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第十三話 弱点

 ギルドの闇取引を妨害した俺たちは俺の神経保護水薬(ポーション)など最低限の物資だけ市場で買い込んで拠点に戻った。


「いーじゃんかよーちょっとくらい飲んだってー」

「返還義務が生じた場合ヒルダの自腹になるぞ」

「ちぇー」


 ヒルダはしきりに商会からかすめとった金貨で豪遊したがっている。

 だが、相手が強気で返還を求めた際に備えてしばらく触らないことにした。

 返還の裁判は大っぴらにゴストリン支部と商会の不正を暴露することになる。

 だからシャーロットはそれを「万が一の保険」とした。

 

 俺たち「特級リスク対策社」の仕事は万事上手くいった。

 あとはヴェルデによる告発がどう機能するかだ。


 玄関ホールの仮設テーブルで俺とヒルダは静かに飲んだ。

 つまみはチーズや燻製。

 ヒルダは大騒ぎするような飲み方が好きだと思っていたので、少し意外だった。


 俺たちの横でリーベは穴の開いたローブを繕いながら時折口を挟む。

 ヒルダの死霊術師(ネクロマンサー)嫌いもかなり落ちついたようで、内心俺は安堵している。

 

 シャーロットは相変わらず調べごと、イザベラは水薬(ポーション)作りに精を出している。

 イザベラに差し入れでも持っていこうかと部屋を訪ねたが、邪魔をしないでとつっぱねられた。

 シャーロット公認かつギルドの金で水薬(ポーション)作りに取り組めるということで、ここ最近かなりイザベラは気合いが入っている。


「あのさ、ヒルダとハルトって結婚願望とかあるの?」


 唐突なリーベの爆弾発言にヒルダがむせ返る。


「あのなあ! お前いきなり……」

「え、何で焦るの?」


 本心から疑問符を浮かべているような顔のリーベ。

 彼女の疑問を捕捉すべく、普段の雑談で知り得たことをヒルダに教える。


死霊術師(ネクロマンサー)ってさ、その……俺らみたいな婚期とか? そういう概念がないみたいなんだ」

「じゃあいつ結婚するんだよ?」

「人それぞれだよ。恋人を蘇生するために死霊術師(ネクロマンサー)になる人もいれば、死霊術師(ネクロマンサー)同士で死後も繋がり続ける人もいる。まあ、自由だよね」


 ヒルダの疑問に死霊術師(ネクロマンサー)独特の風習を以て返すリーベ。


「じゃあ逆に聞くけどお前は結婚願望あるのかよ?」

「うーん。出会いがあるかだね。僕たちはお金とか顔じゃなくて魂を見るから。古代の偉人と結婚することだってあり得るし」

「最近ちょっとわかってきた気でいたけど、やっぱわかんないわ。死霊術師(ネクロマンサー)……」


 するとリーベは琥珀色の瞳を輝かせてヒルダに顔を近づけた。

 リーベにはなんだかいたずら好きな動物……そう、猫っぽさがある。


「僕は答えたよ。今度はヒルダの番! ヒルダって結婚願望あるの? ないの?」

「ええと……前はなかったけど、今はちょっとある……」

「それはどういう心境の変化で?」


 リーベがにやにやと問い詰める。

 ヒルダも少し酔っているのか普段は言わないような言葉をこぼした。


 そしてヒルダがグラスを口に運んで返答を先延ばしにした瞬間。

 屋敷の正面ドアがぶち破られた。


 そして深紅のローブに身を包んだ集団が三人がかりで巨躯の男を室内に投げ込んだ。

 ヴェルデだ。見た限り死に至るような傷はない。

 そしてヴェルデを投げ飛ばしたと同時に、二人の戦士と思われる男たちが屋敷に侵入する。

 俺は懐に手を伸ばし予備の神経保護水薬(ポーション)を口の中に流し込む。


「ヴェルデさん!」


 ヴェルデの姿を見て酔いを一瞬で覚ましたヒルダは、飛び掛かる戦士の剣を受けながら胴を蹴り飛ばして壁に叩きつけた。

 そして襲撃者の三人目が屋外で手をかざすと随所に設置された明かりが一斉に消える。

