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第05話「闘うボーイ・ミーツ・ガール」



動け。 動け。


脳裏で、叫びが反響する。


エリィが倒れている。壁のそばに崩れ落ちて、髪が床に広がっている。


意識が朧げになりかけた視界の奥で、動かない彼女の姿が焼きついていた。


今動かなきゃ。 今、どうにかしなければ。


このままじゃ、彼女の笑顔を二度と見られないかもしれない。


――動け、シズ・マクレーン。


全身が痛い。耳鳴りがやかましい。それでも


その瞬間、全身の血が燃えた。


「汚い手で……エリィに触ったな」


両手を地面にめり込ませる様に力を籠め、無理やり体を立たせる。

大丈夫。まだ動ける。戦える。彼女を守る。僕が!


身動きが取れなくなった僕達を放置して、煙草を吸っていた大男が僕の方へと視線を移す。


「あん?」


「驚いたな。立てるのかよ」


笑っていた。本気で見下していた。


でも構わない。


地面に手をついて立ち上がる。 指の先から、熱が集まってきていた。


「立つなよ。殺すなって命令されてんだ。安心しておねんねしてろって」


(うるさ)い黙れ」


相手の言葉にかぶせる様に言い返す。


「そうかよ」


大男は一言だけそう返事をすると、床が弾け飛ぶ勢いで僕との距離を一瞬で詰める。


装甲で覆われた拳が、僕の肩へと振り下ろさせる。だがその一撃を、僕の片手が受け止めた。



「は・・・?」


大男は一瞬理解が追い付かず、思考が停止した。


拳を受け止めた手の平から炎が噴き出る。その衝撃で大男は弾き飛ばされた。


収束された炎がそのまま槍の形へと変わり固定される。




Longinusロンギヌス




僕の属性は、炎と貫通。あらゆる物を貫く、堅牢な槍。

血を燃やせ。魔導を全身に巡らせろ。


限界まで絞り上げた魔力が、脊髄から腕へと流れ込んでいく。


貫け。砕け。消し飛ばせ。


「馬鹿な」


傷顔の女が目を見開く。


「な、んだこいつ・・!!!」


大男は心底驚いた表情で困惑する。


「おい!ガキ!」


「何で【魔法が使える!?】ナニモンだてめぇらは!!」



傷顔の女は表情こそ驚いていたが、冷静に観察していた。


「間違いなく魔法が作動してる。ゾハールの外で。これは・・?」


ゾハールは魔法で栄えた世界だ。こいつらはそれが解っていて僕たちに喧嘩を売ったはずだ。

この反応はなんだ。いや。知った事ではない。僕は全魔力を総動員してでもこいつらを倒す。


それ以外は、何も関係が無い。


僕はゆっくりと槍を構えた。何故だろう。何も覚えてないのに、戦い方は解る。

体の動かし方も。この武器の使い方も。



「かかってこいよ人間。僕が戦ってやる。」



「馬鹿が!!!!」



大男が吠えるように踏み込み、拳を突き出す。


だが僕は右へ身を滑らせ、火の槍の柄で受け流した。


金属音が鳴る。火花が散る。 男の装甲が軋む。


大男は舌打ちと共に跳び退く。


次の瞬間、僕は穂先を跳ね上げ、彼の胸を狙う。


「さっきまで膝ついてたガキとは思えねぇな!」


僕の連撃を拳で弾き返しながら、大男が目を細める。


心なしか楽しそうな表情をしているのが僕の神経を逆撫でした。上等だ


二手。三手。互いの一撃が床に焦げ跡を刻む。


だが


僕の槍の穂先が大男の装甲の継ぎ目を突き破った。


「がっ!!」


大男は一瞬、重心を支えきれずに右足を大きく滑らせる。


背中が壁にぶつかり、金属音とともに装甲の破片が飛び散る。


額に青筋を浮かべながら、無理やり踏ん張り、態勢を立て直そうとする。だが。


「お前らがどこのどいつかなんて知らない!興味もない!」


叩きつけてやる


「でも!彼女に手を出したことは、僕は絶対に許さない!!!」


僕の怒りに呼応するかの様に、槍は膨張し膨れ上がる。




「貫いて、爆ぜろ」




万力を込めて大男に炎槍を叩きつける。


衝撃音と共に、男の腕の装甲が砕け散る。



「……があ!!!」



大男はそのまま片膝を付き、腕を抑え込み蹲る。


それでも大男は倒れなかった


片腕を壁にめり込ませる様に食い込ませ、男は震えながらも立ち上がる。


魔導の奔流が身体の内側を焼く。 放った魔法は確か相手の武器を打ち砕いた。


だが、代償も大きかった。


熱が皮膚を抜け、骨の奥にまで響いている。 視界が滲む。吐き気とめまいが交差する。


足元がふらつき、僕はそのまま膝を付き、動けなくなる。


何故?体が重い。【魔法を使っただけなのに】



「……っ」



体力が限界だった。 息が詰まる。 魔導の流れを感じない。


もう何もできない。 逃げることも、守ることも。


「・・・やっぱり【外で】無尽蔵に魔法を使えるわけじゃねぇんだな」


男の低い声が、濁って落ちてくる。 砕かれた利き腕を庇いながら、それでも彼は立っていた。


「終わりだ。ガキ。今度こそ寝てろよ」


その拳が、容赦なく振り下ろされる。


影が迫る。


ここで、僕の──意識は


途切れた



-----------------------------------------------------




Aigis(アイギス)




