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第07話「綺麗なのが、不思議」


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幻想種族大百科


エルフとは、古代より語り継がれる神秘の民である。


彼らは森と共に生き、精霊の加護を受け、長命であるがゆえに人類の歴史を外から見守ってきた。


その耳は細長く、鋭敏な感覚を持ち、魔法の流れを読む力に長けているという。


中でも伝説に語られる『真なるエルフ』は、大地と魔力の結びつきを体現し、通常のエルフよりもはるかに強い魔法を扱うことができるとされている。



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「エルフってかっこいい種族なんですねぇ」



他人事の様な感想しか出てこなかったが、これが私のルーツなのだろうか。何やら夢物語の様な世界だ。どうにも実感が湧かない。


そうなんだ、みたいなリアクションを何度も取りつつ私は本のページを幾度もめくる。


私は冬華に連れられて村の図書館にやってきていた。古い教会の様な開けた空間に、所せましと本が並べられている。


ひんやりとした空気が頬を撫でた。天井の高い空間には静寂が満ちており、時折、本棚の奥から紙をめくる微かな音が響く。


本棚は年季が入った古びた物だったが、収められている書物はとても綺麗だった。まるでほとんどの本が一度も読まれずに置かれていた様に。


読むのに夢中になっていた私はふと図書館の時計を見る。3時間程経っていた。トウカは今どこにいるのだろう


両手を背中に回し、軽い足取りで本棚の合間の通路をひょこひょこと覗き込んで回るが冬華が見つけられない。


「やあ。エリィ」


ふいに背中から声をかけられる。この声は、恭介だ。


「こんにちは恭介。」


「冬華から一緒に図書館に行くと聞いていたからね」


「丁度借りたい本もあったから、顔でも見ていこうかと思ったんだ」


「怪我は、まだ痛むかい?」


赤い瞳の奥には、何かを測るような光が揺れている。

尋ねる彼の声は穏やかだったが、言葉の端にかすかな気遣いの色がにじんでいた。


「もう痛くはなくて、ちょっと痒いです。」


私は包帯の上から頭をポリポリと掻く。内側の痒みに手が届かず、なんともむず痒い


そんな私を見ながら彼は少しだけ微笑み、頭に手を置いてガシガシと少しだけ強く撫でた。不思議と心地が良い


「どうやら君は、普通の人よりも怪我の治りが速い様だ。あと2,3日もすれば、包帯も取れると思うよ」


包帯がとれたら、思いっきりかきむしってしまいそうだ。次の魔物は、なるべく怪我をせずに倒してしまおう。


「恭介。冬華を見ませんでしたか?」


「ああ。冬華なら2階で小説を読み漁っていたよ。君が集中してたから、邪魔しない様に気を使ったんじゃないかな」


「その本も、冬華からのオススメなのかい?」


「はい。色々な神話?という世界の生き物がたくさん載ってて、非常に面白い本でした」


幻想種族大百科。恭介は私の手から本を取り、ページをめくる。


「エルフっていうのはね、神話や物語の中では非常に王道の種族で、現実には誰も見たことがない」


「でも、私はここにいるんですね・・・不思議ですね」


本当に他人事の様な感想しか出てこないから困ったものだ


私は首を傾げながら、髪の束を耳にひっかける。長い耳がより露わになった。


「ずっと架空の存在だと思っていたのに、こうして君と話してる。」


目の前の少女が本の中の幻想ではなく、確かな存在として生きていることを改めて実感するように、その言葉を静かに口にした。彼の赤い瞳は、今は髪に隠れてよく見えないが、何か、とても悲しそうな。いや、これは。


恭介は顔をあげると、私の胸元に本を押し付ける様に返し、私は本を抱きしめる様に受け取る。


「感想をあの子に聞かせてあげるといい。とても喜ぶと思うよ」


「じゃあ僕は行くよ。冬華にも、よろしく言っといてくれ」


「はい。それでは、また。」


私は恭介にぺこりと頭を下げ、そのまま彼の横を抜け2階への階段を目指す。


ふと振り返ると、恭介はまだこちらを見ていた。

赤い瞳の奥に揺れる何かは、穏やかでありながらも深く沈んでいる。

彼は言葉を発することなく、ただ軽く手を振った。


彼の手には本は無い。目当ての本は見つからなかったのだろうか


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その後私は冬華と合流し、彼女がオススメのファンタジー小説を読み漁った。

その世界で悪事を働く魔王とその一味を、小さな村から冒険に出発した勇者が倒す、そんな内容だ。


勇者は旅の途中で出会ったエルフの少女と恋に落ち、共に冒険しながら愛を育む。

様々な出会いと別れを経験しながらも二人は絆を強め、とうとう魔王を倒し、世界を救う。


空想の物語を読みながら、その情景を想像しつつ活字を読み進めるという経験は初めてだったが、これは何とも面白いものだ。自分とは違う、誰かの人生を頭に広がっていく不思議な感覚が心地よい。


「エリィの前にも、いつかやってくるかもしれないね。素敵な勇者様が」


余韻に浸り、感想を交換する中でそういった冬華の言葉がやけに印象に残った。


私もいつか、愛する、という意味で誰かを好きになる日がくるのだろうか。


でも、私はまだ、私がエリィであるという事しか知らないのだ。勇者様に会える日は遠いだろう。


図書館を出ると、冷たい風が頬を撫でた。昼間の穏やかな陽気とは打って変わり、夜の空気は少し鋭く感じる。


「ちょっと寒くなってきたね」


肩をすくめながら、両手を袖の中に引っ込めた。私はその姿を横目に見ながら、自分も首元を軽くさする。


「冬華、図書館、とても楽しかったです」


そう言うと、冬華はぱっと明るい表情になり、「よかった!」と声を弾ませた。


「エリィ、また一緒に行こうね。次はもっと面白い本を探しておくから!」


「楽しみですね」


短い会話が夜道の静けさに溶け込む。村の街灯がぽつぽつと灯り、歩くたびに足元の小さな砂利が微かに音を立てる。


ふと、冬華が立ち止まり、夜空を見上げた。


「綺麗なのが、不思議」


私も同じように見上げると、澄んだ夜空には無数の星が輝いている。確かに、とても綺麗だと思う。

でも、何故だろう。冬華は、寂しそうな表情をしている。


その理由を、私は何故か聞けなかった。その代わり、私の今の素直な気持ちを、彼女に伝える


「いつか、この世界のことをもっと知りたいって。そう思います」


私の何気ない言葉に、冬華はそっと微笑み、歩みを再開する。


「そのときは、私も一緒にいるよ」


そんな約束を交わしながら、二人は静かに村へ戻っていった。


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