第11話「新世界のマクレーン」
シオンは僕達を大きなフロアへと案内する。
白い壁と無機質な照明が、空気の冷たさをさらに際立たせ、居心地が悪い。
窓ガラスの向こうにはいくつも立ち並ぶ魔物(デウス-エクス-マキナ)
多くの人達がその歪な兵器を整備、点検し作業に追われ走り回っている。
そして僕らは、【真実】を聞く。
シオンは立ったまま腕を組み、言葉を発する。声は冷静で、感情の色はない。ただ淡々と情報だけが場に投げ込まれていく。
「可能な限り簡単に、説明してやる」
「今から200年前にこの地上に現れたゾハール大陸。そこに住む住人、ゾハルの連中は全世界に侵略戦争を仕掛けた。」
「は・・?」
僕達(ゾハール人)が自分達から戦争を?そんな事、知らない。
本当に?
あれ。今何か
頭の中がムズムズする。少しだけ、気分が悪い
僕は頭の靄を振り払い、話に集中する。今は話を聞かないと
「それを統括していたのが、自らを神と名乗る【デウス】という化け物。そしてその僕たる使徒という存在だ。」
心臓が、早鐘を打つ、頭が、少し痛い
「この世界の兵器は彼らには通じず、人々は魔法と呼ばれる力で焼き払われ何千、何万という人間が命を落とした」
「お前たちが隔離されていた【村】はその時世界中に作られた地下シェルターの一つだ。」
ひと息では処理しきれない現実。僕たちは相槌を入れることもできずに話を聞き入る。
「そして」
「使徒の中に、我々に味方をする連中がいた。」
「彼らの知識を借り、長い年月をかけ、我々は奴らに対抗する力を得た」
「設立されたのが異世界環境統制機構アゾス」
「そして魔動機をコアに動く神の力を破壊する為の兵器」
「君たちが魔物と呼ぶ【デウス-エクス-マキナ】だ」
僕の背筋が冷える。あれだ。あの記憶の中で見た怪物
「大きな戦争だった。だが我々は勝利し、デウスはバラバラに分解され、その欠片はゾハールの各地に散らばった。生き残った使徒は現在も生存しているがな」
忌々しそうにシオンは舌打ちをする。
「ゾハール内部に住んでいた住人は、デウスと使徒によって管理されていた家畜の様な存在だ。その大半は戦争をしたくてしていた訳では無い。デウスが滅び残った使徒が逃げ出した後、早い段階で和平が成立した」
「そこで我々に協力した使徒が新しい国・・【教会】を作り、アゾスと教会は同盟を結んだ。そして逃げたデウスの使徒を今も追い続けている」
シオンの顔に感情の色は見えない。ただ事実だけを手渡してくる。
「解ったか。これが【真実】だ」
僕もエリィも、一言も返せず黙り込む。喉が詰まって、声が出ない。
沈黙を破るのは、エリィの質問
「・・・この国の人達は、何故その戦争を誰も知らないのですか?この場所はとても、平和な世界でした。」
「戦後、滅びかけた世界を我々アゾスと使徒は協力のもとで世界を【再構築】した。戦争の爪痕が残る文明や地形、信仰体系はすべて解体され、国境も地図も歴史も塗り替えられた」
「今のお前たちが住んでいた“現代日本”も、実際はその再編計画によって整備された区域の一つに過ぎない。かつて魔法や神の力が存在した場所であっても、今は普通の人々が戦争の記憶すら持たず、穏やかに暮らしている」
「教育、報道、文化――すべてが、新しい秩序を維持するように設計されている」
「・・・こちらの世界で本来、【魔法】が使えない理由も、聞いて構いませんか?」
「【魔法】の大元になっていたのはデウスの魔力だ」
「大気に漂う奴の魔力に、ゾハルの民の血に流れる【魔導】で火をつけて奇跡を発動させる」
「奴がバラされた事で大元となる魔力は大幅に薄まり、現在魔法というシステムはゾハール大陸という空間のみで機能する。」
ならば、何故僕たちは魔法が使えるのか。
なんだか、胸騒ぎがする。
「ゾハルの民は、現実世界では魔法が使えず、魔法障壁の強さも本来の10分の1以下へと落ちる。それは使徒も同様の話だ」
「奴らは滅ぼされるのを恐れて、ゾハールから出てくる事はまず無い。これは幸いだった。」
僕は苛立ちを抑えずに反論した。
「・・・そんな荒唐無稽な話を信じろっていうのか」
シオンは鼻で笑う
「お前たちが使う【魔法】が荒唐無稽な力では無いと?」
「はっ言われてみれば確かに馬鹿みたいな話だ。」
「お前の身元も裏が取れているぞ。シズ・マクレーン。まずはお前について話をしよう」
「・・・なんだって?」
「シズ・マクレーン。魔導の名門、マクレーン家長男。ゾハール内部での使徒殲滅作戦に非許可で同行。そして君がいた討伐隊は壊滅した。両親もその時に死亡している」
は?
なんだって?
