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Episode 10〜王都〈ルフトルディア〉〜

────────────


「おかしいわね」

「どうかなさいましたか?」

 使用人らしき女性が問いかける。

「いつもなら手招かれるはずなのに。今日は私が彼に声をかけて、手招いていたわ」

「……いつもの“夢”の話でしょうか?」

「そうよ。こんなこと、この一年で初めてだわ」

 窓から空を見つめるのは、シルクに身を包んだ金髪の女性。彼女の目は一体何を映しているのだろうか。


 朝に一つの星が光る。


────────────


 ――街のざわめきが、遠くから耳に届く。


 僕は、高台の丘の上に立ち、目の前に広がる景色を見つめていた。そこには、これまで見たどの村とも違う、巨大な都市――王都〈ルフトルディア〉の姿があった。


「これが王都……ここからまだ距離があるのに、まるで端が見えないなんて」

 あまりの広大さに圧倒され、後退りしそうになる。

(いやいや、逃げている場合じゃないぞ。僕は今からあそこに向かうんだ。いや、向かわないといけないんだ)

 そう言い聞かせるように固く決心し、丘を下る。


 丘を下った先で、王都を取り囲む塀を見上げる。このまま見上げていると、後ろに倒れてしまいそうなほど天高く建設されている。

「やっと着いたんだ……王都に」

 塀の門から覗く異様なまでの活気に、幻想的な旅が、わずかに現実味を帯び始めた。


「何用でここに来られた?」

 門を少し進むと、甲冑を着た衛兵らしき門番が僕に話しかける。

「森の外れにある村から、薬草を売りに来まして……」

 通行許可証なるものに記入をしながら、出発前に村で兄と練習した通りに話す。何か悪いことをしている気分になるが、嘘はついていないので平然を装う。

「そうか。通っていいぞ」

「……はい。ありがとうございます」


 門番とはいうものの、余程でない限りは通してもらえるらしい。存在を知られていないような村から来た僕にとっては好都合だけど、それはそれで大丈夫なのか?とも思う。それを成し得るのは、相応の国力を備えているからだろう。


 何はともあれ、何事もなくてよかった。


 グゥ〜〜

 緊張のせいか、少しホッとしたら腹の虫が鳴った。

「……屋台で何か食べよう」

 屋台が多く立ち並ぶ通りが見えたので、ひとまずそこへ向かうことにした。


「あのー、すいません」

 香ばしい匂いに釣られ、とある屋台で足を止めた。

「いらっしゃい! おや、どこかで見たことある顔だね」

 恰幅のいいおばあさんが、ひょこっと顔を出す。

「いえ、王都へは初めてでして……森の外れから薬草を売りに来たんですよ」

 人違いを訂正しつつ、自分に言い聞かせるように答えた。

「そうかい、そりゃご苦労だったね」

「それで……“これ”を一ついただけますか?」

「おやおや、お目が高いね。疲れている時は“これ”に限るよ! ちょいとお待ちよ」

 “これ”とは、カナン村では見たことのない、両手でようやく包めるほどの大きさをした白い球体のことである。


「あいよ、“肉まん”いっちょ。銅貨三枚だよ」

 この香ばしい匂いの正体は、“肉まん”と言うらしい。


 村を出る時に母から預かった路銀を、ポケットから取り出す――万が一の時に備えて、大半はカバンの中に忍ばせてあるが――

(えっと……これが“銀貨”でこれが“銅貨”だよな)

 物々交換が主なカナン村には、硬貨があまり流通していない。そのため、知識として学んではいるが、実際に使うことは初めてと言っても過言ではない。そんな村で生活していたのに、銀貨と銅貨が家にあるのは、村長の家だからなのだろうか。


(あれ、銅貨何枚で銀貨一枚だっけ?)

