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第04話「デウス-エクス-マキナver.RELIC」


終映のチャイムが鳴る。音楽が静かにフェードアウトし、場内の照明が少しだけ明るくなる。 その光の中で、エリィはそっと涙をぬぐった。誰にも見られないように、反射的に。


見終わって映画館のロビーに出ると、そこには誰も人がいなかった。 自販機の蛍光灯が眩しく感じるほどの暗さ。夜はすっかり更けていて、僕たちもそろそろ帰らなければ。



「とても、素敵な物語でしたね。とても作り物だなんて、思えませんでした」


エリィがそう言った時の声は、いつもより少しだけ低かった。 まだ気持ちが映画の中にあるみたいで、声の調子に柔らかい余韻が残っていた。


「・・・楽しかった?」


僕の問い方では、正しい答えを引き出せない。でもどう聞けばいいか解らなかった。


「ええ。とっても。私ももっと頑張らなきゃって。もっと周りの人を大切にしていきたいって、そう心から思えました」


両手を組み、人差し指同士をゆっくり組み換えながら彼女は小さな声で呟く。



「シズ君とも、もっと仲良くなりたいな」



僕は彼女の目を見ないようにして答えた。


「・・・そんな事今更。僕たちは、唯一の同郷だろ。助け合うのは当たり前じゃないか」


少しだけ気恥ずかしくなって、言葉に照れを混ぜた。 でも、エリィは変わらず微笑んでいた。


「・・・・そうですね」


ほんの一秒、沈黙が落ちる。 そのあと、また何か言いかけたエリィの口が動いた瞬間だった。




違和感。 足音も気配もなかったのに、空気が急に変わった。





まるで、誰にも見られていないのに“見られている”感覚。


まるで「僕達以外に誰もいないような」場所に落ちたような、あの場所の記憶が頭に霞のように広がってくる。



世界の音がすっと後ろに退いていく。



耳鳴りも風も人の気配も、静かに、確かに消えていった。




「人払いは済んでいる」




乾いた女の声が遠くから響いた。それがどこから来ているのか、感覚が狂っていて判断できない。


「この程度の空間があれば作戦行動に支障は無い」


コツ、と硬い靴の音が床を鳴らす。 映画のフロアの中で、異質な打音が異様に響いた。


「作戦開始」


「DEM-RELICデウス・エクス・マキナ・レリック起動」


その言葉と同時に、空気が弾けるように揺れた。 見えない圧力が耳を圧迫し、頭に膜を張られたような違和感が走る。


一瞬、視界がわずかに暗くなった気がした。 でもそれは照明のせいじゃない。空間が、外界から切り離されている。


「これで外からの視線は届かない」


見えないとは違う。見えているのに、認識できない。 僕たちは今、世界から切り離された。


静かな空間がそこにはあった。


「出番だ。対象を確保しろ。くれぐれも【殺すな】」


「了解。でもまぁ」


言葉の終わりと同時に、強烈な足音が跳ねた。 その動きに僕はようやく反応する。


周囲を確認しても誰もいない。でも、本能が警鐘を鳴らした。 右に振り向いたその瞬間。


視界の端から、黒い影が壁を蹴って飛び出してくる。 次の瞬間、僕の体が地面からずれていた。


――ぶん殴られた。 とんでもない加速で、体の感覚が遅れる。


痛い、と感じたのは着地して数秒後だった。


売り場のカウンターの中へ突っ込み、金属の棚に激突して派手な音を立てて転がる。 ポップコーンの袋、パンフレット、備品、液体――何もかもが僕に降り注ぎ、視界をぐちゃぐちゃにした。


「死ななければいいんだろ?」


低く笑う声が誰もいない空間に響く。


突然の出来事に何が起こったか理解できなかったエリィは数秒だけ固まった後、弾ける様に叫んだ


「シズ君!!!」


エリィの声が割れる。感情が、焦りと恐怖を突き抜けていた。


立ち上がろうとした僕の眼に映ったのは、真っ黒なスーツを着た大柄な男。 髪は長めで黒く、だが異様な光沢があり、彫りの深い顔つきは人間味がなかった。


その腕には、黒い装甲のようなものが巻きついている。 腕の中心には、赤いラインが光っていて、まるでその中を“血液のようなもの”が流れているようだった。


不気味に蠢くその“技術”に、エリィは覚えがある。


これは、あの場所の魔物(デウス-エクス-マキナ)と同じ物。 魔導機。


「おらよっと」


男が片腕を振り上げる。筋肉の曲線が装甲越しに露わになる。


確実に生き物を“砕く”一撃だった。 それがエリィに向けて振り下ろされる。


彼女は驚きで瞬間的に思考が止まる。 障壁を展開する暇もなかった。


衝撃。轟音。壁へと叩きつけられる音が鳴る。


エリィの細い身体が、衝撃の軌跡に沿って地面を滑っていく。 その途中で、床のタイルが割れ、ポスターラックが倒れる。


彼女はそのまま、壁に崩れ落ちて動かなくなった。


「エ・・・リィ・・・エリィッ!!!」


喉から声を絞り出す。だが声がうまく出ない。立ち上がらなければ。

だがまだ足が動かない。全身が痛い。だが、今すぐにでも駆け出したい。


「だーいじょうぶ生きてる生きてる。ゾハール人は頑丈だからな」


ゾハール人はこの世界の人間に比べたら非常に頑強な肉体を持つ。血液に流れる魔導の力がそのまま自然と体に防壁を張るからだ。ゾハール人特有の自然体質【魔法障壁】


ゆえに、それを砕く為の道具が必要になる。


DEM-RELLC(デウス・エクス・マキナ・レリック)


魔導士を殺すための特殊兵争。何十年も調査を続け改良を施した、人類の技術の結晶。


「大人しく地べたに寝んねしてろ。化け物共」


男は、肩の関節を回しながら呟いた。

両手両足を潰して連れていけばいい。 少し壊れていても、使い道はある。


彼の思考は冷静だった。 けれど、その奥に宿っているのは――“憎しみ”とは違う、“楽しみ”だった。


まるで人間ではない存在。 命を命として見ない存在。


その時、薄れかけた意識の中で、僕の手先がかすかに反応していた。


指先に感じるのは、あの“鈍い痛み”。 そして、その中に浮かぶのは――彼女の声。 さっきまで、泣きながら笑っていた彼女の、静かな言葉だった。



シズ君と、もっと仲良くなりたいな



――守らなきゃ。 頭の奥底で、そう叫ぶ声があった。



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