Episode 3〜夢の導き〜
「凶暴な野生動物がいない道のりでよかった」
ルクノウは旅立ちの前に、カノン村から王都への道は比較的安全だと聞いていた。
実際、単独での狩りの経験が浅いルクノウ一人でも、旅を許されるほど安全だという判断だった。
「よし。今日はこの辺りで休もう」
いくら森の視察をしていた身とはいえ、慣れない旅に加えて数日の疲労が重なり、日に日に足取りが重くなっていた。
手頃な枝木を集め、火をくべる。
ルクノウにとって、火おこしはもう手慣れたものである。
夕食は干し肉とスープ。
好物といえど、出発から数日も経てば、村の食事の味が恋しく感じる。
(まあ、干し肉も好きなんだけど)
と、ぶつぶつ言いながらも、早々と平らげる。
そろそろ寝ようかと思い、火を消すためルクノウは立ち上がる。
その時、草をかき分ける音がかすかに聞こえた。
「……野うさぎか?」
安全だとは聞いていたが、油断をするほど呑気な旅ではないことを、ルクノウは理解していた。
火を消す手を止め、音がした方向に集中する。
ふらっと道の脇から現れたのは、くたびれているが体躯のしっかりとした、一人の男だった。
「ん? こんな山奥で野営をしている奴に出くわすなんてな。よう、坊主。一人とは勇ましいな」
「……」
突然声をかけられたルクノウは、まだ警戒を解けずにいた。
「ああ、すまねえ。俺は……ノールっていうんだ。そう警戒しないでくれ。慣れない森に少しばかり迷ってしまってな。一晩、暖をとらせて貰ってもいいか?」
両手を顔の前で合わせたノールは、「参ったな」と聞こえてきそうな表情をしていた。
旅はすでに一週間ほど経過しており、少し村を恋しく思い始めていたルクノウは、このどこか憎めないノールという男の同席を許すことにした。
「悪いのは突然話しかけた俺だ、警戒するのも無理はない。旅をする上ではとても利口な行動だ」
「……そう言っていただけると助かります。僕はルクノウです」
「そう畏まらなくてもいい。それで、ルクノウはここをよく通るのか?」
「いえ、今回が初めての旅で、王都へ向かっている途中です」
「この先には……何もないと思っていたが、ルクノウみたいな若者がよく通る道なのか?」
「特段そういった道ではないと思います。僕の場合は、カノン村という故郷がここから1週間ほど歩いた場所にあるので、そこから」
「そうか……カノン村か……俺は人探しのために王都をたったんだ。といっても、進むべき方角程度の情報しか持ち合わせていないんだがな」
「え、カノン村を知っているんですか? てっきり王都では知られていないとばかり……」
「いや、ここへ来る直前に知ったんだ。物知りな知り合いがいてな」
ルクノウは焚き火に枝木をくべつつ、人一人分の空間を開けて腰掛けるノールの言葉に耳を傾ける。
焚き火のような仄かな暖かさを持つノールには、不思議と嫌悪感はなかった。むしろ、所作の端々に品が滲み出る。王都の住人だからだろうか。
「それでよ、そのカノン村ってところに“白い花”は咲いているか?」
「白い花……いえ、村では見たことないですね」
このルクノウの言葉に、ノールの眉間が少し動く。
「村“以外”では見たことがあるのか?」
ノールは前のめりになりながら、問いただすようにルクノウとの距離を詰める。
「……二、三日ほど行ったところで見かけました。綺麗な鐘の形をした白い花を」
「そうか! っとすまねえ。少し前のめりすぎたな。貴重な手がかりを掴めてつい取り乱してしまった」
「その……ノールさんが探している人は、白い花と何か関係が?」
「いや、それがわからねえんだ」
「わからない?」
歯切れの悪い言葉に、しばしの沈黙が流れる。
「俺には……ジーナっていう妹がいてな」
しばらく黙っていたノールは、ゆっくりと自身の目的について話し始めた。
「ジーナが“ユメ”をよく見るんだ」
「眠っている時に見る、あの“夢”ですか?」
「そう、その“夢”だ。同じ夢を見続けて、もうかれこれ一年くらいになる」
「同じ夢を一年も……」
「その夢で、ジーナは草原に立っているらしい。風が吹いて、草が揺れて、その中にぽつんと一輪の白い花が咲いてるんだと」
「さっき言っていた白い花ですね」
「そうだ。その花に一人の男が近づいて触れるんだ」
「その男性が、ノールさんの探してる人なんですか?」
「ああ。でもよ、ジーナはそいつの顔も声も知らないらしい。ただ、そいつが花に触れると、花が鳴くんだとよ」
「鳴く?」
「小さくて優しい鐘の音が草原いっぱいに響くそうだ。すると、どこからともなく光が集まってきて、一人二人と精霊が姿を現すんだってよ」
「精霊……ですか?」
「ああ。まるで御伽話みたいに。そして、男は精霊に背を向けたまま草原を歩き続けるそうだ」