「……申し訳ないんですけど、銀貨一枚でお釣りもらえますか?」

 我ながら上手い口実だと思った。

「まあ丁寧な子だね。全然構わないよ、少しまちなね」

 咄嗟の嘘に良心が痛むが、今後を考えると仕方がないことである。

「おつりの銅貨十七枚ね。毎度あり!」

「ありがとうございます」

 そうそう、銀貨一枚は、銅貨二十枚と同じ価値があるんだった。

 

 ここでも平然を装い、屋台を後にした。


 人生で初めて食べる“肉まん”なるものは、ずっしりと重く、口を限界まで開けてやっと一口と言った大きさであった。おそらく、一つ食べれば十分腹が満たされるだろう。


 しかしながら、ホクホクで柔らかな食感、噛めば肉汁が溢れ出し、口の周りは油分で輝きを増す。そんなあまりのおいしさに、あっという間に平らげてしまった。


 仕方ない。無駄遣いは良くないが、明日もまた買いに来ざるを得ないだろう。


 腹を満たしたら次にすることは、宿探しだ。

「“交差する羽”は……ここかな」

 事前に兄から聞いていた通り、吊るされた看板に“交差する羽”が描かれている宿があった。隣には、“割烹着に身を包んだ猫”が描かれた看板の食堂も確認できたので、ここで間違い無いだろう。


 カランカラン

 扉に備え付けられたベルが鳴る。

「いらっしゃい……お、珍しく若いお客だな」

 兄と同じくらいだろうか、帳場にいる若い男が、帳簿へ落としていた視線をあげてこちらを向く。

「今日から宿に泊めていただきたくて……兄の紹介で来ました」

「……その兄の名前は?」

 一瞬の間を感じたが、これ以上気後れするわけにはいかない。

「兄の名はクウィルツといいます」

「あぁ! やっぱりウィルの弟のルクノウか! ちょっと面影があると思ったんだ!」

 男は、ぱあっと明るい顔になった。

「……兄をご存知で?」

「ご存知も何も、あいつには世話になったからな。あいつがいたから今の俺がいるってもんよ。しかし、ウィルの言ってた通りだな」

「兄が何か?」

「いやなに、弟がそのうちここに来るって言ってたからよ」

「兄がそんなことを……」

「お前の村もなんか色々と大変なんだろ? まあ、ウィルの弟ってことで割安にしてやるから、ゆっくりしていきな」

「え、いいんですか?」

「おうよ!」

 男はにっこりと笑う。


 普段は、一泊朝夕の二食付きで銀貨二枚のところ、なんと破格の銅貨六枚で泊めてくれるらしい。実質宿代がタダということになる。

(ここまで割り引いてもらえるなんて、ウィル兄さんって一体何者なんだ……)

 そんなウィル兄さんの顔に泥を塗るわけにはいかないので、肉まんは当分お預けかな。


 郷に入っては郷に従えと言うし……ちょっと違うか。


「部屋は階段を上って右手奥のところだ。しばらく空けといてやるから、自由に使ってくれ。飯は自分の部屋で食うか? それとも食堂で食うか?」

「せっかくなので、食堂で食べさせていただきます」

 部屋の鍵を受け取りながら答える。

「そうかそうか」

 男は何やら懐かしむように笑っているようだった。

「何から何までありがとうございます」

「いいってことよ。そういえばまだ名前を言っていなかったな。俺はラムロン。ロンとでも呼んでくれ。じゃ、何かあれば声をかけてくれ」

 そう言いながらロンさんは、奥の部屋へと歩いて行った。


 階段を上ると、長い廊下があり、左右にそれぞれ十部屋ほどある。改めて王都の規模に驚く。

「本当に銅貨六枚でいいのかな……」

 恐る恐る自室の前に立ち、鍵を開ける。扉を開けると、村で使っていたもの三倍ほどの厚さをしたベッドがあった。さらに、部屋にはベッドがあと二つは置けそうなほどのスペースがあり、そこには一人用のテーブルと椅子が置いてあった。

「いや……本当に銅貨六枚でいいのかな……」

 十日程野宿で過ごした身としては、あまりの高待遇だったので、つい同じことを二回言ってしまった。


 部屋に入り鍵をかける。ここでは、裏に大浴場があり、湯浴みもできるとのことなので、後で行くことにした。実のところ、村を出てからは川の水と薬草の香り付けでなんとか凌いできたので、そろそろ湯浴みをしたいと思っていたところだった。

 

 ひとまずは、休息を取ろうと思い、靴を脱いでベットで横になる。久々のまともな……まともすぎる寝床と疲れが合わさって、ベットに溶けるように眠りについた。



『星は……いつもこの世界を見ていますよ』

 これは、夢だろうか。

「あなたは……」

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