第08話「殺意②」
暗い室内に静かに明滅する、幾重ものモニター。 画面にはエリィの姿が映し出されている。
冬華はその映像をずっと見続けていた。これまで行われた2度の戦闘。その映像を何十回と再生し続ける。彼女の何気ない仕草一つ一つまで、丁寧に観察し、言葉にはできない感情の正体を探し続ける。
冬華は疲れた様な笑顔で、多きな溜息をつく。
「流石だよ。エリィ。私が作った【魔物】が、こんなに簡単に壊されちゃうなんて。」
その声に滲むのは、自身が手掛けた兵器を壊された事による怒りや憤りは含まれていない。
慈愛と安心に満ちていた。だがひどく疲れていて、どこか自嘲じみている。
「ずっと嘘ついてた事、話さなきゃな」
手元の端末を閉じようとして、しかし途中で止まる。モニターに映るエリィの姿を、どこか遠いものを見るような目でじっと見つめる。声に出したのは、まるで独り言のように小さな声だった。
村を脅威に陥れる魔物。こんな馬鹿な話を、あの子はあっさりと信じた。
何も無い世界で、何もない場所で、ただ死ぬまで戦わせられる為だけに。
そんな馬鹿な話に、いつまでも付き合う必要はない。
魔物(デウス-エクス-マキナ)は対魔導士様の戦術兵器として設計されている。 圧倒的な戦術解析能力、柔軟な戦闘適応。 魔力を持つ存在を無効化し、根絶するために生まれた機械兵。本来の彼らの攻撃は、魔導士が持つあらゆる防壁を打ち砕く。
だがエリィのもつ【イージスの盾】を突破することは、現状のマキナには不可能だった。 どんな計算式も、どんな破壊力も、彼女の展開する魔法障壁には届かない。
しかしこれまでの戦闘で、本体を無防備にする事はいくらでも可能な事は判明した。
詠唱の要となる喉を潰す、水中に引きずり込む、人質を取る。どんな手段、どんな状況でもアリになってしまえば、あの子は簡単に死ぬだろう
現在戦闘が即時可能なマキナを全て破壊する事ができれば、彼女を逃がす機会を作る事が可能になる。
このままいけば彼女はきっとこの「計画」を破壊してくれる。
それが私の真の望み。今回の実験が終わればその時は
『いつか、この世界のことをもっと知りたいって。そう思います』
そういって笑ったあなたの為に、全部話そう。真実を全て。
きっとあの子は生き残る。死なない。死ぬわけがない。
あなたは私達にとって、大事な人。大切な人なのだから
「冬華。次の実験がそろそろ始まる」
「エリィの盾の解析はどの程度進んだんだい?」
「これは上の人間には話せない案件だからね。ある程度の自由は容認してるけども」
「このまま実験が前に進まないと、いずれ明るみになってしまうだろうね」
「あまり時間はないんだよ。」
「早く、あの子を【廃棄処分】しないと、僕たちも家に帰れないよ」
恭介の最後の一言を聞いた瞬間、何かがぷつりと切れた。 胸の奥からせり上がる感情に、理性が追いつかない。 冬華は立ち上がる勢いのまま、椅子を後ろに弾き飛ばす。
「どうしてそんなに言葉を平気で口にできるの!!!!!」
書類が床に散らばり、ペンが転がる音がやけに響く。恭介の胸ぐらを掴んだ指先に、かすかに力が残っていた。息が合わず、喉が熱い。にもかかわらず、彼の目は静かだった。
冬華は肩で息をしながら間近で恭介を睨みつける。
だが恭介は穏やかな言葉のまま、彼女に淡々と言葉を紡ぐ
「じゃあ何で、僕を止めなかった?」
「どうして、ただ見ていたんだ。君だって、彼女に会いたかったんだろう」
「僕もそうさ。」
「・・・っ!!!」
「僕と君の、何が違う。教えてくれ。冬華」
言葉が、喉まで出かかったのに。どうしても出てこなかった。悔しさと情けなさが入り混じり、瞳の奥がじんわりと滲む。
何も言い返すことができない。そうだ。私だって、彼女がここにいる理由。
それを作り出した人間なのだ。
「冬華。一緒に見届けようか」
「今夜僕の計画が、成就するのか否か。」
冬華は恭介の体からゆっくりと力を抜いて手を離す。そして、部屋で一番大きなモニターに目線を写す。
エリィは今夜も、魔物と戦う。実験が間もなく始まる。
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蛇の様な形をしていた。いくつもの鉄の装甲が体を繋ぎ、先端の顔に赤く光る瞳が一つ。口元には拘束具の様な物が付けられており、いっそう奇怪な様相を強調していた。
人間程の太さの胴体に、全長は5メートル程だろうか。
蛇腹の様な装甲が前に進む度に、ズルリ、ズルリと奇妙な音を立てながら、地面にその軌跡を残す。蜘蛛の魔物より小さく、鳥の魔物より大きな魔物。
村人は皆シェルターに避難し、今村に残るのは私とこの蛇だけ。
体の調子は悪くない。怪我も治った。自分の力についての研究も、少しはした。
小説を読んだおかげで【想像力】も上がった様な気がする。
「皆の為に、頑張りましょう」
うーんと背伸びをする。
蛇は村の中央の大きな広場で体を引きずる様にゆっくりと徘徊していた。
以前の鳥は攻撃を避け、同時に反撃をしてきた。今回は、なんというかこう、こっそりやっつけてしまおう
盾はある程度離れた場所にも生成できる様になっていた。魔物が来るまでの暇な時間、私は自分の力で何ができるのか。
