で実力を示せと言っている。
俺は席を立つ。
ヒルダが笑みを浮かべて背中をばん、と大きく叩く。「衝撃耐性」のスキルが仕事をした。
リーベが、細い指で俺の手のひらを包む。
「万が一があったら、僕の眷属にならない?」
「ならない」
イザベラがすかさず小瓶を差し出す。
「さっきの回復薬だけど、もし飲むなら被験者として『同意』と言って」
「じゃあ……うーん。一応同意」
「あ。飲むのはまだにして。負傷して効果が確認できる状態で飲んでちょうだい」
俺は深呼吸して頷いた。
三者三様の追放理由があるが、数々の冒険者と接してきたシャーロットが見込んだ三人だ。
それこそ三者三様に秘めた実力があるのだろう。
受付嬢が扉を開ける。光が差し込み、ほこりが静かに舞った。
「時間です。西の丘陵へ。最初の報酬は金銭ではなく確信です」
数字ではない報酬は帳簿に載らない。けれど、俺には必要だ。
石ではなく、核として。俺は扉の外へ一歩、出た。




