第02話「愁夜と冬華」
ゾハール大陸。アゾス西大陸支部、地下2階にて
「超痛いです」
愁夜は頭や胴体を包帯でグルグル巻きにされ、猫背でフラフラと歩く。
スーツの上着だけを肩に引っかけ、まるで残業続きのサラリーマンのようだ。
対照的にシオンは背筋を伸ばし、きちんとした姿勢で静かに歩く。
視線は愁夜に向けず、労いの言葉だけを投げるように口を動かす。
「よくやった。お前が引き付けてくれたおかげだ」
はぁ、とため息をついて愁夜は頭を掻いた。包帯の内側がむずがゆくて仕方ない
「シオン班長が完璧に合わせてくれなかったら、多分死んでました。あざっす」
自分の姿、感覚や気配さえも完全に消えてしまう光学迷彩装置のデウス-エクス-マキナ。
そんな物を使いながら正確に斬撃を繰り出すシオンは一体どうやって自身の動きを把握してるのか。
正直この人も化け物だなと内心愁夜は思ったが、口には出さなかった。
代わりに疑問を投げかける。
「シオン班長。使徒は後何体いるんでしたっけ」
「【現在は】22体だ」
「・・増えてません?」
「先日東の拠点で魔結晶が奪われた」
シオンの言葉に、愁夜はすっと眉を寄せる。
魔結晶――死んだ使徒の体内から現れる、使徒の核ともいえる赤い結晶体。
本来ならゾハールの管轄で厳重に保管されているはずのものだ。
「・・・教会の警備ザルすぎませんか?それどころか【心臓】まで奪われてますし」
「ここ最近は頻度が異常だ。恐らく内部に裏切者がいる。」
「親玉の使徒・・・【アトリ】を消さないとずーーっと終わらないですね。これ。」
「蘇生によってアトリの魔力は削られてるから、無意味ではないよ」
愁夜は苦笑混じりにシオンに質問する。
「俺が生きてる間に、世界平和きます?」
「どうだろうな。ああそれと」
一拍置いて、シオンが言う。
「良い報告と、悪い報告がある。どちらから聞きたい?」
「悪い方からで」
「使徒マリア・ベルの魔結晶が見つからない」
「死体が落ちた地点。回収班がすぐに向かったが、既に消えていた」
「傍にもう一人いたのだろうな」
という事は、近々再び使徒殲滅戦があるという事だ。
囮を立ててからの一撃必殺戦法はもう通じないだろう。
愁夜はうんざりした表情で、再びポリポリと頭を掻いた。
「・・・どんどん小賢しくなってますね。良い方もお願いします」
「援軍が3人到着する。仕事が多少楽になるだろうな」
「アキトとマチルダあたりですかね」
「彼らは待機組だ。日本の拠点が立て続けにグノーシス教団に襲われた。対魔導3課の人員はいくらかあちらに回している」
「今回の援軍はこちらに呼ぶ為には様々な制約があってな。それに関しては追って通達する。それと」
廊下を歩くシオンの足が止まる。右手の方向に部屋の扉がひとつ。
「もう一人は既に到着してる」
シオンは愁夜の肩をポンと叩く
「ん。どしました?」
怪訝な表情で愁夜はシオンを見るが、そのままいつもの無表情で一言
「久々に会うんだろう。ゆっくり話すといい」
そういって、シオンはヒラヒラと手を振り、再び歩き出し、通路の角を曲がり消えていく。
この部屋に誰かいるのだろうか?