どんなことまで可能なのか、どうすればいいのかをただ考えた。そして疲れたら冬華からもらった小説を読んでいた。
それはいいとして
私が【敵】と認識してるものに盾は動く。私が【味方】と認識したものは味方として守る。
言葉の通りに動く、というより、私の認識に従って盾は動く。
ならば、この力の使い方を上手くなるために必要なものは、想像力。
私は20メートル程離れた場所にある小屋の屋根に立ち、詠唱を開始する。最初から、全力でいく
「盾5つ。【敵を両断しろ】」
蛇の頭上に、縦方向に生成された光の壁は、そのままの形で蛇の頭上から勢いをつけて叩きつけられる。
光の壁は、蛇の胴体を、まるでまな板の上の魚の様に解体した。
鉄の装甲は鈍い音を立ててはじけ飛ぶ。地面に伝わった衝撃がそのまま胴体をバラバラに吹き飛ばし、広場に転がり落ちた。
「うん。」
このまま終わるか。・・・終わりたい。
ふと、頭に当たる部分の赤い光と目が合った。
死んでない。
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推定攻撃:「障壁分断型攻撃」
00:33 —— 損傷率47% —— 緊急戦術変更 00:40 —— 全身修復開始——自動連結システム作動 00:45 ——
武装解除:拘束具オフライン
実験を開始します。目標 E-001 ターゲット ロック
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「盾3つ。私を守れ」
分断された胴体達が動き出す。そしてそれぞれの胴体から【銃が飛び出し】私に一斉射撃を開始する。
図書館にある資料によれば、この鉄の弾を衝撃と共に打ち出す武器の事を銃と呼ぶらしい。
これまでの魔物も皆私にこれを打ち込んできた。
仮に私の武器が盾でなかった場合、私は最初の魔物と戦った段階で死んでいただろう。
それほどにこの攻撃は殺意が強い。
分断された蛇の胴体が蠢き、不気味な金属音を響かせながら形を整えていく。四方に散らばった装甲が絡み合うように【連結】した
その変形の最後に、重々しい音を立てて口?の拘束具が外れる。 露わになったのは鋭利な刃が幾層にも重なった巨大な顎。歯車が嚙み合うような不気味な動きに、私は眉をしかめる。
同時に、蛇は咆哮した。あまりの音量に私は怯む
「・・・っ!!!」
頭の芯を突き刺すような轟音。地面が震え、民家の窓ガラスが弾け飛ぶ。
言葉にならない声が出る。頭が痛い。蛇はその一瞬を見逃さず、広場の地面を鋭く抉りながら突撃してきた。 脚に伝わる微細な振動。詠唱しなければ、死ぬ。
「盾1つ。私の【周囲を】守れ。」
何物をも阻む盾を自分の周囲で回転させる。次の瞬間――金属の牙が衝突した。
鋼鉄と光が軋む音。衝撃が爆発的に弾ける。地面が深く抉れ、飛び散った瓦礫が周囲に降り注ぐ。 盾の力で蛇の突撃は弾かれたものの、蛇はその動きを即座に修正し、再び間合いの外へ。
しかし次の瞬間。
「そんな事もできるんです!?」
鋼鉄の装甲が地面に沈み込み、広場の土が抉られる度に体に振動が走る。蛇はあっという間に地下深くへ潜り込んでしまった。これは予想していなかった。
ガリガリと地面を削る音がする。このままだと、恐らくまずい。と、思った時には遅かった。
私の足元が、突如として音を立てて砕け散り崩壊する。私の周囲を回っていた盾は消え、私はバランスを崩してしまう
「きゃっ!!!!!」
蛇はその一瞬の隙を見逃さず巨体をうねらせ、私を拘束する。数秒後には死ぬ。
だが私の力は、【詠唱】さえできればいつ如何なる場合でも発動する。
離れた場所に正確に盾を【内側から】出す事は難しい。だがこの距離ならば
「盾、1つ。【敵を切り刻め】」
平らに召喚された盾が蛇に突き刺さる様に顕現する。そのまま凄まじい勢いで回転し、鋼の蛇の胴体を横一線に切り裂く。
空気が震え、金属の断面が悲鳴のような軋みを上げる。
だが、先ほどはこれでは殺せなかった。ならば
「盾、6つ、【頭を】囲め」
六枚の光の障壁が、蛇の頭部を閉じ込めるように顕現する。 まるでサイコロを作るように、均等な距離を保ちながら、密閉していく。
蛇の眼が光る。 直後
「潰れて。」
詠唱と同時に、盾が収縮する。 冷たい鋼鉄の塊を圧縮していく
悲鳴のような金属音が鳴り響き、蛇の頭部が一瞬で歪む。 装甲の軋みが増していき、内部で何かが崩壊する音がした。
最期に、赤い瞳の輝きが途絶える。
「冬華、恭介。終わりました」
その言葉と同時に、広場に沈黙が訪れる。 夜の空気は冷え、静寂が広がる。
エリィは胸元のリボンを整えながら、大きく息をつき、視線を空へと向けた。
怪我はなかった。 明日も、本が読めそうだ。
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即時戦闘可能なマキナの数は残り2体。1体は動かせない。最後の実験が終わった後は間に合わない。だから今夜、あの子を逃がそう。エリィがここを脱出してもきっと切り抜けられる。
全て話そう。あなたに生きてほしい事。ずっと嘘をついていた事。話すんだ