第14話「それぞれの道。それぞれの決意」
シズ君と別れた後、私はとても大きな空間へと案内された。
ドアを開けると、そこには広大な草原あり、大きな池が見える。地下の筈なのに頭上には青空が広がっていた。
私は一歩踏み出し、視線を上げる。日の眩しさに目を細め、手を額にかざした。
この景色に似た場所を私は知っている。
あの場所と、同じ空気。
私は、青空の眩しさを顧みず、目を見開く。
「魔物の村・・・?」
恭介と冬華と出会った、あの場所。
「君が生まれた施設も、ここと同じ、教会の使徒が作った空間だ。半径1000メートル程の、小さな規模だがな」
シオンはポケットから煙草を取り出し、ライターで火をつける。ゆっくりと煙が空へと昇っていく。
「私達にもどういう原理なのかまでは、解らないが」
ドアより後ろにも景色は広がるが、手で押すとそれ以上進めない、不思議な感覚がある。
向こう側にも広がる世界とこの空間は断絶されていた。
私は足元の草を指先で軽く撫でる。指に触れる感触は、地上のそれと変わらない。
「この奥に大きな時計塔があってな」
「そこがこの国で唯一【ゾハールへと繋がる場所】となっている」
シオンは煙草を持つ手を少し持ち上げ、教会の方向を示した
「この先に・・・ゾハールが・・・・」
私はその方向へ目を向ける。遠くに僅かに見える尖塔が、空間の光に溶け込んでいた。
シズ君の故郷が、ある。
「教会の連中が言うには、ゾハール大陸がこちらの世界に転移してきた時に世界中にできた世界の歪を利用した転移装置らしい。ただし一度通過したらゲートが閉じられ、すぐに戻る手段は無いぞ。」
「ゾハール大陸周辺は岩礁と森に阻まれた天然の要塞。空は飛竜が飛び回る死の空域だ」
「行き来するのは、こうして教会の・・・使徒の力に頼るしかない。忌々しい話だが」
シオンは煙草を地面に押し付け、火を消した。灰が風に舞う。
「明日、シズ・マクレーンをここから故郷へと送る。構わないな?」
私は小さく頷く。両手を前で組み、指先をぎゅっと絡める。
「・・・ありがとうございます。シオンさん」
「君に協力させる為にあの子を利用させてもらった。礼を言われる筋合いは無い」
シオンは目を合わせずに答える。
「いいんですよ、そんな事は」
私は精一杯の笑顔をシオンに向け、語る。
「シズ君が家族に会える。それだけで、私は嬉しいんです」
何も無かった私。何も話せなかった私。
それでもシズ君は、私を信じて一緒にいてくれた。
どうすればいいのか解らなくて、怖くて不安だった外の世界も
彼が一緒にいたから。
シズ君が、私を支えてくれた。
言い訳かもしれない。逃げ出す口実に、彼を利用しただけかもしれない
私の記憶は何もない、全部借り物の体。借り物の記憶だ。
それでも
でも、私が彼を大切に思う気持ちは本当だから。
私はシズ君の為に、この世界の為に戦うんだ。
「だから、ありがとうございます。シオンさん」
シオンはしばらく黙っていた。風が優しく草を揺らす音だけが辺りに響く。
やがて彼女は口元を少し緩め、どこか安心した様に言った。
「君がそういう【人間】で良かったよ」
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冬華と話初めて1時間くらい経っただろうか。思えばこちらの世界に来てエリィ以外の人とこんなに話したのは初めてかもしれない。
冬華僕が語るエリィの話に嬉しそうな顔で相槌を打ち、時には驚いた表情で何かを考え込んだりしていた。
「へぇ~・・・エリィ、そんなにハシャいでいたんだ・・・なんか意外かも」
その声には、少しだけ羨ましさが混じっていた。
彼女はうんうんと何かを考えながら足をぶらぶらと動かす。
「そう?いつも笑ってて、いつも距離が近くてさ。振り回されっぱなしだったな」
思い出せば苦笑いが込みあげてくる。だがどの思い出も、僕にとっては大切で。
「どこにいっても、何を見ても新鮮な反応だった。新しい物を見つける度に、本当に嬉しそうでさ」
後ろで手を組んで、僕の前を軽い足取りで歩く彼女の姿を思い出す。
「まるで初めて見たみたいに・・・」
そうか。
エリィにとっての外の世界は、初めての世界だった。
だからあんなに。
「・・・初めてだったんだ。エリィは」
「・・・本当に知らなかった。」
「僕と同じで記憶が無いのに、それでも僕が不安にならない様に、いつも元気に振舞ってた」
「でも、もっと辛かったのはエリィだった」
「思い出も、記憶も、本当は彼女には何も無かったんだから」
「僕はそれに、何も気づいてあげられなかったんだ」
「・・・彼女を守るっていったのにな」
むむむ・・・と眉をしかめた冬華。次の瞬間
「とう!!!」
バシィ!!!っと勢いよく背中を叩かれる
「いったぁ!!? 急に何!?」
僕は思わず身をよじる。 冬華は勢いをつけて立ち上がると腕を組み、少し怒ったような顔で僕を見下ろしていた。
「しっかりしろ!男の子!」
ふん!!!と鼻息荒く彼女は続けて言い放つ
「私はエリィがそんなに笑う子だなんて、知らなかったよ」
「そんなに楽しそうなエリィ、見たこと無かった」
「どこか遠くを見てるみたいな表情で、ただ私たちのいう事を信じて」
目を少しだけ伏せ、辛そうな表情で過去を振り返る。それでも冬華は言葉を紡ぐ。
「いつも自分を傷つけて、それでもいいって言うような、そんな子だった」
冬華は、拳をぎゅっと握りしめ、唇を噛んだ。
「でも、シズ君と一緒にいる時のエリィは、そんなんじゃなかったでしょ!」
「君が一緒にいたからなんだよ!」
「楽しかったのは。外の世界が楽しかったのは」
「君がいたからなんだ」
僕は思い出す。この3か月のエリィと過ごした日々を。
思い出の中の彼女は
「それを忘れたら駄目!!!と思うな!私は!」
僕の名前を呼ぶ彼女は
ずっと笑っていたんだ。
「ねぇシズ君。君はどうしたい?」
「え?」
「このままゾハールに帰るの?違うでしょ」
「・・・それは、嫌だな。それに」
「まだ僕の事、何も話してない」
「思い出したんだ。故郷の事、家族の事も全部」
「僕の好きな本や演劇、エリィに教えてあげたいな」
ずっと一緒にいたのに、何も話せなかった。僕は自分が誰なのかも解らなくて。
エリィは自分が誰なのかも話せなくて。
それでも一緒にいて、エリィの優しさに触れて、一緒に思い出を作ってきた。
経った3か月だけど。それでも僕にとっての君は
「また一緒に肩を寄せ合って笑いあいたい。あの場所で」
僕は、自然と答えていた。 心の奥にあった言葉が、口をついて出た。
冬華は満足げに口の端を釣り上げた。
「今のままお別れしたら、もう会えないかもしれない!」
「だから!!」
冬華は、僕の肩に手を置いた。
「君のその正直な気持ちをエリィに話してあげて」
「何も言わずに別れちゃうのは、絶対に駄目」
その言葉に、僕は目を伏せる。 そして、ゆっくりと顔を上げて言った。
「・・・ありがとう。冬華。すっごく元気が出た」
「・・・よし!」
冬華は楽しそうに笑う。 その笑顔はどこかエリィに似ていた。
そして、僕も笑った。 今日初めて、心から。