愁夜は部屋の扉を二度ノックし、静かに開けた。
そこにいたのは――
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「しゅう君?」
上島冬華が荷造りの手を止め、こちらを振り返った。
ゆるく後ろで結んだポニーテールが肩のあたりで揺れている。
羽織っているロングコートの裾がかすかに揺れ、その下から短いスカートと細い脚がのぞく。
彼女の澄んだ瞳が驚きで大きく見開かれる。
「冬華さん!」
愁夜は反射的に駆け寄り、勢いのまま抱きしめた。
「会いたかったです!好きです!結婚してください!!」
そして自分の頬をグリグリと擦り付ける
「ギヤーーーー!!」
次の瞬間、盛大にアッパーで殴り飛ばされる。
「ああ、ごめん、つい!!・・・しゅう君、大丈夫!?」
愁夜は床に倒れたまま顎を抑え、プルプルと震える
「いえ・・今のは俺も悪かったので・・・すんません」
ガバ!っと立ち上がり再び彼女の肩に手を置く
「でも、久々に会えましたね。俺、めっちゃ嬉しいです!」
愁夜にしっぽが有ったらブンブンと激しく動いていたかもしれない。会えたのはいつぶりだろう
「ももう。大げさだよ」
彼女はほっぺを少し赤くして、ジト目で俺を睨む。可愛い
「あと、びっくりしただけだからね。別に嫌とかじゃないから」
少し恥ずかしそうに眼を逸らして、もう一言。
「・・・ゆっくりお願いね」
本当にこの子可愛い。ああ。昨日死ななくてよかった
「しゅう君が変わらなくて安心したよ」
「うはは。空元気としぶとさだけが俺の取柄ですから」
冬華はやんわりと愁夜の手を肩から外すと、ベッドの上にボフっと座る。
「今日から私がサポートに入るよ」
「私が設計した自立稼働型のマキナが3体、前線に投入されるの」
愁夜がガッツポーズでそれを称える。
「最強無敵じゃないですか!」
冬華はベッドから足を垂らしたまま、上半身をそのまま寝かせ、天井を仰ぐ
「私も最強無敵だと思ってたけど、友達に1回全部壊されちゃったんだ」
深く息を付き、呟く。
「修理と再設計に時間かかっちゃった」
愁夜はそんな冬華をガッツポーズで労う。
「最強無敵じゃないですか!その人連れてきましょう!」
「うん・・もうすぐ来てくれるんだけど」
「しゅう君、顔を見たらびっくりするかもね」
びっくりするとはどういう事だろう。そんなに面白い顔をしているのだろうか?
「俺の知り合いですか?いや。でもアゾスの外には出ないからなあ・・・」
「どうなんだろうね」
冬華は感情の読めない表情でぼんやりと天井を見ていたが、愁夜は笑顔を崩さず、そんな彼女の姿を見ていた。
「冬華さん!それよりも!それよりもですよ!」
「俺と付き合ってくれるか、保留にされてる返事、そろそろ欲しいです!」
愁夜は尻尾があったらそれはもうすごい速さでブンブンと振ってそうな勢いで懇願する
「駄目」
即答されてしまった
「しゅう君が対魔導3課を辞めたら前向きに考えるんだけどな」
その言葉には、色々な思いが込められてる事を愁夜は感じ取る。
しかし、それは愁夜には決して聞けない願いだった
「それはできません!」
「どうしても駄目?」
「はい」
この部屋に入ってから初めて、愁夜の表情から笑顔が消える。
「七海さんの仇を取らないと。俺は今、その為に生きてますから」
数秒の沈黙。
「七海さんは俺達みんなの姉さんでした。血の繋がった冬華さんだけじゃない。俺達みんなの」
視線を地面に落とし、拳をギリギリと握りしめる。
「【あんな死に方】を俺は認めない。絶対に許さない」
「だから例え冬華さんの頼みでも、戦う事は辞められない」
「冬華さんを苦しめる連中は、全員ぶち殺します」
冬華はベッドから上体を起こし、愁夜に対して指先をクイクイっと動かす
「・・・しゅう君。ちょっとこっちきなさい」
愁夜は何も言わずベッドに座る冬華の前で膝立ちになり、目線を合わせる。
すると冬華は、愁夜の襟を掴み、グイっと引き寄せ、頭を包み込む様に抱きしめる
愁夜は無抵抗に冬華の動きに従い、そのまま身を任せる
「危ないから、やめて。って」
「怖いから、戦わないで。って」
「復讐なんてしなくていい。って」
「何も言えないや。だって私も、同じだもん」
「しゅう君。私が君を守るから」
「──しゅう君も、私を守ってね」
優しい声色で、冬華は愁夜の頭を優しく撫でる。
言葉に対する返答はなく、愁夜は抱きしめられたまま静かに沈黙していた。
「・・・・しゅう君?」
愁夜がポツリと言葉を漏らす
「冬華さんの胸、あったけぇ・・・」
冬華は深く息を付き、呆れた様な声で一言
「ばーか」
抱きしめてる冬華には見えないところで、愁夜は怒りを込めた表情で決意する。
ギリっと歯を食いしばる。
俺は死なない。今日も明日も。明後日も。この先もずっと
冬華さんが心から笑える世界を作る為に、使徒を殺す。
鏖殺する。
──いつか。必ず。