エリィの澄んだ声が突如あたりに響いた。


シズに振り下ろされた拳はその遥か手前でピタリと手を止める。いや。


これ以上進めない。なんだこれは。

今拳が触れている先に行けない。ピクリとも動かないというレベルでは無い。【静止している】


男の眼が驚愕に揺れる。振り返った先に、彼女がいた。


壁のそば、立ち上がったエリィ。


淡く発光するエメラルドグリーンの瞳が、夜の光を受けて淡く揺れていた。


「何ぃ!?」


まともに《DEM-RELIC》の一撃をくらった筈なのに、喧嘩で殴られて失神した【程度】のダメージしか受けてない。


魔導士の魔法障壁を紙屑の様に粉砕できる俺の攻撃を食らって?

どれだけ固いんだこいつは。


渾身の力を込めて腕の装甲を、生きている腕のLELICを彼女に叩きつける。


だが、その手も寸前で静止する。半透明の障壁が辛うじて視認できた。

恐ろしい密度の魔法障壁が、数えきれない程に圧縮された手ごたえに男は戦慄した。


「なんなんだお前らは!!!!」


エリィは無言のまま、片手を男の胸元に充てる。


「あ」


何か言葉を発しようとするが、それは失敗に終わる。


ズドンと音が鳴り、男の意識はその瞬間刈り取られた。


限界まで引き絞った弓の様な勢いで大男に障壁が叩きつけられ、壁を叩き壊し映画館の観客席へと男は吹き飛んだ。


盾にもはや詠唱による指示は必要無く、その障壁は彼女の自由意志で手足の様に使役が可能だった。


エリィの魔法は、日々進化している。


「そうか。」


その様子を少し離れた所で観察していた傷顔の女が喋りだす。


「これを捕獲しろとは。上の人間も無茶を言うものだ」


溜息交じりに吐き捨てる。言葉には疲れがにじみ出ていた。


「・・・あなたも、戦いますか?」


エリィの周囲をいくつもの障壁がゆっくりと回転しながら敵を威嚇する。

外の光に照らされ、半透明の障壁の輪郭が光を反射し、幻想的な光景を作り出す。



「いいや。ここは退かせて頂く」


「一つ質問させてもらう。殺そうと思えばお前は私たちをここで殺せる筈だが」


暗がりの中で、女の目がわずかに揺れた。 正直な話、【現在の装備】ではこんな化け物には敵わないだろう。


「何故見逃す?」


エリィは表情を変えないまま、静かに一歩前へ踏み出す。 障壁がその動きに合わせて、音もなく追従する。


「・・・」


「あなた達は、冬華の・・恭介の知り合いなんでしょう?」


少しだけ伏し目がちに、エリィは傷顔の女の方向へ視線を落とす。


「殺したくありません」


周囲をゆっくりと回転していた障壁が徐々に薄くなり消えていった。


「私達には、構わないでください」


「くっく・・・はっはっは・・!!!!!なんだお前。そういう奴か!なるほどな!」


笑いながら女は髪をかき上げた。 その動きに、先程までの緊張と警戒は欠片もなかった。


「安心しろ。元より殺すつもりは無かった。まぁ。拉致しようとはしたがね」


「まぁあっちで失神してる馬鹿が加減を間違えていたのも否めない。後で厳しく折檻しておこう。」


傷顔の女はエリィの横を悠然と横切り、意識のない大男の元へと歩み寄る。

呆れたようにため息を吐きながら軽い所作で大男を肩に抱えた。


「一つ、教えておく。この国の人間は、何も知らない」


ゆっくりと足を動かし、観客席を跨ぎながら元の通路へと戻る。


「本来我々は、【ここにいてはいけない】んだよ。お前たちも、私たちもだ」


女は最後に立ち止まり、こちらを振り返る


「しばらくは私達以外に追手が来ることは無い。安心して日常に戻れ。」


「不本意だろうが、もう一度会いに来る。今度は普通に話をしよう」


「では、また」



声と同時に、傷顔の女はその場から静かに消えていった。




-----------------------------------------------------




誰もいなくなった館内で、エリィは倒れているシズの体へそっと膝をついた。

横たわる彼の肩へ指先を伸ばし、その手がまだ温もりを持っていることに安堵し、息を漏らす。


両腕を回し、静かに彼を抱きかかえる。 彼の髪についた埃を、丁寧に手で払う。


そのまま、そっと額を彼の額に寄せる。


「何があっても、守るつもりだったのに」


震えない声だった。けれど、指先がほんの少しだけ力なく震えていた。


「いいえ。違いますね」


言いながら、エリィは彼の胸に耳を寄せる。 鼓動は遅く、浅く。けれど確かに、生きていた。


「私が、いつも守られていたんでしょうね」


彼の指がわずかに動いたように見えた。 それに気づいて、彼女は静かに微笑みを浮かべる。


「シズ君。ごめんなさい」


指先で髪を整えながら、エリィはそっと彼の肩を包み込む。


「守ってくれて、ありがとう」


そしてしばらく、エリィは静寂の中で彼を抱いたまま動かなかった。


どこかで映画のエンドロールのような音が


微かにスピーカーから流れ続けていた。



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