第07話「異世界環境統制機構アゾス」
異世界環境統制機構アゾス
200年程前に突如出現した【異世界】を開拓、研究する為に作られた組織。
その拠点のひとつ――日本某所の地下深部。外界から完全に遮断された施設。
真っ暗な空間の中央。 降り注ぐ唯一の光が、目に傷がある女を照らしていた。腰まで伸びる長い黒髪を、うなじで無造作にまとめている。
スーツの上から黒いコートを羽織り、鋭い目線で遠くを見つめている。
周囲は静まり返り、椅子も人影もない。
円形を描く巨大モニターが壁を囲み、声だけが電子回線を通じて空間に響いていた。
「――異議とは何だ?」
「結論から言います。保護と対話に方針を切り替えるべきです」
傷の女は言い切る。
「E-001は自己防衛の範疇を越えずに戦闘終了後、自発的に対象排除を控えています。倫理的な判断力、感情制御はいずれも高水準。 自律的な意志による選択をしています」
会話は僅かだったが、そう確信できる程に彼女の精神は完成されていた。
生まれて数か月であるにも関わらず。
「記録は?」
「交戦記録が、ここに」
傷の女は端末に指を走らせ、中央卓に記録映像を投影する。
廃墟の中の映画館。敵を排除せず、対話を選んだ姿。沈静化した現場。
映像が終わると、モニター群に薄く青い光が灯る。
「……お前が言う“倫理的な判断力”とは、この行動を指すのか」
モニターの向こうの一人が問う。 その声には懐疑とわずかな困惑が混じっていた
「こちらの領域で出力100%を超えた魔法を発現させ、あろうことか地上をうろついている。早急に破棄し、【魔動機】を回収するべきではないかね」
「彼女は人間です」
言葉を遮るように、傷の女が言い切った。
「正確には人間としての意思を持っている」
「破壊ではなく、対話。それが彼女の選択でした」
「・・・【生きた兵器】が判断を?」
「はい。記憶の移植ではなく、環境と関係性の中で人格が形成されている。元になった人物の性格をトレースしている可能性は否定できませんが。 そしてその倫理判断は、既存の魔導兵器とは一線を画します」
わずかに靴音が響く。彼女は一歩、照明の中央に踏み出した。
「保護と対話に方針を切り替えた方がいいのではないかと。そう申しています」
「そもそも、自分が最初に受け取った任務内容では、研究員が無許可で拉致したゾハール人が地上へと逃走した。それを捕獲しろ。ただ、それだけでした」
場内の温度が下がる。 だが、傷の女は淡々と話し続けた。
「調査を進めた結果、この件は元技術研究員・赤屍恭介による無許可の実験と深く関係していたことが判明しました。」
「こちらの世界で、デウス-エクス-マキナを介さずに魔法を使う。そんな事ができる手段は、恐らく一つだけ」
「赤屍恭介は、【心臓】を使ったのでしょう?」
───全員が黙り込み、その返答は無い。構わず傷の女は言葉を続ける。
「【教会】には絶対に知られる訳にはいきませんね。我々の僅かな信頼関係は完全に決裂するでしょう」
眉間に皺が寄り、モニターを睨みつける。
「だからなるべく秘密裏に処分したかったのでしょう?」
彼女はモニターの向こうを見やり、言葉を続ける
「……我々は方針を転換し、彼らと“協力”するべきだと?」
【魔法が使用できるデウス-エクス-マキナ】」
「・・・本来の形とは大きく変わってしまいましたが、欲しいのはそれなのでしょう?」
言葉の裏に、静かな挑発が混じっていた。
「責任は、私が引き受けます。【この世界を少しでも長く存続させる為】に、使える手札は多い方が良い筈です。」
「いかがでしょう」
その答えは聞くまでも無かった




