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Episode 4〜風の宴〜

「このまま進めば王都につけると思うけど……」

 なぜかルクノウは、ノールから聞いた“地図にない村”の話が気がかりで頭から離れないでいた。


「今日は風が強いな」

 陽炎のようにゆらめいた風が、王都への道から逸れた茂みを、ざわめかせながら吹き抜ける。

 風は途端に、一本の道を作り出した。


 そして、道の先には――村があった。



「まさか……あんたは旅人かい?」

 ルクノウが村に入ると、片手で酒樽を軽々と担いだ、陽気でたくましい女性に声をかけられた。

「……はい。王都へ向かう途中……」

「お前たち! 旅のお方が来たよ!」

 ルクノウの返事を遮り、女性は後ろを向いて大きな声で呼びかける。


「待ってました!」

「よく来たな坊主!」

「今夜は宴ね!」

 どこかしこから、わらわらと人が集まりだす。

 あっという間にルクノウは村人に囲まれてしまう。

「さあ、忙しくなるよ!」

「え、あの……」

 なにがなんだかわからぬまま、村人に押し流されるように、村長の屋敷へと招かれた。


「よくぞいらっしゃいました……旅のお方。わたくしは、このフウライ村で長を勤めております。ウジシャと申します」

 杖をつきながら、ゆっくりとした足取りで現れたウジシャは、ルクノウとテーブルを挟んだ向かいの椅子に腰掛ける。


「僕はルクノウといいます。それで……これは一体?」

 屋敷から見える範囲をとっても、大々的な宴になる雰囲気が漂っていた。

「……ルクノウ殿、この村にはいつからか、“旅人が来ると宴を行う”という慣わしがあるのです。どうか、宴にご参加いただけませんか?」


 村長ともあろう人物が低姿勢でお願いをする。ルクノウにとっては、それだけで断れない要因となる。


「……わかりました。ありがたく参加させていただきます」

「それはよかった。村の者も喜びます。宴までどうぞ御寛ぎください」


「……おじい様、もう終わりましたか?」

 幼い少年が、輝かせた目を扉で隠すように、こちらの様子を覗いていた。

「おお、ネイユ。この子は私の孫なのですが、旅のお方を見るのが初めてでして」


 ルクノウはそっと屈み、ネイユに挨拶をする。

「こんにちは。僕はルクノウといいます」

「こ、こんにちは。ぼくネイユ。お兄ちゃんは旅をしているの?」

「そうだよ。これから王都へ行くところなんだ」

「王都……」


 先程までの恥ずかしがっていた様子はどこへやら、王都へ行くと聞いたネイユは跳ねるようにしてルクノウへと駆け寄る。


「ネイユくんも王都に行きたいの?」

「うん……王都に行きたい!」

「もう少し大きくなったら、一緒に王都に行くかい?」

「いいの? 絶対約束だよ!」


 ルクノウは、王都へまだ足を踏み入れたこともない自分がこんな約束をしていいものかと、ネイユに対して少し申し訳なくなる。

 しかし、二人は「一緒に旅をしよう!」と笑い合った。


 その様子を見ていたウジシャは、しばし目を細めた後、ほんのわずかに視線を落とし、ゆっくりと微笑んだ。


「……その時まで、覚えていられたらいいのう」


 見守るというよりは、まるで懐かしむような遠い目をしているように、ルクノウには見えた。


「ではルクノウ殿、しばしの間、お待ちいただけますかな? ネイユ、離れの方へ案内頼めるかい?」

「うん! お兄ちゃん、こっちだよ!」

 ルクノウは“兄”という響きに笑みが溢れそうになりながら、走るネイユの後を追った。


「王都、楽しみだなー」

 ネイユは嬉しそうにしながらルクノウの前を左右に揺れながら歩く。


「どうしてネイユくんは王都に行きたいの?」

「ネイユでいいよ。おじい様がね、外には絵本の中のような世界がいっぱい広がっているって教えてくれたんだ」


