第06話「あなたの、優しい記憶」
夢を見ていた。エリィになる以前の夢。生まれる前の夢。私ではない誰かの夢
「もうすぐ、生まれてくるみたい」
「名前はそろそろ決まりましたか?」
「ごめん。まだ悩んでいるんだ」
「私はちゃんと考えましたよ」
「頭が上がらないな。どんな名前だい?」
「■■■■・・・というのはどうでしょうか」
「・・・とてもいい名前だ。それにしよう」
「駄目です。あなたもちゃんと考えてくださいっ」
「あなたが悩んで、考えて、この子の事を一生懸命に想って。思いを込めた名前を」
「ちゃんと決めてください。それまでは保留ですよ」
「手厳しいなあ」
「どんな子に育つかな」
「どんな人を好きになるのかな」
「あなたにそっくりな、頑固で卑屈な人になったらどうしましょう」
「まったくだ」
「君の様な、優しい子に育ってほしいと、そう思ってるよ」
「はい。私もです。」
記憶。これは誰のはなし?このひとたちは、だれ
だれが話しているの
私はだれ?
あなたはだぁれ
誰かがきた。手を握る。泣いている。目を開けないと
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何か夢を見ていた気がするが、何も思い出せない。目を開けると、冬華の部屋の天井が視界に入る。
ここはべッドの上。私の全身は包帯まみれだった。背中がすごく痒い。足の先がしびれる。熱くて寝苦しい。
起き上がろうとしたが、体はピクリとも動かなかった。
視界を横に向けると、私の手を握る冬華と目が合った。
「エリィ・・?エリィ!!!よかった!大丈夫?どこか痛い!?お水飲む!?あ!私が誰か解る!?」
冬華の声は震えていた。彼女の手は私のものをぎゅっと握り締めている。指先に感じる力の強さが、そのまま彼女の不安の大きさを物語っていた。
「・・・私はエリィ・・・あなたは冬華・・・お水は、欲しいです・・・」
力なくそう答えると、冬華は大きく息をついた。その肩がわずかに震えているのが見える。彼女は頷きながら、すぐに私の背を支え、水を飲ませてくれた。
「恭介は、大丈夫だって言ってたけど・・・やっぱり心配だったんだ・・よかった・・本当に・・・」
冬華の手伝いでなんとか状態を起こし、水を飲ませてもらう。
私の手を握ったまま俯いた冬華を私はぼんやりと見つめる。
「・・・・・・冬華?」
時計の針の音だけが聞こえる。冬華は何かを話そうとしてる様だった。私はそれをじっと待った。
「16人」
「村を守ろうとして、死んだ人の数・・・16人もいるんだ」
彼女の手元は震えている。その表情が物語るのは、後悔と、恐怖と。不安。
「すごく危険な事だって解ってた。だから、村を守るお願いなんて・・・断ってもよかったのに・・・!」
彼女はかぶりを振り、声を押し殺しながら、さらに言葉を続ける。
「エリィの事、こっそり逃がしてしまおうって思ったけど。遅かったみたい」
「そのせいでこんな痛い思いさせて、ごめん。ごめんね。」
「・・・・何もできなくて、ごめん・・」
拳を握りしめて泣き崩れる彼女に、私は素直な気持ちを伝えたいと思った。
「冬華。私は生きています。そして、恭介も、あなたも生きている。」
私は彼女の手を優しく握り、親指でそっと温かく撫でる。彼女は涙を流しながらも、戸惑ったように私を見上げた。
「私はそれが嬉しい」
私は微笑み、涙のにじむ彼女の頬を軽く指先でぬぐう
「嬉しいって思えるのがエリィだったんです。」
「だから泣かないでください。私は、あなた達を守ります。」
「大丈夫。魔物はみんな私がやっつけてあげますから」
恭介と、冬華と、村の住人を、皆。
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それはどこにあるの
だれが どこにいるの
あなたは だぁれ
ここは どこ
頭の中で 何かが ぎちりぎちりと うごめいた
それでも わたしは
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あれ?今、何か
冬華はぐしぐしと目を拭うと、スイッチを切り替えた様に、明るい笑顔で私に問いかけた。
「ねぇエリィ。何か、他にやりたい事ある?」
「やりたい事、ですか?」
「うん。可愛いお洋服欲しいとか、おいしい物食べたいとか・・・えっと、うーん・・・何か、遊んでみたいとか!何かない?」
首を傾げてムムム・・・と唸る。
「何も思いつきません・・・」
視線を泳がせながら考えてみる、しかし本当に何も思いつかない。気が付いたら指先で髪の毛先を弄っていた。
そんな私の顔を見ながら、冬華は笑う。とても元気で人懐っこい、元気な少女。ずっと張りつめた姿を見てきたが、これが本来の彼女なのだろう。一緒にいる人を安心させる様な、そんな優しい雰囲気があった。
「じゃあさ、じゃあさ。動ける様になったら一緒に、図書館に行こうよ」
「エルフの絵本とか、楽しい小説、私いっぱい知ってるんだ」
「私のオススメの本、エリィに読んでほしいな」
なんとも魅力的な提案だった。私は今、何も知らない。だから何が楽しいかも、正直まだ解らない。だが、冬華と一緒に本を読むことはきっと楽しいだろう。
「それは、とても楽しみです。・・・では、早く元気にならないと、ですね」
私は、自分の事だけじゃない。恭介の事も、冬華の事も。この世界の事をまだ何も知らない。
だからもっと知らなければ。からっぽな自分。ならば、何もないならば、埋めていけばいい。
冬華はぱっと顔を輝かせ、勢いよく立ち上がった。
「私が調合したとっておきの治療薬!持ってきてあげるから!待ってて!」
立ち上がり、冬華は小走りで薬を取りに行く。もしかしたら無理をしていたかもしれない。明るく振る舞って気を遣わせていただけかもしれない。でも
あの子を守れて良かったと、私は心から思えた。
なんだかまた少し眠くなってきた
気が付いたら私はまたベットに倒れこみ、そしてすぐに深い眠りに落ちる。
そしてまた、夢を見る。目覚めたら忘れている、夢の続きを。