 さらに放たれる火球。


 火球の放たれた先はリーベだった。

 リーベは複数の骸骨戦士と骸骨騎士を展開し火球を防ぐ。


「魔術師か! それもオーソドックスな!」


 魔術師は俺の言葉に何も返さない。

 俺が対する戦士は奇妙なまでに手応えがなかった。

 すぐにこの男を降して魔術師を倒すのが最善の手だと考える。


 今使用しているスキルは「剛力」「反射」「鷹の目」

 「鷹の目」は戦況を見極めるために発動させているものだ。


 「剛力」の力で剣を弾き飛ばし、そして躊躇なく蹴り飛ばす。

 だが口から血を流す剣士は勝ち誇ったような笑みを浮かべ、右腕を突き出した。

 男が左手で右手首をひねると折りたたまれていたクロスボウが一気に展開される。


「気を付けろ! こいつ、ハンターだ!」


 そして狙われているのはリーベ。

 咄嗟に「頑強」スキルを加えて間に割って入ろうとしたが、魔術師の放った火球で吹き飛ばされた。

 矢が放たれる。リーベは骨の兵士に身を守らせようとしたが、骨の隙間を縫うように矢は突き進み、リーベの柔肌を突き破った。


「そんな手がね……」


 太ももに矢を受けたリーベが気絶するように床に倒れる。おそらく矢に毒が塗ってあったのだ。

 そしてヒルダが相手をしていた戦士とハンター、魔術師はそれぞれ身を翻して「特級リスク対策社」の拠点を後にする。


「すまねえ。俺が不甲斐ないばかりに……」


 ヴェルデが小さな声で呟いた。相当に痛めつけられたようだ。

 そんなことより今はリーベだ。


「イザベラ! シャーロット! いるか! 解毒薬の水薬(ポーション)をありったけ持ってきてくれ!」


 玄関ホールに降りてきたイザベラは踵を返して自室に戻る。

 そしてシャーロットは冷静に倒れたままのヴェルデの懐をまさぐった。

 すると血のような深紅の封筒が取り出される。

 手早く封筒を開け、中の手紙を取り出すシャーロット。


 同時にイザベラが駆け寄ってきた。傷口の色を見て即座に水薬(ポーション)を選び抜く。


「毒を中和させる水薬(ポーション)を使うわ! 量が肝心なの。それとこれも猛毒だから下手に毒を体から出さないで。止血を!」


 リーベが修繕中だったローブを使って彼女の太ももを強く縛る。

 意識のないリーベに水薬(ポーション)を飲ませるイザベラ。

 ヒルダは剣を抜いたままドアの前に立ち警戒を怠らない。


 手紙を読むシャーロット。流石のシャーロットにも動揺の色が見える。

 警護と治療は二人に任せ、俺はシャーロットから手紙を受け取りそれを読む。


『我々の邪魔をするな 紅の一党』


 インクが茶褐色であることと、傷だらけのヴェルデが裏付ける答え。それは血で書いた手紙だということ。


「ゴストリンのギルドは頭から──クラウスから腐ってた。なら俺たちが闇取引を告発しても相手にされない、そういうことか?」

「そうとも限りません」


 冷静に戻ったシャーロットは断言する。


「新興のギルド潰しに彼らはギルド長の私ではなく、リーベを狙いました。死霊術師(ネクロマンサー)を──何故?」

「二階の肖像画か!」

死霊術師(ネクロマンサー)にしか読み解けない何かが開示されることをこの──『紅の一党』は怖がっているようです」


 敵は大きいが俺たちは敵の最大の弱点を握っている。

 俺たちはまだ負けていない。


「リーべには何が何でも生き延びてもらいます。私たちはヴェルデ氏を手当しましょう」


 このピンチさえ乗り越えれば勝てる。

 リーベが生きている限り、敵の触れられたくない秘密をまさぐるチャンスはいくらでもある。

 だがそれは、俺たちが後には退けない事実を意味していた。


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