第十二話 妨害工作
ヴェルデからの密告を受けた数日後。
俺たちは「特級リスク対策社」としてゴストリンから東方面へと広がる草原にいた。
標的に見つからないように、草むらの陰に身を伏せながら。
一面に生える草は大人一人隠すには十分な高さをしていた。
何故俺たちは隠れているのか。
それは今回の目的が、「とあるパーティの依頼への介入」にあるからだ。
新興ギルドが本流の冒険者ギルドを妨害することなど、傍から見れば正気の沙汰ではない。
事実上の宣戦布告だからだ。
だが俺たちがあえてその道を選んだのには理由がある。
当然シャーロットの見出した勝機があるからに他ならない。
*
わずかに時間を遡る。
ゴストリンから徒歩で草原地帯についた後、それぞれが配置について伏せる。
配置についた段階で、シャーロットが伏せながら作戦会議を始めた。
「標的はBランクパーティの『黒牙』です。四名中二名がハンターという構成のパーティで、狩猟による素材の納品で生計を立てているようです」
「それがアズールの手下ってことかよ。よくある納品専門パーティじゃねえか」
ヒルダが口を挟む。
剣士や魔術師が戦闘面での花形職業だが、それは強敵を打ち倒して名を上げようという夢を追うパーティでの話だ。
実際、俺にもそれに憧れていた時期があった。
だが堅実に冒険者として生きていくことに主軸を置いたパーティでは、ハンターは引っ張りだこの職業だ。
魔術の触媒や必需品の原料専門のパーティが多い。
稀に希少素材狙いで一発狙いのパーティも存在するが、標的の「黒牙」は後者らしい。
ギルドに納品された素材は規定の価格で買い取られ、ギルドがコネクションを駆使して各商会に売っている。
それがギルドの運営資金の一部になるのだ。
当然、ギルドは利益を上げるため素材は買いたたかれる。
「ヴェルデの話を聞いてなかったの? ヒルダ。アズールが『納品専門パーティから商会への直接の売買』を見過ごしてるって話だったじゃない」
「それが信じられないってんだよ。アズールは最年少でギルド役員になった剣士だぞ。そんな危ない橋を渡るもんかよ」
リーベの指摘に対して不満げなヒルダ。
ヴェルデ同様知らない仲ではないらしく、密告の内容がまだ信じられないようだ。
「そこまでしたからこそのし上がれた──そう考えることもできるよな」
俺がそう言うとヒルダは鋭い目つきで俺をにらんだ。
「そう難しい話ではありません。ヴェルデさんの言っていることが誤解や虚偽であれば私たちは骨折り損の儲け無し。ですが──事実であれば冒険者ギルドの大きな弱みを握ることができます」
「街のギルドと徹底的にやるつもりなの? わかりやすいのは嫌いじゃないけど、やり過ぎじゃないかしら」
「それはアズールの出方次第です」
イザベラの苦言を軽く受け流すシャーロット。
「……おい、来たぞ」
耳のいいヒルダが接近する気配を感じ取る。
現れたのは荷車を牽いた馬に乗った「黒牙」のメンバーだ。
ヴェルデ曰く、商会と納品専門パーティとの取引場所がここらしい。
『アズールは俺の動きに常に目を光らせてる。お前らにこの話をするのは、俺の代わりに動いてもらいたいからだ』
そう言いながらもヴェルデはどこか煮え切らないような表情をしていた。
まだ弟を信じていたいというような。
だが、取引場所に「黒牙」は来た。
つまりアズールは黒だ。
納品専門パーティの後ろ盾となり、売り上げの一部を個人的に徴収しているという話は本当だったらしい。
無論、ギルドを通すよりパーティに利益の出る形で。
考えを巡らせながらしばらく待つと馬に乗った商会の使いと思われる男がやってきた。
どうやら荷車付きの馬と乗ってきた馬を交換して取引するらしい。
「──揃いました。お願いします」
伏せていた「特級リスク対策社」メンバーが一斉に起き上がった。
俺は握り締めていた神経保護の水薬を飲み干す。
