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第01話「海の見える町で、君と」

先日まで番外編として章の途中で挟んでいたその後の物語に少し加筆した後日談です。もう少し頑張って続きを書いてみようと思います。ここまで読んでくれた方、本当にありがとうございます。

「うわー。大きい船ですねぇ。」


少女が目を輝かせながら港に停泊する巨大な客船を見上げる。太陽の光を受けて白銀に輝く船体は堂々としており、周囲には船員や商人が行き交い、ロープを引く掛け声や荷物を運ぶ者たちの雑踏が絶え間なく続く。市場の喧騒が潮風に溶け込み、街全体が出航前の活気に包まれていた。


「うん」


少年は興味なさそうに短く答え、カモメの飛ぶ姿に視線を向ける。潮風が彼の白い髪を揺らし、黒いフード付きのマントがはためく。


「これに乗って・・えっと・・・予定では12日後ですね。ようやく中央都市に着きます。」


少女は胸元のリボンを軽く整えながら、旅の計画を話す。彼女の声は浮き立つように弾んでおり、これからの旅への期待が膨らんでいるのが伝わる。


「そっか」


その返事もどこか曖昧で、少年の意識は船ではなく遥か先の海へ向いているようだった。


「シズ君。もうちょっと嬉しそうにしましょうよ」


少女はふっと微笑みながら、彼の腕を軽く引いた。


市場の中心では、屋台の店主が声を張り上げて客を呼び込んでいる。焼きたてのパンの香ばしい香り、甘い果物の匂い、スパイスの効いた料理の匂いが入り混じる。人々は荷物を抱え、賑やかに談笑しながら港へ向かっている。


何気ない会話を交わす二人の男女。少女は20歳程、少年は14歳程。


少女はリボンを胸元に巻いた白いワンピースの上から厚手のコートを羽織り、長い金髪をうなじでまとめた無造作な格好。大きな旅行鞄を手にしたその姿は家出したお嬢様の様な様相だった。


少年は上下真っ黒なゆったりした服、耳が隠れる程度に伸びた真っ白な頭髪。フード付きの黒いマントを羽織り、長い杖を携えたその姿は小さな魔女、もとい魔男の様な様相だった。


大きな港町に停泊している大型客船はこの世界の中心の都市へと航路を向けている。


「シズ君。私達の故郷がすぐそばにあるんですよ。国境超えも大変でしたが、ようやくです!」


エリィは楽しげに語り、街の喧噪の中でも晴れやかな笑顔を浮かべる。


「とは言っても、僕たちは何も覚えてないんだけど・・・」


シズは人混みの中を歩きながら呟く。その目は街の喧騒を見つめながらも、どこか遠くの景色を探しているようだった。


「いいんですよそんな事は。帰られる場所がある。その事実だけで私たちはここまで来たんですから。」


エリィの言葉は明るく響く。それが励ましのつもりなのか、それとも彼女自身の信じるものなのか。

その声には不思議な強さが宿っていた。


「そうだね。エリィ。ごめん。そうだった」


シズはほんの少し表情を和らげる。そしてエリィは彼の頭を撫でた。彼女の指先が白い髪の束を優しくすくい、くすぐるように触れる。


「出航は明日ですね!宿を探しつつ、市場を見て回ってみましょうか。」


「もうあんまりお金は無いから節約しないとね」


「もう、解ってますよ」


「乗船チケットも無くさないでよ」


「わかってまーす」


エリィはいたずらっぽく笑いながら、自分のポケットを叩いた。しっかりとチケットをしまったことを証明するような仕草だった。シズはそれを見て、小さく息を吐く。


市場の活気に包まれながら、二人は賑やかな通りをゆっくりと歩いていく。旅の始まりを前に、それぞれの思いが胸の中で揺れていた。


港の市場は早朝だというのに人で埋め尽くされている。出航前に土産を買いこむ者、船のチケットを巡り賭けに興じる者、出航を見送る前の暇つぶしに歩き回る者等様々だ。


二人は市場の通りをゆっくり歩き始めた。露店には色鮮やかな果物や、異国の布地、宝石のようなガラス細工が並べられ、行き交う人々の会話が入り混じる。道端では旅芸人が曲芸を披露し、子どもたちが歓声を上げている。市場のざわめきは、まるで生き物のように息づいていた。


エリィが突然足を止めて振り返る。


「シズ君!シズ君!すごいですね!こんなに人がいるなんて!」


エリィは楽しげに腕を広げ、人々の喧騒に溶け込むようにくるくると回った。その長い金髪が風に揺れ、光を受けて優しく揺れる。そんな彼女にほんの少し見とれてしまった事は黙っていようとシズは密かに決心した。


彼女は市場で買い込んだ謎の串焼きを指でくるくる回しつつご機嫌な様子で食べ歩いていた。


「エリィ。あまりはしゃがないで。恥ずかしいから」


シズは小さくため息をつき、フードの端を指でつまんで目元を隠すように引き寄せた。


「いいじゃないですか!こういう場所だからこそ、人ははしゃぐものですよ。」


エリィは笑いながらシズに串焼きを差し出すが、シズはそれをやんわりと拒否する。


「エリィはすごいな。僕はちょっと人の波で酔ってきたかもしれない。」


「それはいけませんね。このまま市場を抜けて、ちょっと休んでいきましょうか」


彼女の金髪が風に揺れ、日差しを受けてきらりと光る。その姿は市場の喧噪の中でも際立っていた。


「エリィが元気すぎるんだよ」


シズは肩を落としながらぼそっと呟く。その言葉に、エリィは小さく笑いながらシズの袖を引いて市場の喧騒を抜けていく。


海風が涼しく頬を撫でる。喧騒から離れたにも関わらず、市場の活気の余韻がまだ二人の耳の奥に残っているようだった。


エリィはゆっくりと歩きながら、横目で市場に残る人々を見る。親子が笑いながら手を繋ぎながら歩き、恋人同士が肩を寄せ合って歩き、商人たちが忙しそうに品物を整理している。この世界はこんなにも多くの人々で満ちていて、それぞれの人生が流れている。


シズがふいに顔をあげると、エリィが顔を間近で覗き込んでいた。慌てて距離をとるシズ


「な、なんだよエリィ」


きょとんとした顔で首を傾げ、その後弾けた様な満面の笑みで彼女は言葉を紡ぐ。


「私とシズ君も、この世界の一部なのだと思うと、なんだか嬉しい」


その言葉が潮風に溶けるように響く。

私達は、これからも生きていく。この世界で。 明日は船に乗って、この海の向こうへ。


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