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第7.5話「僕は毎日、緩やかに死んでいく」

合間の話を補完した追加エピソードです。

早朝、いつもより早く目が覚めた私は村の周囲を歩いて回っていた。

まだ誰も起きてないのか周囲に人の気配は無く、陽ざしもまだ小さい。


静かな村の中を一人で歩いていると、まるでこの世界には私だけしかいないのでは、となぜか少々不安になる。


手を後ろに組み、肩を揺らしながら、周囲をただぼんやりと見ながら歩く。


歩く。


歩く。


ただ、歩く。ひたすらに


やがて丘を越え、図書館へと足を延ばす。魔物と戦う以外に私がする事は、本を読むか、冬華と話すか、時おり私の様子を見に来る恭介と話す事だけ。


図書館の扉を開くと、ひんやりとした空気が私を通り抜けていく。


本棚が並ぶ通路を抜け、大きな吹き抜けに出ると、そこには彼がいた。




「・・・恭介?」



恭介は胸を強く抑え込むように掴み、息を荒くして机の傍で崩れ落ちていた。 彼の背は丸まり、肩が上下に激しく揺れている。


「・・・恭介!どうしたんですか・・・具合が悪いのですか?」


私は慌てて駆け寄ると、床に蹲る恭介の元にしゃがみ込み、背中をさすり、顔を覗き込む。


彼は目の焦点が合っておらず、言葉にならない呟きを周囲に漏らす。


「は・・・!はっ・・・!はぁ・・!!が・・・!!!あああ・・!!!!」


真っ青な顔で恭介は呻き苦しみ続ける。その目が見ているのはここでは無い、どこか遠くの何か。


彼の指は空を掴むように震え、それでも目に見えない何かを掴もうと必死に藻掻き続けた


------------------------------------------------------




もう一度だけ君と話したかった。


大切な人を失った時、こう思わなかった人はいるのだろうか。


二度と会えなくなった時。もう一度だけでいい。

話がしたいと。そう願わずにはいられない。一度だけでいい。

会いたい。会いたい。会いたい。会いたい


だが僕は君に会えないまま


毎日少しずつ死んでいる




------------------------------------------------------



「くれ・・・るしてくれ・・・」


小さな声でブツブツと言葉を紡いでるが、何を言っているか解らない。

だがこの様子は尋常では無い。


「許してくれ・・・」


「恭介!恭介!しっかりしてください」


私が肩を軽く揺さぶると、恭介の眼が私を視界の端に捉え、私の眼を真っすぐに見つめる。


目を見開き、驚愕した表情でぽつりと


「なな・・・」


なな?


その言葉を口にした瞬間、彼はハッと意識を完全に覚醒させると、私を強く突き飛ばした。



「きゃっ!!!」



手をついて起き上がりながら、恭介へ視線を戻すと、彼は落ち着いた様子に戻っていたが、私を苦し気な表情で見つめてくる。


その視線はまるで


──何か、化け物を見ているかの様な。


「・・・すまない」


恭介は顔を軽く振り、目の焦点を合わせようとする。


そのまま椅子と机を支えに手をつきゆっくりと起き上がり、恭介は大きく息を吸った



「持病の発作があってね・・・薬を、飲み忘れていたらしい・・・はは・・僕としたことが、恥ずかしい所を見られてしまったな」


「そこのカバンから・・薬をとってもらえないか」


彼を少しでも安心させようと、私は軽く微笑む


「はい。すぐに・・・恭介。待っていてくださいね」


私は立ち上がり、小走りでカバンの元へ向かう。 ファスナーに指をかけてゆっくりと開けると、布の擦れる音が辺りに静かに響いた。


中には何かの書類と、小さなカプセルケースが一つ。 その横に紙の端が少し折れた写真が挟まっていた。 私は指先でそっと写真を引き出し、目を落とす。


写真には恭介と、おそらく女性。

というのも、顔の部分がペンのようなもので塗りつぶされており、見えなくなっていたからだ。


私は写真を持ったまま、ゆっくりと振り返る。 恭介は椅子に座ったまま、視線を床に落としていたが、私の動きに気づくと顔を上げる。


「・・・ああ・・それか・・・」


「僕の妻だよ」


私は写真を見つめながら、言葉を探す。


「恭介の・・・大事な人」


私は写真を両手で持ち、恭介の方へそっと差し出す。 彼は受け取らず、ただ首を横に振った。


「もういない」


恭介はそう言った。 その声には、何も感情も感じられない、空虚な回答だった。


「この世界の、どこにも」


恭介は椅子の背もたれに全身を預ける様に深くもたれかかり、ゆっくりと呼吸を整えながら、沈んだ口調で答える。


「彼女の顔を覚えているのは、僕だけでいい」



その言葉に、私は何も返せなかった。 恭介の中にだけ生き続ける記憶。

それを誰にも渡さず、誰にも見せず、ただ自分の中に閉じ込めるという選択。


それが意味する事は、一体何なのか。・・・私には、解らなかった。


-------------------------------------------------



図書館の椅子に座り、二人でコーヒーを飲む


私は彼の隣に座り、机の上に置かれたカップを手に取る。

彼はぼんやりと教会のステンドグラスを眺めていた。


なんて声をかけたらいいかは解らない。触れていい話では、おそらくないのだろう。


でも私は──


「・・・誰かが覚えていてくれる限り、誰か一人でも、大切だって思ってくれる人いれば」


「その人の生きた証はなくならない・・・と思います」


何故こんな事を言うのか。何故こんなにも悲しい気持ちになるのか。

何も解らず、ただ言葉を探し続ける。


恭介はゆっくりとカップを持ち上げ、口元に運ぶ。

だが、飲むことなく、湯気の立ち上る液面をじっと見つめていた。



「その人はきっと、恭介と出会えて幸せだったと思います。」


「私も、誰かにとってのそういう人であったと、・・・・そう願いたい、です」


恭介はカップを机に戻し、椅子の背に、もたれかかる。

そのまま天井のステンドグラスを見上げ、光の模様が顔に落ちるのを受け止めるように、目を細めた。


恭介は1分程黙った後に、一言だけ口にする


「・・・そうか」


そういって私へとゆっくり振り返る恭介の表情は、私にはどういう感情を持ったものなのか解らなかった。恭介の瞳に映る私の姿。だが彼が見ていた物は、その向こうにいる、別の誰か



それはきっと彼にとって何よりも大事で





かけがえのない、思い出の残滓。


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