言葉が頭に刺さった。数秒遅れて意味を追いかける。
僕が・・・僕の あれ 何かが
心拍が急に速くなる。鼓動の音が耳に響く。
エリィが、僕の顔を、心配そうに覗き込む。
「シズ君?」
「マクレーン家の魔導は使徒の魔法障壁を貫通できる数少ない力の一つ。そこで仮死状態だった君は治療の為にこちらへと移送された」
エリィが僕を見ている。信じられない、という顔をして。
「だが輸送中の事故により行方不明。記録ではもう死亡扱いされている。かと思いきや・・・」
シオンはわずかに眉をしかめる
「拉致され、魔動機のパーツとして利用されていたとはな。」
僕は頭を抱え、呼吸が浅くなる。
「・・・お前は紛れもなくゾハルの民だ。・・・本当に何も覚えてないのか?」
僕の父も、母も
真っ赤な炎で焼かれて
逃げ出した。 あの日のよる
「デウス・・・使徒・・・?僕は・・・っ・・・!!!!」
頭の中で弾ける記憶の断片
何もかもが燃える。
■■■
僕の大切なものが全て。赤い海に沈んでいく
全部無くなる。 何もかも
すべて
「あ・・が・・・あああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
頭が 焼ける様 に
痛い。
「ああ・・・あ・・・!!!・・!」
「・・シズ君・・・シズ君!!」
僕の背に腕が回り、ぬくもりが僕を包む。だが焼ける様な痛みが、引かない
「大丈夫。息を吸って」
「落ち着いて」
「私はここにいます。もう大丈夫です・・・だから」
エリィの言葉で、我に返る
「はぁ・・・!は・・!!は・・・!」
瞳に涙が溜まり、視界がゆらゆらと揺れる。
断片的にだが、思い出した。そうだ。僕は。
「使徒・・・・使徒!!
あいつらが!僕の家族を!!故郷を!!!」
拳を握りしめて叫ぶ
「そうだ。使徒。そいつらが、【我々】の敵だ」
シオンは小さくため息を付き、複雑な表情で僕を見ていた。
「両親以外に・・・シズ君の、家族は、生きているんでしょうか」
「祖母のクラリス・フォン・マクレーンが存命している」
「シズ・マクレーン。お前の帰るべき家は、ゾハールにまだ残っているぞ」
頭の中のパズルの、最後の1枚のピースが、叩きつけられる様に押し込められる。
「おばあ様・・・そうだ・・・・・そうだったんだ・・・」
帰らなければ。自分の無事を、知らせなければ。
おばあ様一人で、今どこで何をしている?
不安だろう。きっと悲しんでるだろう。なのに、僕はここで一体何を?
まだ息が荒い。何もしてないのに、ひどく疲れている。頭の中が焼けこげそうだ
全部、思い出した。
「ごめんエリィ・・・もう大丈夫・・大丈夫だから・・・」
そういって僕を抱きしめるエリィを優しく引きはがす
彼女が不安そうな瞳で、こちらを見ているのが顔を見なくても解る。
駄目だ。僕がしっかりしないと。
彼女を守るって誓ったんだから
今は、いい。こいつらの話を最後まで聞いて、そしてゾハールに帰る方法を聞き出す。
そしてとっととこんな場所からはオサラバだ。あのアパートに帰りたい。エリィと一緒に、早く
「次はお前について話をする。E-001・・・いや、エリィだったな」
「はい」
「・・・話しているのか?」
「いいえ」
「・・・そうか」
エリィは、何も言わずにコクリと頷いた。それを見たシオンは、眉間に皺を寄せて僕の方へと視線を移す。
「・・・エリィ、どうしたの?」
「マクレーン。聞け」
「彼女はゾハルの民では無い。アゾス兵器開発部の非許可実験で生まれ生物兵器だ。」
死体にゾハルの血を幾重にも混ぜ、それを特殊な魔動機のコアで動かしている」
「解りやすく言ってやる。エリィは意思を持つ魔物。【デウス-エクス-マキナ】だ」
言葉の意味が、よく解らなかった。僕が今、どんな顔をしているのかも、何も
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一方その頃、地上にて。群衆の中を歩く二人組がいた。
「くっせぇ。どうしてラムズ共の住処はこうも臭いんだ。吐きそうになるな」
文句をブツブツという青年は、【長い耳】を持ち。色素が完全に抜け落ちた完全な白い髪の毛を目が隠れるまで伸ばしてる。髪の間から見える僅かに見えるのは、【エメラルドグリーンの瞳】
赤黒く染められた神父服の上から黒いマントを羽織っており、およそ現代社会に馴染む気が一切無い様な異様な風貌をしている
「こんな臭い所に住んでるから寿命が短いんじゃないのか?こんな薄汚い場所で魔法が使える訳がねえだろボケ。うぇ。また気持ち悪くなってきた・・・」
「エルウッド。文句ばかりいってはいけません。わざわざこんな辺境のラムズの島までやってきたのです。手土産の一つでも持って帰らないとまたアトリに叱られますよ」
それを窘める女性は、【長い耳】を持ち、金の髪を肩までの長さのショートヘアに整えた端正な顔立ちをしていた。
目は完全に閉じているにも関わらず、人込みの中を難なく歩いていた。
青年とは正反対に、ジーンズとヘソが露出したシャツの上から革製のジャケットを羽織った現代的な服装をしており、背中にはナイロン製の大きな剣道袋を担いでいる。
「このあたりにいるラムズ全員の手を斬って繋げて首飾りでも作ればいいだろめんどくせぇ。コーネリア。お前がやれ」
「駄目です。彼らは貴重な【資源】です。我々に手を出す権限がありません」
「あくまでも、標的は機械仕掛けの神。そしてそれを信仰する汚れたラムズのみ。それをお忘れなく」
「で?アゾスの穴倉にはいつ遊びに行く?」
「内通者からの連絡待ちです。人員の補充が近くあるのでそれまで待機との事です」
「マジかよ!!!ああ!!くっせぇなあもう!早く帰りてぇ!」
「おそらくはもう間もなく、状況が動きます。エルウッド。あなたはこの街に入ってから、感じませんか?」
閉じていた目を片方だけ大きく見開き、頭を押さえつつ彼女は何かを観測する。
瞳の色は【エメラルドグリーン】その光彩の奥に光る、小さく赤い閃光。
「デウス(神)の脈動を」
ドクン。ドクンと感じる、神の鼓動がすぐ其処まで。
全てが始まる。