「ネイユはよく絵本を読むの?」

「冒険をするお話だよ! 大きな滝があったり、華やかな街があったり、空を飛ぶ生き物がいたりするんだ!」

 ネイユは興奮気味に、目をキラキラと輝かせていた。


「でね、でね、僕も大きくなったら、そんな冒険に出てみたいなって思ってるんだ!」

「きっといい旅になるよ。僕は旅に出てまだ日は浅いけど、村の外の世界を見て触れて、それだけでも旅に出て良かったなって思っているから」

「……かっこいいなあ」

「いやあ、そんなことないよ」

 普段向けられることのない眼差しに、ルクノウは少し照れてしまう。


「そういえば、お兄ちゃんはどこからきたの?」

「ルクノウでいいよ。カノン村ってところからだよ」

 ルクノウは“お兄ちゃん”と呼ばれることに嬉しさはあったが、小っ恥ずかしさが拭えなかった。

「カノン村なんて、聞いたことない名前だね。ここからそんなに遠いの?」

(やっぱり、カノン村はここでも知られていないのか……)

「歩いて一週間くらいだよ」


「カノン村か、それは懐かしい響きだな!」

 豪快を絵に描いたような男が割って入ってきた。

「サイカ兄様!」

 ネイユが嬉しそうに駆け寄り、抱きつく。


「お前が噂の旅人だな?」

「はい、ルクノウといいます」

「俺はサイカ。歳は離れているが、コイツの兄貴だ」

「サイカさんは、カノン村を知っているんですか?」

「いや、知らん。ただ懐かしい響きだなと思っただけだ。すまねえな」

「いえ、交流のない村でしたので」


「それより……旅人なんてのは、初めて見た気がするぜ」

「カノン村でもそうでしたが、このフウライ村も旅人が珍しいのですね」

「場所が悪いのかもしれねえな」


 ルクノウはなんとなく返事をしていたが、“旅人が来たら宴をする”というのかこの村の慣わしだったはず。

 だが、その旅人も珍しいため、あれほどの張り切りようなのかもしれない。


「主役が来ねえと宴が始まらねえから、俺が呼びに来たんだ。もう待ち侘びているだろうよ」

 ネイユから物語を聞いているうちに、時間はあっという間に過ぎていた。


「ルクノウと一緒に宴行く!」

 張り切るネイユに手を引かれながら、三人は宴の会場である広場へと向かった。


 村をあげての宴は、夜通し盛大に執り行われた。豪勢な料理が振る舞われ、子供たちの笑い声が宴を色付ける。


 大人たちはルクノウを差し置いて、呑めや歌えやと騒いでいる。

「みんな呑みたかっただけじゃ……」


「すまないね、気にしないで好きなだけ食べておくれ」

 今朝の女性が料理を運びにやってきた。

 どうやら、この女性は酒場の店主らしい。

「いえ、この料理とっても美味しいです。ありがとうございます」

「まあ、しっかりとした子だね。ぜひうちに来て欲しいくらいだよ」

「そいつはやめときな、旅のお方!」

「そうだそうだ、尻に敷かれちまう!」

「顔がいいからって騙されんなよ!」

 各方向からヤジが飛んでくる。

「こら! そんなこと言う奴らは酒没収だよ! まったく……」


(人が明るくて賑やかな村だな)


 賑やかな大人たちの雰囲気が、カノン村と少し重なる。

「人生は一期一会だからね、今を楽しみなよ」

 そう言い残して、酒場の店主は村人たちの方へと歩いて行った。


「一期一会か……」

「ルクノウ殿、楽しんでいただけていますかな?」

 食事台代わりの大樽を囲むように、ウジシャが隣に腰かける。

「とても楽しませていただいていますよ。皆さんも良くしてくださいますし」

「それは良かった。今日が忘れられないほど楽しんでください」

「はい。是非そうさせていただきます」


 広場は「宴はまだ始まったばかり」と言いたげな盛り上がりに包まれる。

 酒はまだ飲めないが、夢見心地なまま、宴は日が昇るまで続いた。

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