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第09話「シズとエリィの日がな一日 後編」



「シズ君、こっちこっち」


ソファーに座るエリィはポフポフと自分の横を叩いて僕を誘う


「いや、でもさ」


考えるべきことが山ほどあるのに。


「来てください」


その言葉には、どこか甘えるような響きがある。


「こんな事してる場合じゃ・・」


僕の理性が抗うも・・・


「早く。」


彼女は目を細めて僕を見つめていた。その瞳に抗えなくて

僕は肩を落としてエリィの横に大人しく座った。


「ふふ」


エリィはうれしそうに微笑むと肩をぐいっと寄せてくる。すごく良い匂いがした。


「近いよ!」


反射的に声が出た。あまりにも自然に距離を詰められて、思わず声を上げる


「駄目ですか?」


慌てて距離を取ろうとした僕を、彼女は小首を傾げて見つめる。


「駄目・・・じゃないけど」


言いながら、目を逸らしてしまう。声の震えをごまかすには、視線を壁へ送るしかなかった。


「はい。私も駄目じゃないです」


にっこりと笑う。もう駄目だ。色々な意味で立ち上がれない


「実は先日、TATUYAという所で映画を見れる円盤をいくつか借りてまして」


「このお家、それを再生できる機械がおいていたので・・・今回初挑戦!しようかと」


フンスと気合を入れるエリィ。エメラルドグリーンの瞳が揺れ、耳が少しだけぴくぴくと動いている。


「シズ君と一緒に見た映画、とっても素敵で面白かったけど、あの日は最後とっても大変な目にあったので」


クッションを手に取り、口元を隠して上目遣いで訴える様に僕を見る。


「もう一度、お家でやり直しませんか?」


「・・・そういう事なら」


その言葉に抗えるわけがないと、僕はすぐに降参した。



僕達の映画鑑賞会が始まった。


エリィは毛布を膝にかけ、お菓子を片手に真剣な面持ちで画面を見つめる。

テレビに映る筋肉俳優の怒号と爆音が部屋を満たすなか、彼女は静かに言葉を落とした。


「シズ君・・・まだ娘さんがどこにいるのか解らないのに、何故お父さんは基地を爆破したんでしょう?」


「・・・映画だからだよ」


僕はコーラの缶を傾けながら、肩をすくめる。画面越しの展開が現実味を失うほど荒唐無稽でも、彼女の問いは真剣だった。


次第にテンションが上がっていくエリィの横で、僕は映画というより彼女の反応に注意を向けていた。


2本目のサメ映画。ほとんどサメが出てこないがジワジワと不安が押し寄せてくる様な作風に息を飲む。

僕の感性に合ったのか、1作目よりも集中して鑑賞する。・・・だが。


「シズ君!!サメが!!!ああ!!逃げて、逃げてください!!きゃっ!!ああ!うぅ~」


エリィの叫び声とともに、突然僕の手に彼女の腕が絡まる。パニック状態の彼女が足をパタパタさせながら顔を赤らめている。


「エリィ!!!当たってる!!色々当たってるから!おち・・落ち着いて!!!」


僕は慌てて体を引こうとするが、動けない。

どうしていいか分からず、僕も顔を覆いそうなほどに赤くなってしまった。


-------------------------------------------------------------------------


その後僕らは映画を見続け、気が付けばもう日が落ちる寸前になっていた。

楽しい時間というのは、あっという間に過ぎてしまう。


・・・見た映画の内容はほとんど覚えていなかった。

それ程までに僕の意識の別の所に向けられてしまったからだ


「はぁ~・・・・流石に疲れてきましたね。」


「僕は意外と平気だったよ」


ずっと君を見てたから


僕の言葉に、エリィは少しだけ目を伏せる。そして、静かに問いかける。


「・・・ねぇシズ君。創作や、物語の世界って、すごく素敵だと思いませんか?」


ふと視線が遠くなった彼女の横顔。窓の外で沈む光が、彼女の瞳の色を柔らかく染めていた。



「どれもが、作り物だなんて信じられません」


「この映画の中の人たちにも、子供の頃の思い出。幸せな記憶。この先の未来がある様な、そんな気がするんです」


「・・・どういう事?」


僕はエリィを見つめる。彼女の言葉の奥にある何かを、うまく掴めずにいた。



「映画も小説も。彼らはその物語を作った人達の中で、ずっとその先の未来まで生きているんじゃないでしょうか」


「そして、何年か先、作った人達がいなくなってしまっても」


「その物語の中で、彼らは生き続けるんです」


「いいな・・・羨ましいな・・・」


「エリィ?」


たまに見せる、悲しい笑顔。


この顔をする時の彼女はきっと何かを隠してる

気持ちを抑えている。


なら僕は、どうすればいい?



---------------------------------------------------------------------------



エリィはいつも通りの笑顔に戻って、そっとクッション抱きかかえた。距離は近いままだけど、さっきまでとは少し違う。


ふたりはそのまま言葉を交わさず、最後の映画に手を伸ばす。ゆったりとした音楽と、街並みを歩く親子の物語。静かな時間がまた部屋に満ちていく。


途中、エリィの頭が僕の肩にそっと預けられる。彼女の髪が僕の頬に少しだけ触れて、ふわっとした香りが流れる。


心臓の鼓動が煩い。恥ずかしい。でも、それ以上に。


僕は何も言わずに、ただ彼女の手を握った。


エリィは一瞬ピクッと肩を揺らしたが、すぐにそのまま指を絡めてきた。

エンドロールが流れるころには、部屋の外はすっかり夜になっていた。


「…いい映画でした」


「うん…」


「シズ君」


「なに?」


「今日はとっても楽しかったです。ずっとこうだったらいいのにって、何度も思いました」


「・・・うん。」


ふたりは顔を見合わせて、小さく微笑む。


「ねぇエリィ。」


「もし何があっても。エリィが何を隠していても」


「僕はずっと一緒にいるから。」


「・・・エリィが話したくなったらでいいからさ」


「き、君を守るって。いっただろ」


「・・・・・・・・・はい。」


今日という日は特別な何かは起こらなかったけど、確かに心に残る。


温かくて、柔らかくて、静かな魔法みたいな1日だった。



-----------------------------------------------------------------


エリィは洗面台の鏡で自分の姿を見ていた。そこに映るのは見慣れた自分の姿

見慣れた、自分の、姿。借り物の、姿。ゆっくりと鏡に触れた指が、震えていた。


《お前は七海じゃない》

《その見た目も、声も、仕草も、すべて七海と同じものだが、七海じゃない》


恭介の言葉が、何度も胸を刺す刃物のように反芻する


胸の奥が焼けるように痛くて、思わず手で押さえた。


夢にみる記憶は、私じゃない誰かのもの。


知っている事は、私じゃない誰かの痕跡。


思い出なんて無い。全部作り物。


誰かの為に、誰かを幸せにする為に。自分の心に従い、生きていく。


そう決めた筈なのに。


怖い。彼に私を知られてしまうのが、何より怖い


でもこのままじゃ、シズ君をゾハール(故郷)に帰すことができない。


もうずっと前から気づいていた。


あの人たちに頼るしかないって。


でもそれをすれば、私は。


ポロポロと涙が溢れる。



「・・・・シズ君」


彼の名前を呼ぶだけで、心が少しだけ楽になる


私は鏡の前でうずくまり、彼の名前を何度も呼ぶ。


シズ君。シズ君。ずっと一緒に、いたいよ。この先も。





ずっと





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