「顔は見えず仕舞いですね」
「そうなんだよ。一方でジーナは精霊たちに背中を押されたかと思えば、草原にいたはずが王都の門前にいるんだとよ。で、さっきの精霊が手招きをして道を教えてくれるんだが、そこでいつも目が覚めるらしい」
「なんとも幻想的な夢ですね」
「だろ?でもジーナは俺に言うんだよ。これはただの幻想的な夢じゃない。精霊が手招く方へ進めばあの男に会える。そして何かが変わるってな」
「顔も見えねえ。声もわからねえ。ただ、栗色の髪をした若い旅人だったってことだけ、わかっているんだ……なんか……お前みたいだよな」
ノールが真面目な顔をして、ルクノウを見つめる。
ルクノウは少し戸惑っていた。
夕鐘の村での出来事を経て芽吹いたであろう一輪の白い花。この花とジーナが夢で見た花が同一であるとは限らないからだ。
「……でも……旅人って言っても、僕が旅を始めたのはほんの一週間前ですし、それこそカノン村の住民は大抵栗色の髪をしていますよ?」
「そうか……無謀な願いには変わりねえよな。どうしてもって言って聞かないから仕方なくだ、一度探しに行きさえすればあいつも黙るだろうからな」
「ノールさんは優しいんですね」
「……そんなんじゃねえよ。まあ、お前を見ててふとそう思っただけだ」
バツが悪くなったルクノウは、話題をすり替えるように話し出す。
「そう言えば、カノン村から王都までは、一方向に辿れば迷わずに着くって聞いていたんですけど、ノールさんはどうして茂みの中から?」
「それがよ、道中でカノン村ではないどこか別の、“地図にない村”に着いてな。そこで一泊してから歩き始めたんだが、どうも迷ってしまって……方向感覚には自信があったんだが、ルクノウに出会えたならそういう導きだったのかもな」
「ただの方向音痴だったりして」
「ハハハ、言うじゃねーか」
地図にない村。
夕鐘の村であれば方角は異なる。仮に夕鐘の村だとしても、大きな鐘か白い花を見ていることだろう。
ルクノウの知らない新たな地だというのだろうか。
「まあ、明日見に行ってみるといい。そこにいた……あれ? 名前なんだっけな。俺と同じくらいの歳のやつがいたんだよ。そいつに俺のことを話せば良くしてもらえるはずだ」
「それじゃ誰に話しかければいいのかわからないですよ」
「すまんすまん。ど忘れしちまった」
「では、村の名前は?この辺りに村があるなんて……聞いたことがなくて」
「村の名前か……そういえば、俺も聞いた覚えがないな」
「何もわからないじゃないですか」
「ハハハ、まあいいさ。道中にあるはずだから、自分の目で確かめてくるといい」
「そうですね、補給も兼ねて寄らせていただきます」
「ああ、そうしてくれ。俺はカノン村に寄らせてもらうよ。方角的にも合っているしな」
「その時は僕の家族によろしく伝えておいてください。母は村長なので、何かと力になってもらえると思います」
「では、ありがたくそうさせてもらおう……ジーナに一度会わせてやりたいな。きっと仲良くなれるさ」
「王都にしばらくは滞在する予定なので、機会があれば会えるかもしれないですね」
「そうだといいな……よし、もう寝るか」
火を消して、それぞれが眠りにつく。
朝日に照らされたルクノウが目を覚ますと、ノールは朝食のパンをかじっていた。
「お、起きたかルクノウ」
「おはようございます。もう起きてたんですね」
「まあな。ルクノウが起きたら出ようかと思ってな」
「もう行かれるんですね」
「何か掴めそうな気がしてるんだ。善は急げって言うだろ?」
「僕も早く王都に行って、カノン村について調べたいです」
「そういえば、王都に何をしに行くのか聞いていなかったな。カノン村について調べるのか?」
「数年前に厄災があって、そのことについて。あと、カノン村は王都じゃ知られてないって話だったので、それも少し気になって」
「確かに……王都で知られた名ではない。何かあるのかもしれないな。それより、厄災が起きたって言ったが、今俺が向かっても大丈夫なのか?」
「それについてはもう復興していて、日常が戻っているので、問題なく停泊できると思いますよ」
「そうか、大変だったんだな」
「なんだか、湿っぽくなっちゃいましたね」
「そんなことないさ。ルクノウの旅の無事を祈ってるぜ」
ノールは、木に立てかけていた荷物を背負い込む。
「一晩だけでしたけど、楽しかったです」
「同じ道を旅するもの同士、きっとまた会えるだろう。その時は……ジーナを紹介させてくれよな」
「はい。楽しみにしていますね」
ノールは後ろ姿のままルクノウに手を振り、ルクノウが通ってきた道へと消えていった。
ルクノウも朝食を済ませた後、王都へ向けて再び歩き出した。




