第06話「シズとエリィ②」
起きて、立って、彼女を守らないと。
僕の大事なエリィを。
君を守らなきゃ。
起きろ。起きろ!!!
「エリィ!!!!!」
反射的に叫び、布団を蹴飛ばして僕は飛び起きる。息が荒い。体中が汗でグシャグシャになっている。
同時に、全身に衝撃が走り思わず僕はうずくまる。
「いっ!!!っっ・・・!」
体中の生傷から発せられる痛みがまだ寝ていろと僕へと警告を鳴らす
あまりの痛みに呻きながら床を転がった。だがこんな事やってる場合じゃない。
あれからどうなった?あの大男と傷女は?いや、それよりも
「エリィ!」
焦りが募る。心臓が騒がしい。
「エリィ!どこ!?」
起き上がることもままならず、壁づたいにずるずると廊下を進む。
リビングにも姿がない。キッチンも静まり返っている。
僕は洗面所の扉を乱暴に開いた。
「エリィ!!!」
全裸で頭をタオルで拭くエリィがそこにいた。
彼女はこちらを振り返り、満面の笑みを浮かべて言った。
「シズ君」
脳が一瞬停止する。
「うわあああああああ!!!!!」
訳のわからない悲鳴をあげ、全力で扉を閉め直す。 だが体力が底をついていた僕は、そのまま扉にもたれて尻もちをついた。
肩で息をしながら自身の顔を鷲掴みにして深く息を吸う。よかった。見た所大きな怪我はなさそうだ。あんなに綺麗な肌、じゃなくて!
「シズ君。まだ動いたら駄目ですよ」
隙間からひょっこりと上半身だけ覗かせる彼女の姿が再び現れる。
「いいから服を着てくれ!!!!」
思わず怒鳴る。
「もう」
エリィは不満げに唇を尖らせて引っ込んだ。 扉の向こうでパジャマに着替える気配がある。
扉の向こうで小さく鼻歌を歌っているエリィの声が、静かな部屋にぽつんと響いていた。 彼女の無防備さに、シズは戸惑いながらも、どこか安らいだ気持ちになる。だがそれにしても
どうして彼女はこんなにも無防備なのか。
僕だって男なのに。いや男だって認識されてないんだろうか。溜息しか出てこない
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しばらくして、ソファに並んで座るふたり。
時計の針が静かに8時を指している。外の光は消えていて、すでに夜だった。
昨日の出来事から、今日の夜まで僕はずっと眠っていたらしい。
エリィは、濡れた髪をタオルでポフポフしながら、ちらりちらりとシズの顔を盗み見ている。
シズは視線を定められず、無言のまま手を組んだ。
空気が重かった。目の前にあるのは、彼女の香る髪、温もり。なのに、胸の中は昨日の感情でごちゃついている。
「……あいつらは?」
沈黙を破ったのは、シズだった。
「追い払いました。」
その言葉には、誇らしさよりも悔しさが滲んでいた。
「シズ君が目の前で傷つけられて。頭の中が真っ白になって」
シズは横目でその動きを捉えながら、何も言わずに彼女の言葉に耳を傾ける。
彼女は言葉を探すように唇を噛み、目を伏せた。
「そのまま何もできずに気絶してたせいで」
「シズ君に、こんな痛い目に合わせてしまって・・・」
空気が少し揺れる。 エリィの肩が小さく震えているように見えた。 窓の外、街の灯りがゆらゆらと遠くで点滅する。
「かっこ悪いですね。私が絶対になんとかしてあげるっていったのに」
「ごめん、なさい」
絞り出すような声。 悔しさに滲んだ瞳が、一瞬シズを見て、すぐに逸らされる。
エリィのそんな顔は、見たくない。
「……仕方ないだろ。あんな不意打ち、誰だって対処できないよ」
エリィも僕も視線を合わせられないままだ。でも僕は彼女にかける言葉を探し続ける。
「・・・でも、対処しないと駄目だったんだ。」
「あの地下の連中が僕たちに会いにい来るなんて、予想できた事なのに」
「この場所の人たちはゾハールの事も魔法の事も、誰も何も知らなかったんだ。僕達だって、そのせいで忘れかけてた」
危機感を。それほど平和な数日だったんだ。
「ここだってバレてるかもしれない。一刻も早くゾハールに渡る方法見つけて、一緒に逃げようよ」
エリィは頷きながら、目を伏せた。
シズは拳をゆるく握る。
「……今度は、絶対に君のこと、守るから」
「僕が、守るよ」
その言葉に、エリィの瞳が揺れた。
そして、突然。
エリィは僕の膝の上に頭をぽふんと乗せた。
「エリィ!?」
シズは驚いて顔を引くが、目の前には彼女の長い髪がさらさらと広がっていた。
微かなシャンプーの香り。頬に触れる髪の柔らかさ。
いつもは僕よりずっと大きくて、明るくて、何よりも頼もしかったエリィは
今、とても小さくなって震えている。
泣いているんだろうか。
泣かないで。
エリィは僕の手を掴むと、その手を自分の頭の上に乗せ、グリグリと強制的に撫でさせる。
手が離されても、僕は自発的に蹲るエリィの頭を優しく撫でた。細くて、きめ細かい、ずっと触っていたくなる髪の毛だった
「しずくん・・・」
小さく甘えるような声。 まるで子猫が寄り添うような甘えた仕草に、シズは苦笑した。
素直に気持ちを伝える行為は恥ずかしくて、死にそうだ。
吐息に混じる感情。 それでも、僕は優しく髪を撫でることをやめなかった。
怪我が完治してないのに動いたり騒いだりしたせいか、なんだか眠くなってきた。
この温もりを守っていきたいと強く思いながら。僕たちはそのまま深い眠りに落ちた