同時に取引中の「黒牙」と商会に向けて駆け出した。
すぐさま商会の男は荷車付きの馬に飛び乗り、逃走を始める。
それを追いかけるのが俺の役目だ。「俊敏」と「加速」スキルでなら余裕で追いつける速さ。
だが、それまで完全に気配を殺していたハンターの一人が突然リーベの背後を取る。
そしてリーベの黒いローブから心臓目がけてナイフを突き立てた。
同時に、ハンターの困惑に満ちた顔。
リーベのローブの中にいたのは彼女が召喚した骸骨戦士だった。
ナイフは骨の隙間をすり抜け、骸骨がハンターを殴り倒す。
リーベ本人は草むらに伏せたままだ。体格的に一番弱そうなリーベが狙われると判断しての策だった。
ハンターには二種類いる。
たった今気絶した気配を消して獲物を狩るスタイルの者。
そして疾走する俺を狙う、遠距離から一方的に獲物を狙い撃つスタイルの者。
放たれた矢は正確無比だった。
だが、俺より遅い。
俺は速度を落として矢と並走し、指で角度をわずかに変える。
軌道を変えた矢は逃げる商会の馬の尻に突き刺さり、荷車ごと横転する。
転がり出る無数の素材。
残る「黒牙」メンバーは俺が商会の男を連行する間にヒルダが畳んでしまったらしい。
シャーロットの計画した電撃作戦は見事に成功したのだった。
「ブラックシープの角ですね。用途については私よりイザベラの方が詳しいと思いますが」
「水薬の材料としてはレア中のレアね。私が欲しいくらいよ。ああ、すごい量……」
縛られた「黒牙」のメンバーと名簿を照合しながら素材について軽く触れるシャーロット。
そして鑑定するように無数の漆黒の羊の角を眺めているイザベラ。
かっぱらうつもりじゃないだろうな。俺はイザベラの一挙手一投足に目を光らせる。
「神経保護水薬の効果はどうですか? ハルトさん」
「ああ。副作用もなかった。まあスキルは二つしか併用しなかったけど……」
「効果がわかっただけ上出来です。ギルド長として戦闘後の体調報告も義務付けますから」
ヒルダとの決闘で昏倒したことをまだシャーロットは怒っているようだった。
「それでこんな量の素材をどうするつもり? 僕たちだけじゃ持って帰れないよ」
ローブに空いた穴を気にしながらリーベがシャーロットに問いかけた。
「『黒牙』に代わって私からこの素材を買い取ってもらいます。あなたはどちらの商会の方ですか?」
「リンツ貿易商社……です。あの、その、おいくらで……?」
「いつもの価格で」
震える手で金貨の入った袋をシャーロットに押し付けた商会の男は、矢を受けた馬とは別の馬にガタついた荷車を取り付け青い顔で去っていった。
「シャーロット、本当によかったのか? アズールの面子を完全に潰すような真似して……」
「アズールも間抜けではありません。裏取引が潰されたことなど口外できないでしょう。そして我々に目が向いているうちにあの方が動いてくれるはずです」
そう。素材を売り払って金を得たのは報酬代わりのようなもので、本来の目的はヴェルデに向けられた監視の目を俺たちに向けることだった。
リーベの連れている骨の小鳥フォーゲルが、シャーロットが筆記した証拠や商会の受領書を結わえつけられてヴェルデの下へと飛んでいく。
「これって強盗にならないのかな……?」
「いーじゃねーか義賊だよ、義賊!」
どこか腑に落ちない表情のリーベの背中をヒルダがバシバシと叩いた。
ヴェルデはアズールより立場の上のギルド役員であるクラウスに全てを明らかにすると告げていた。
アズールが不測の事態に混乱している間に上層部へ告発してしまおうという考えらしい。
「上手くいくといいのですが……」
シャーロットが小さくつぶやく。
その時、俺はヴェルデがとある可能性を見逃しているということに気付いた。
即ち、クラウスを含むゴストリンの冒険者ギルド全体が腐敗しきっているという可能性だ。
あえて作戦の成功に水を差すことを避け、俺は黙り込んだ。




