第10話「魔法使いの少年。機械の巨人」
図書館の崩壊した壁の向こうから現れた鋼鉄の巨人――魔物(デウス-エクス-マキナ)その単眼がぎらりと光り、エリィを捕捉すると、低く電子音が響いた。
「盾4つ、私達を守れ」
エリィは即座に防御の障壁を展開し、鋼鉄の巨人の攻撃に備える。冬華に2枚、私に2枚。
次の瞬間、轟音とともに銃弾の嵐が私を襲った。
ガトリングガンの連射が障壁に叩きつけられ、弾丸がまるで嵐のように降り注ぐ。この攻撃は通じない。いや、今までは通じなかった。だが
盾の様子がおかしい。視界の端で光の壁が微細に揺れる。盾に響く振動が直接体全体に重くのしかかり、頭痛が酷い。これは何?
「それはただの銃弾だが、僕の魔物に付与された特性が君に多少の不調を感じさせてる様だ」
恭介は虚ろな目をしたまま語り始める
「君の魔法、【アイギスの盾】はあらゆる攻撃を無効にする絶対無敵の防御フィールドだ。壊れないという結果が先に来てる呪物の様な存在。君の意志以外では、本来であれば壊す事はできない。絶対に」
「だから、君の盾を破壊するのではなく、もっと根源的に、魔力にあたる部分を【無効化】できる魔導師を、マキナに直接接続した」
恭介はわずかに息を吐き、虚ろな目のまま言葉を続ける。
「……マキナは本来、魔法を打ち砕くための兵器だ。しかし魔導を燃やし、その出力を逆流させれば、わずかだが【魔法を発動する力】に変換できる。代償は大きいがね」
呼吸が速まる。恭介の話す事を深く理解する事はできないが
次の攻撃が来ることを私は直感で悟る。
「魔法の名は、どんな物体をも貫く、【ロンギヌスの槍】」
---------------------------------------------------------
魔導師【シズ・マクレーン】に接続 リンク完了。ロンギヌスの槍強制発動。
【あれ?】 【何?】
魔動機出力90%上昇確認。目標。E-001ロック完了
【どこ?】 【暗い】
【助けて】 【痛い】 【僕は?】
---------------------------------------------------------
腕にセットされたパイルバンカーが起動する。撃鉄が重く鳴り響き、巨大な釘が装填される。その表面は熱を帯び、赤々と燃えるように発光する。
「どんな物でも確実に貫通する魔法。それがどんな物をも絶対に弾く魔法とぶつかれば、何が起こると思う?」
釘が音を軋ませながら後方へ引かれ、瞬間――
閃光と衝撃音が炸裂する。盾に叩きつけられた瞬間、エリィのイージスの盾は瞬く間に砕け、激しい閃光とともに弾け飛ぶ。同時に、真っ赤に光る釘はその場から消滅した。
「どちらの魔法も、自分の存在を維持する為に【無かった事になる】」
「魔法が消えてしまえば、ただの物質が残るだけだ。あとは純粋な質量による破壊だけが君を潰す。」
もう片方の腕が振り上げられ、今度は直接エリィを狙う。再詠唱は間に合わない。
「――ッ!」
寸でのところで直撃を避けたが、その衝撃波は尋常ではなかった。鋼鉄の腕が空を裂き、圧縮された衝撃が爆発的に弾ける。
エリィの体は吹き飛ばされた。彼女は瓦礫の屑に叩きつけられ、細かい破片が皮膚を切り裂く。肺が悲鳴を上げるように息が詰まり、鼓膜が軋む。
「っ……あ!!!!」
痛みが脳を突き抜ける。全身に衝撃が走り、視界が揺らぐ。立ち上がろうとするが、体が重い。思うように動かない。
「死んでくれ、エリィ。」
恭介の声が聞こえた。淡々としている。それなのに、酷く冷たい。
これはきっと、彼の心からの願い。
でもまだ、私は死ねない。だけど、体が動かない
鋼の巨人が追撃を開始する。私を確実に殺す一撃を叩きこむ為、その拳を振り上げる。
最後の一撃が叩き込まれるその直後
天井を突き破って飛び込んできた巨大な蛇の一撃が、その動きを阻んだ。衝撃は予想以上に強く、巨人の分厚い装甲がきしみ、金属同士が軋む不気味な音が響き渡る。
私がここに来る前に倒した、蛇の魔物だ。
潰れて無くなった、頭の無い蛇。その胴体の一部が新しい頭へと変形する。
月明かりの中、蛇の赤い瞳が鋭く輝き、標的を捉える。
蛇の装甲がきしみ、金属同士が軋む音が図書館全体に響き渡る。蛇腹の胴体が猛然とうねり、図書館の床板を抉る様にように、瓦礫を踏み潰す
冬華は手元の端末を指で操作。その手元はとんでもない速さだった。
「エリィは!!絶対に殺させない!!!!」
「眼前の非登録マキナの動力源をセンサーで解析!魔導液が検出される場所を探して!」
ギチギチと蛇の顔の口が裂け、鋭利な刃物が幾重にも連なった牙が露わになる。赤く光る瞳がエリィの言葉に呼応する様に点滅する。
「いけ!!!!」
2体の魔物の戦闘が始まる。
図書館はその形を保てなくなっていった。本棚が無慈悲に吹き飛ばされ、分厚い書物が乱舞するように宙を舞っていた。崩れた壁はひび割れ、床は次第に瓦解していく。
鋼の巨人が蛇を弾き飛ばすたびに、木片が砕け散り、支柱が激しく軋んだ。蛇の胴体がしなるごとに、床を深くえぐり、大地が息を詰まらせるかのように震える。
蛇はそのまま鋼の巨人に絡みつき、幾重にも連なる鋭利な牙を突き立てる。鋼の装甲が悲鳴のような軋みを上げ、抉られた部分から内部の機構が露わになる。金属の皮膚が裂け、中から赤い液体が弾け飛ぶ。まるで、血の様に真っ赤な色。
巨人は即座に反撃に出た。腕のパイルバンカーが発動するや否や、赤熱した釘が装填される。瞬間、装甲の下で機構が爆ぜるように駆動し、火花が散り、空気が破裂する。
蛇は吹き飛び、壁に叩きつけられる。しかし、巨人は胴体の一部を抉られた影響か、全身から悲鳴にも似た軋みをあげ、膝をつける。そしてその胴体の隙間から見えたのは、人間の姿。
──異世界人。ゾハールの少年
数多の絡みついたワイヤーが、命を吸い取る枷のように強く食い込んでいた
「見つけた」
冬華の顔に、焦りと緊張が滲む。
「もう誰も犠牲になんてしない。こんな事、止めないと駄目なんだ」
「その子を解放する」
冬華は祈る様に、願う様に叫ぶ。
「お願い、どうか私を、見守って。お願い。姉さん。私達をどうか。どうか!」
私を守る様に前に立つ冬華の背中を、私はじっと見つめていた。
私が皆を守らないと。
冬華も、恭介も。私が。あなた達を。
助けなくちゃ。安心させないと。
そう、言っている。私の中にある、記憶が。
誰かの。夢が




